03
バレー部の練習後に自主練を少しだけ早めに切り上げてグラウンドに向かった。
そこには1人走ってる人影があった。
長い黒髪をポニーテールにしているその人は俺にタオルを渡した人だった。

「ねぇ!!」

俺の前を通りすぎる彼女に声をかければこちらを見て足を止める。

「及川?」
「昨日の…君だよね?」
「昨日?あぁ、タオルのこと?」

首を傾げた彼女に頷けば、何か用と尋ねられる。

「聞きたいこと、あって。それからタオル…」
「ん、わかった」

彼女はベンチに置いていたタオルで汗を拭きながらこちらに歩いてくる。

「聞きたいことって?」
「なんで、泣きたいってわかったの?」

汗を拭いていた手が止まって綺麗な瞳がこちらを見た。

「泣きそうな顔してた。いつも」
「いつも?」
「告白されて、キスする度に。及川は泣きそうだった」

いつも見てたの?と問いかければあの水道をいつも使っていて。
嫌でも見えたと、そう言った。

「なんでわざわざ…グラウンドから遠い水道使うの?」
「グラウンドの横の水道、他の部活の部員も使うからすぐに混むし。時間の無駄かなって」

彼女は眉を寄せて、別に覗きたいわけじゃないと付け加える。

「他に聞きたいことは?」
「なんで…君が辛そうな顔したの。俺を見て」
「……お伽噺みたいだなって思っただけ」

意味が、わからない。
首を傾げた俺に彼女は視線を逸らした。

「他は?」
「…タオル、返そうと思ったんだけど。涙とかで汚くなっちゃった…と思うから。新しいやつ、買ったんだけど…」

鞄の中から袋に入ったタオルを渡せば彼女は目を丸くして。

「新しいのなんて買わなくてよかったのに…」
「なんか、申し訳なくて。けど、同じの売ってなかったから…似たやつ、なんだけど…」
「別にこだわりはないけど。え、悪くない?」

いいから、と押し付ければありがとうと彼女は微笑んだ。

「及川ってそういう風に話せるんだね」
「え?」
「もっと適当に喋ってるから、いつも」

確かに女の子話すときはもっと軽い感じで話してる。
この子は初対面だし、あんな姿を見られてるし。
なにより、あんな風に喋っちゃいけない気がして…

「えっと…嫌?嫌なら普通にいつもみたいにするよ?」
「及川がしたいようにすればいいよ。私にはそれを強制する理由はない」
「あ、うん。そー…だね。そう、だよね」

イメージを押し付けられない感じがなんだか、新鮮で。
どうすればいいが、少しわからない。

「あのさ、あの…らしくない、とか…思わないの?」
「らしいって何?」

彼女は首を傾げた。

「見た目から想像した性格とか…なんだろ、もっとこう…チャラチャラした感じ?」
「それがホントの及川なの?なら、それでいいけど」
「え、いや…違くて…」

なんか、この子は普通じゃない。
今まで周りにいた子と違いすぎて…。

「あんまよくわかんないけど。私は及川の性格とかについて先入観もないし、押し付けたい理想もない」
「え?」
「私は及川と話すのはこれが始めてだから。及川のことはなにも知らない」

彼女はそう言って微笑んだ。

「…私、みょうじなまえ」
「え?あ、及川徹」
「よろしくね」

差し出された手を恐る恐る握れば凄く不思議な感じがした。
下心のない接触ってなんだか初めてな気がして。

「みょうじさんって…俺の噂とか…聞かないの?」
「聞くけど。噂なんて所詮他人が創ったものでしょ?私はこの目で見たものしか信じない」
「…変わってる。みょうじさん」

そう?と彼女は首を傾げた。

「結局大事なのって自分がどう思うか…じゃない?それが理解されないなら価値観の差があるだけで」
「そういう風に考える子ってあんまり、いないと思うよ」
「だからって他人に合わせる気はないよ」

それでもよければ、お友達にでもって彼女は言ってクスクスと笑った。
こんなに綺麗に笑う子がいるってことに俺はビックリして、目を奪われて。

「よろしく…お願いします」
「なんで敬語なの?」

彼女はやっぱりクスクスと綺麗に笑う。

「あ、そうだ」
「なに?」
「私の考えだから余計なお節介だと思うけど。自分を安売りするのはどうかと思うよ」

え、と溢して固まれば彼女は自分の唇に人差し指をあてる。

「きっと…本当に恋をしたときに後悔する」
「あ…うん。そうだよね」
「好きでやってるならいいけど…そうじゃないから、及川は泣いてたんだよね」

無理しないでねって彼女は言って部室の方に歩いていって。

「あ、ちょっと待って!!」
「なに?」
「あ、いや…また、声かけてもいいかな?」

彼女は目を丸くしてすぐに微笑んだ。

「いいよ。友達でしょ?」
「うん!!あ、あと…」
「泣いてたことは誰にも言わないから。じゃあね、及川」

なんで…わかったんだろう。
やっぱり…変な子。
けど、凄く…居心地が良かった。
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