04
「またやっちゃった…」

女の子と重なった唇をジャージの袖で拭ってしゃがみこむ。

「…後悔するならやらなければいいのに」
「え、みょうじさん!?」
「こんにちは」

水道にいた彼女は汗を俺があげたあのタオルで拭った。

「それ、使って…くれてるんだ」
「ん?うん。肌触りが良くて結構好きなんだ、これ。ありがとう」
「どういたしまして」

彼女は微笑んで首を傾げる。

「また泣きそう?貸せるタオルがないんだけど」
「今日は…平気。みょうじさんと会えたからなんか落ち着いた」
「そう?よかった」

こちらに歩いてきた彼女がポンポンと俺の頭を撫でて笑った。

「じゃあね」
「え、ちょ!?」
「早くやめられるといいね」

彼女はそう言ってグラウンドに歩いていって。

「う、わっ…頭…撫でられた…」

彼女が触れたところを押さえてうずくまっていれば背中にぶつけられた強烈なボール。

「岩ちゃん!?」
「あ?今度は赤面かよ。気持ち悪」
「ひどっ!!」

さっさと部活行くぞと彼が歩き出す。

「ちょ、岩ちゃん!!待って!!」
「うぜぇ」
「迎えに来てくれたのにひどい」





及川徹と友達になった。
彼は相変わらず告白されてキスをしてうずくまるを繰り返していた。

嫌だからやめる、なんて簡単そうなことだけど。
及川にとっては難しいことなのかもしれない。

「やっほーみょうじさん」

部活後の自主練をしていた私のところにやって来たのは及川だった。

「どうしたの?」
「自主練終わりに寄ってみた。みょうじさんいるかなー?って思って」

及川はそう言ってベンチに腰かける。
私はリフティングをしながら彼を見つめて。

「上手だね」
「え?あぁ、これだけね」

俺、サッカーは苦手なんて言って彼は苦笑する。

「バレーは上手いんでしょ?花巻とかが言ってたけど」
「上手くはないかなー。中学から勝てない相手がいるんだ」
「いいね、そういうの」

私は頬を緩める。
及川は目を丸くして私を見た。

「逆境とな越えられない壁ってわくわくしない?」
「少年漫画の主人公みたいな台詞だね、それ」
「そういうの越えたら絶対強くなれるもん」

私はそうやってここまで来たから、と言えば及川もどこか楽しそうに微笑んだ。
けど、何か気になることがあったのか表情が曇る。

「…頑張れって言わないの?」
「今も頑張ってるでしょ?頑張ってる人には頑張れって言いたくない」
「みょうじさんってかっこいい」

及川はそう言って、みんなそうだったらいいのにねと小さく呟いた。

「…そうだね」

ずっとリフティングをしていた足を止めて高くあげたボールをキャッチして時計を見る。

「私、着替えてくるけど。及川はどうする?」
「どうするって?」
「先に帰る?」

及川は目を瞬かせて笑いだす。

「なんでここまできて別々に帰るっていう選択肢があるの?家まで送るよ」
「え、送られるのは嫌」
「え?」

女だから送られるとか、私はどうしても好きになれなかった。
まぁ、普通の女子なら歓声ものなのかもしれない。

「嫌…?あ、俺じゃ嫌ってこと?」

いつも女子に向けていた上っ面だけの笑顔を浮かべた及川は少し泣きそうに見えた。

「そうじゃなくて。送らなくていいから、一緒に帰ろう」
「え、あ…一緒に…?」
「一緒に。送る必要はないよ。私はそういう扱いを望んでるわけじゃないから」

及川は目を瞬かせてすぐにふにゃりと気の抜けた笑顔をこぼした。

「うん、一緒に帰りたい」
「ん。じゃあ着替えてくるから。待ってて」
「うん」

部室に戻りながら思った。
あぁいうのは嫌いだなぁって。

「お伽噺の王子様…みたいな?」

まぁ似合う。
似合うけど、彼は…

「王子様にはなれない」
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