06
「あのさ、みょうじさん」

最近日課になりつつある部活後のお喋り。
及川はどこか苦し気に眉を寄せていた。

「こうやって、お喋りするのやめよっか」

及川は下手くそに笑った。

「やっぱり誰か一人と仲良くなるのは良くないし」
「…それが、及川の本音?」

リフティングをやめて及川と視線を合わせる。
及川は気まずそうに視線を逸らした。

「及川が本当にそうしたいなら私は別に構わないよ」
「うん…」
「けどね。私は、及川にも友達と笑い合う権利はあると思ってる」

地面に落としたボールを上げて、またリフティングを始める。

「辛くないの?友達を自分からやめること」
「え、あ…」

ボールを高く蹴りあげて頭の上に乗せた。
バランスを取りながら言葉を探して、ため息をついた。

「まぁ、いいや」

及川が眉を寄せたのが見えた。

「及川がここに来なくなれば私達は会うことなんてなくなるだろうし」
「うん…」
「私もう少し練習して帰るから。及川はもう帰りなよ」

そう言葉を残して時計に視線を向ける。
あと少し走れるだろう。

ボールを地面に落として走り出そうとすればガシッと腕を掴まれる。
顔を伏せていて表情はわからない。

「離して」

及川は何も言わない。
けど、私の腕を掴む力が強くなる。

「…言葉にして」

空いた方の手で及川の顔をこちらに向けさせる。
視線は逸らされてしまったけど。

「及川の口はなんのためにあるの?」
「え…?」
「好きでもない女とキスをするため?友達を突き放すため?女の子の喜ぶ言葉を吐き出すため?」

及川はゆるゆると視線をこちらに向けた。

「違うでしょ!?及川の本当の気持ちを言葉にするためにある。好きな子とキスをして、好きな子に愛を告げるため。友達と他愛ない話をするため。…そのために、あるんじゃないの?」

及川は視線を所在なさげに揺らしてからこくりと小さく頷いた。

「だったら言葉にして。どうしたいの?どうしてほしいの?」
「やだ」

私の腕をぎゅつと握り締めて。

「離れたくない。失いたくない。友達でいたいよ。けど、怪我もしてほしくない。もう誰かが自分のために傷付くのは嫌だ」
「うん」

泣きそうな及川の頭を撫でて微笑む。
離れないよって言えば彼はこくりと頷いて、顔を伏せた。

「離れない。友達だから。怪我もしない。私は、傷ついたりしない」

頬は叩かれたけど。
あんなの怪我には入らないよね?

「怪我しないなんて、わかんないじゃん。何されるか…」
「関係ない」
「関係なくない!!だって、サッカーの邪魔になるかもしれない」

サッカーしてるみょうじさん、俺好きだからって及川が言って、真剣な瞳が私を見た。

「だったら及川が言葉にすればいい。友達だから、傷付けないでって。それでもダメなら私が助けてって及川に言うから」

そしたら、助けてくれる?って言えば及川は何度も何度も頷いた。
頬に伝う涙を指で拭ってやればふにゃっと及川が笑って。

作り笑いじゃない彼の笑顔は本当に綺麗だと思った。

「ありがとね、みょうじさん」

泣き止んだ及川は恥ずかしそうに目をそらしながら笑う。

「どういたしまして」

初めてだったんだって及川は言った。

「俺の本当の気持ちを聞いてくれたの。初めてだった」
「うん」
「だから、凄い嬉しいけど。凄い恥ずかしい」

及川は困ったように眉を寄せた。
けど、口元は緩んでいて。

「聞いてくれる人、もっと増えたらいいね」
「…うん。けど、今はみょうじさんがいればいいかな」
「なにそれ」

時計を見ればもうヤバめな時間で。
着替えてくる、と言えば待ってると及川は言った。

「一緒に帰ろう!!」

満面の笑みで言った及川に私は笑ってしまって。
及川は慌てて私の名前を呼んだ。

「俺変なことした!?」
「ううん。一緒に帰ろっか」
「うん!!」

君の飾らない笑顔に私も微笑んだ。
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