08
俺はまたやってしまった。
しゃがみこんでいた俺の横に彼女がやって来て、タオルが頭にかけてくれた。
甘いの香りが俺を包んで、鼻の奥がツンとする。

みょうじさんの周りにはいつだって人がいた。
俺みたいに顔を目当てに集まってくる女の子とは違くて、彼女の友人がたくさん。

彼女は綺麗な顔をしてる。
凄くモテることも俺は知った。
俺と同じなのに俺とは全然違う。

羨ましくて、憧れて。
その逆に俺は少しだけ汚い感情を持っていることに気づいてしまった。
彼女が…妬ましいと。
そう、思ってしまっていた。

「及川?」
「え?あ、なに?」
「大丈夫?」

優しい声で彼女が言った。

「へ、いき…」
「及川は嘘がつくのが下手。それに、強がり。…けど、それも及川のいいところだよ」

彼女は綺麗だ。
容姿も人としても。
俺もこんな風に…なれるのかなって思って。

「ねぇ、」
「ん?」
「…俺も、みょうじさんみたいに…なれる?」

私みたいに?と彼女は少しだけ驚いた声。

「んー…なれないんじゃないかな」

なれないって、言われると思ってなくて俺は言葉を失う。
みょうじさんはそんな俺を見て優しい顔をして。

「だって、及川には及川のいいところがあるから」
「え…?」
「私だって及川に憧れることもあるけど。でもやっぱり私は私だから。私の長所を伸ばして、短所を改善することしか出来ない」

及川も、そうだよと言って頭を撫でられた。

「俺、汚いね」
「そんなこと、ないと思うけど」
「やめたいのに、やめれない。どうすればいいかわかんなくて…、みょうじさんが羨ましくて、憧れて…汚い感情まで生まれてきた」

みょうじさんは俺の隣に座って。
及川、と優しい声で俺の名前を呼んだ。

「人に憧れることは悪いことじゃない。羨ましいって思えば妬ましくなるのも仕方ない」
「けど…」
「その後に及川が何をするかが大事だと思うよ」

羨ましいからって無理に奪ったりはしないでしょ?と彼女は言って、子供をあやすみたいに俺の背中をポンポンと叩く。

「あんまり、自分を卑下するものじゃないよ」
「…うん」
「及川は優しすぎるんだよ、きっとね」

背中から彼女の手が離れた。

「じゃあ、私部活に戻るから」
「…みょうじさん」
「なに?」

振り返った彼女と視線が交わる。
微かに震える手を伸ばせば、彼女は首を傾げながらもその手を握ってくれた。

「どうしたの?」
「あ、あのさ…」
「うん?」

繋がれた手に少し力を入れて、視線を伏せた。

「及川?」
「ご、めん…なんでもない…」

そう言って、手を離してゆっくり下ろしていけばその手を彼女が握りしめた。
顔を上げれば真剣は瞳と視線が交わる。

「…前にも、言ったけど…言葉にしてね」
「え、あ…」
「じゃないと、私にはわからないから…」

手が離されて彼女は部活に戻っていく。
温もりの残る手を見つめて俺は目を固く瞑った。

普通に過ごしたい。
彼女みたいに、友達と話して異性と話して。
告白もされても、いいかもしれない。
けど、俺を好きな女の子達みたいに俺の友達を傷付けようとなんてしないで…

初めて、こんな風に強く願った。
ずっと無理だと思ってたから。
けど、みょうじさんが無理じゃないって証明していて。
そんな風になれるかなって期待しちゃって。
そしたら毎日が凄く辛くなった。
キスをすれば、今まで以上に胸が痛んで彼女の顔を思い出した。

「…みょうじ、さん…」

彼女がかけたタオルをぎゅっと握りしめて。
泣きそうになるのをなんとか我慢する。

「もう、辛い…よ」

だから、だから…

唇が震えた。

「た、す…けて…」

初めて、吐き出した弱音。
きっと、誰にも聞かれてなんかいないだろうって思ってたのに。

目の前に手が差し出された。

「、え…」

顔を上げれば眉を申し訳なさそうに下げたみょうじさんがいた。

「な、んで…」
「助けてって言ったから。私じゃ…力になれないかもしれないど」

俺は恐る恐る震える手でその手を握りしめて。
俺の頬に涙が伝って、我慢できなくなって泣きじゃくる俺を彼女が優しく抱き締めた。

「頑張ったね」
「っうん、」
「もう、我慢…しなくていいよ」

背中を撫でる彼女の手が、触れる温もりが涙を止めることを許してくれなかった。
戻る

TOP