02
「いってきます」「いってらっしゃい、なまえちゃん」
幼馴染み、月島蛍の家に居候することになった次の日の朝。
おばさまに見送られて、学校へ向かった。
両耳に差し込んだイヤホンから流れる音楽を聞き流しながら溜め息をつく。
正直にいえば、居候なんて嫌で嫌で仕方ない。
家でまで気を使うなんて疲れる。
学校に近づけば見覚えのある子達が声をかけてくる。
それに笑顔で答えながら、内心ため息をつく。
「おはよう、なまえちゃん」
「おはよう」
クラスでよく話しかけてくる友人が隣に並ぶ。
「今日の宿題やった?」
「数学?一応やったよ」
「本当!?見してくださいっ」
両手を合わせて私を見た友人に仕方ないなーと笑う。
「あ、みょうじ!!はよっ」
横を通りすぎた男の子が振り返って手を振る。
「おはよう」
「朝から会えるとか超嬉しい」
「え?ありがとう」
彼はじゃあ教室でと、走っていく。
「なまえちゃん本当にモテモテっ!!」
「そんなことないよ」
「今の、サッカー部の飯島君だよ!?女子とは滅多に話さないのになまえちゃんとは、あんなに嬉しそうに話してた」
飯島君…ねぇ…
聞き覚えはある、けど…
「なまえちゃん、好きな人とかいないの?」
「好きな人…いないかな。恋愛とかよくわからないもん」
「えーっ勿体無い!!」
キャイキャイと騒ぐ彼女から視線をそらす。
朝から面倒くさい。
何でみんな恋愛事好きなんだろう…
教室に入って笑顔で挨拶に答えていく。
「ねぇ、これ。宿題」
「わ、なまえちゃんありがとー」
「どういたしまして」
ノートを彼女に渡して教室を出る。
屋上のペントハウスの上に登って縁に腰かけた。
頬の筋肉を指で解しながら寝転ぶ。
「疲れた…」
両耳にイヤホンを差し込んで目を閉じる。
流れてくる音楽がガンガンと鼓膜を揺らしていく。
毎日、毎日…
学校に来るだけで体力を使う。
知らない先輩まで声をかけてくるし…
みんな名前はわかんないけど…
少しだけ肌寒い風を体に浴びながら私は眠りについた。
「…寝すぎた…」
目が覚めて時計を見れば既に1時間目が始まっている時間。
「1時間目…数学かぁ…」
出なくていいや。
起こした体をもう一度倒して真っ青な空を眺める。
「憎たらしい青だな…」
タイマーをセットして私は眠りについた。
2時間目から授業に出て、お昼休み。
おばさまに貰った弁当を開いて、飲み物がないことに気づいた。
「飲み物買ってくるね」
「いってらっしゃい!!ゆっくり食べてるね」
「ん、ありがとー」
にこりと笑って自販機に向かう。
「疲れたー…」
ガコンと音をたてて落ちてきたミネラルウォーター。
それを取って自分の目元にあてる。
「…そこ、邪魔なんだけど」
聞き覚えのある声が聞こえて、目からペットボトルを離して視線を後ろに向ける。
「月島君か…ごめんね」
彼の横を通りすぎて帰ろうとすれば腕を捕まれる。
「どうかした?」
「…泣いてた?」
「泣いてないよ。ちょっと疲れちゃっただけ」
ヘラっと笑いながら言えば彼の眉間に皺が寄った。
「つまんないね」
「ひどいなー。悲しくないのに泣くわけないじゃん」
「じゃあ何がそんなに楽しいの、みょうじ?」
彼の珍しく真剣な瞳にはニコニコと笑う私が映っていた。
「どういうこと?」
「だから、何が楽しくて笑ってるのって、聞いてるんだけど」
「…何も楽しくないよ。退屈で退屈で仕方ないもん」
にこりと笑って言えばあからさまな舌打ち。
「なんか…気持ち悪いよ、みょうじ…」
「うん、私も気持ち悪い。吐き気がするくらいにね」
彼の瞳に見えた嫌悪は困惑へと変わる。
そんな彼から視線をそらして歩き出す。
「ご飯食べ損ねちゃうからまたね、月島君」
少しだけ温くなった水を気持ち悪い喉に流し込んだ。
「何が楽しくて…か」
背中に突き刺さるような視線を浴びながら小さく笑った。
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