09
及川が手を伸ばした。
助けてと、確かにそう言った。
その手をとったのは…私だった。

友人の言葉を思い出して苦笑する。

泣きじゃくる及川の背中を撫でながら、どうすればいいんだろうって思考を巡らす。
これといって何か方法があるわけじゃない。

「ご、めん…また泣いて…」
「私は平気だよ。大丈夫? 」
「うん」

及川は真っ赤な目で微笑んだ。

「ごめんね、こんな姿ばっかり」
「私は嫌いじゃないよ」
「カッコよく…ないじゃん」

彼の言葉に目を瞬かせ、首を傾げた。

「普段のヘラヘラしてるときよりはカッコいいと思うけど」
「うっ…みょうじさんやっぱり変」
「失礼だね」

及川はどこか楽しそうに笑って、その笑顔が好きだなぁって思った。

「ねぇ、及川」
「何?」
「手を掴んだのはいいんだけど…」

何も、策がないって言えば及川は目を瞬かせて笑いだす。

「いいよ、手掴んでくれただけて…救われた」
「けど…」
「やっぱり…頑張らないといけないのは俺だから」

その言葉に迷いはなかった。
繋いでいた手をぎゅっと握りしめて及川が微笑んだ。

「頑張る…からさ」
「うん」
「俺が、変われるまで…そばにいて」

少し恥ずかしそうに及川が言って、私は驚きながらも頷いた。

「私でよければ」
「みょうじさんじゃなきゃ、ダメ」





助けてと伸ばした手を掴んだのはやっぱり彼女だった。
手のひらから伝わる温もりに胸がぎゅっと締め付けられて、涙は止まらなかった。

抱き締められて、背中を撫でられて。
恥ずかしいのに凄くそれが落ち着いた。

初めて、救われた気がした。
妬ましさも今だって確かにあるけど。
それ以上に俺はこの人の隣にいたいと思った。

彼女みたいになれなくても、少しでも彼女に近づきたかった。
そのためには、多分俺はこのままじゃいけない。

申し訳なさそうに、策がないと彼女は言った。
多分咄嗟に俺の手を掴んだんだ。
それが俺を本当に救ってくれたってことは彼女はわかってないと思う。

真っ暗な深海に差し込んだ光りみたいで。
俺の行き先を印してくれていて。

「俺…頑張るね」
「無理はしないでね。話はいくらでも聞くし、手伝えることならなんでもするから」
「優しいね、みょうじさんは。見返りなんて、ないのに」

彼女はきっと、自然に人を救うんだろう。
救おうとするんじゃなくて、周りが勝手に救われてる。
だから、みんな彼女の傍にいたがるんだ。

「及川が幸せになれたら、それ以上に嬉しいことはないよ」
「そんなこと普通言えないよ」

彼女は少し考える素振りをしてから口を開く。

「私ね、お伽噺が嫌いなの」
「え?」
「物語は全部めでたしめでたしって終わるでしょ?」

子供の頃からそれが嫌いだったの、と彼女は苦笑しながら言った。

「例えばさ、桃太郎で。桃太郎は鬼退治をしてめでたしかもしれないけど。もし、退治された鬼に子供がいたら。その小鬼からしたら桃太郎は親を殺した敵」
「…そんなこと、考えたことなかった」
「それが普通だと思うよ」

彼女はクスクスと笑って、立ち上がる。

「全員が幸せになるなんて、無理なことだって私もわかってるの」

そう言った彼女は少し悲しそうだった。

「誰かが幸せになればきっと誰かが不幸になる」
「うん」
「けどさ、ずっと同じ人が不幸で居続けるなんておかしいと思わない?」

不幸が来たら、幸せがやってくる。
人生そうじゃないとやっていけないでしょと言って、俺に微笑みかけた。

「及川は十分頑張ったよ。一人で不幸を背負い込んだ。それのお陰で多分沢山の女の子が100%じゃないけど幸せに恋を終わらせられた。けどさ、そろそろ」

優しい瞳が俺を見つめた。

「及川も幸せになっていいんじゃない?」

耳に届いた彼女の声が心を震わせる。
月並みな表現といわれてしまうのかもしれないけど、本当に。

「私は、及川にも幸せになる資格があると思うよ。そのためにまだ苦しまないといけないかもしれないけどきっと…それを全て覆すような幸せが待ってる」
「なんか、説得力あるね」
「ホント?なんか、嬉しいね」

さてと、そろそろ戻らないと本当に怒られちゃうと彼女は言って。

「タオル、新しいのは買わなくていいからね」
「あ、また借りちゃった。…洗って、返すね」
「うん。じゃあまたあとで」

小走りでグラウンドに戻っていく彼女は少し離れて突然足を止めた。

「及川っ!!」

振り返った彼女は今までにないくらい綺麗に優しく笑ってた。

「お伽噺で終わらせちゃダメだよ」
「え?」
「めでたしめでたしの先にも幸せがあるから!!頑張ろう」

彼女はそれだけ言って、走り去っていって。

「めでたしめでたしの先にも幸せがある…」

やっぱり変なこと言うなって思ったけど。
凄く心が軽くなっていた。
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