10
あの日から及川は変わった。岩泉な本気で驚くくらいに。
少しずつだけど女の子の誘いを断って友人と話すようになって、作り笑いが減ってきた。
「十年近く変わらなかった男がこうも簡単に変わるのかよ」
「ようはきっかけってことデショ。ね、みょうじ?」
今は女の子と話してるけど昔みたいに辛そうではなくなった。
「私は別になにもしてないよ。及川が変わりたいって本当に思ったからじゃない?」
「そのきっかけがみょうじだと思うんだけど」
私はシュークリームを頬張って首を傾げた。
「うん、やっぱり美味しい」
「うん、確かに美味い」
同じくシュークリームも頬張った花巻が幸せそうに目を細めた。
「これ当たりじゃない?」
「大当たり。これならいくらでも食べれる」
「太っちゃうけどね」
シュークリームを食べ終えて、及川に視線を向ける。
「今の方がずっと、魅力的だよね」
「まぁ昔のムカつく笑顔よりはな」
「こうやってみると、本当にかっこいいんだね」
そう私が呟けばみんながピシッと動きを止めた。
「マジで?」
「いや、けど考えてみろ」
真剣な岩泉が花巻と松川を交互に見る。
「及川とみょうじなら見た目的にはなんの問題はない」
「美男美女だな」
「及川を諦める奴が増える。そしたら、練習中のうるさい女子が減る」
おおーっ!!と2人が拍手をする。
「それだけじゃねぇ。みょうじがもし及川と付き合ったら」
「付き合ったら?」
「ウザ川の出現率が下がるっ!!」
なん、だと?と2人が固まって機械のような動きでこちらを見た。
「…付き合わないけど」
「なんでっ!?」
「そういうの別に望んでないし」
私の言葉に3人が肩を落とす。
「みょうじってこんな奴だった…」
「ダメ?及川カッコいいよ?」
「いや、カッコいいけど。別に…。アイツが一緒にいて幸せになれる相手が絶対いるだろうし」
それがお前だよ!!と3人が声を揃えて言った。
「え?私はないでしょ」
「でた、天然記念物」
「マジで鈍感すぎて、つらい」
女の子の中から戻ってきた及川がどうしたの?と首を傾げた。
「いや、及川…」
「なになにー?」
「お前も苦労する相手を選んだな」
及川はピタリと固まって、顔がどんどん赤く染まっていく。
「な、ななななに言って!!!?」
「あ、顔赤い」
「マッキー、まっつん!!!!」
ニヤニヤと笑う2人に及川が絡んでいき、岩泉はため息をつく。
「…本気で、ねぇの?」
「ん?」
「お前、そこまで鈍感な奴じゃないだろ」
視線を逸らしながら言った岩泉に私は口元を緩める。
「なんのことかな?」
「…及川のこと、頼むわ」
「人の答えを聞く前にそれってどんなの?」
岩泉は人のいい笑顔をみせる。
「いい奴だぜ?多少問題はあるけどな」
「本人に言ってあげな」
「それは嫌だ」
2人にからかわれる及川を見ながら頬杖をつく。
「まぁ…そうだね」
「みょうじ?」
「それで及川が幸せになれるっていうなら…考えないこともないかな」
私の視線に気づいた及川が目を瞬かせ、首を傾げる。
「どうしたの、みょうじさん?」
「ん、なんでもないよ。じゃあ、私教室戻るね」
立ち上がってそう言えば岩泉はおう、と言って手をヒラヒラと振る。
「ま、よろしく頼むわ」
「気が早いんじゃない?」
「確実だから、楽しみにしとけ」
首を傾げたままの及川にまた放課後にと言えば嬉しそうに微笑んだ。
「またね!!」
「みょうじ、またシュークリーム買ってきて」
「時間があればね」
今度は全員分頼む、と松川が言って。
わかったよ、と答えて教室を出た。
▽
「及川」
「どうしたの?」
「頑張れよ」
俺の言葉に及川は目を瞬かせ、どうしたの?ともう一度尋ねた。
「みょうじのこと好きなんだろ」
「え、あ…あー…多分?」
「なんだよその曖昧な感じ」
及川は目を泳がせて、なんと言うかと口ごもる。
「さっさと言え!!」
「言う、言うから振り上げた腕は下ろそう!?」
言われた通り振り上げた腕を下ろして、及川を見る。
「自分から恋、したの…初めてだから。正直よくわかんない」
「は?」
「一緒にいたいし、他の人と話してるの見るのはモヤモヤするし。けど、今のままでもいいかなって…思ったり…」
呆れた、とため息をつけば及川は眉を下げる。
「だって…告白して、フラれて…一緒にいられなくなることは絶対に嫌だから」
「みょうじがそんなことで友達やめると思うか?」
「そ、れはそうなんだけど」
お前、今のままで満足なのかよと言えば及川は口を閉ざした。
「友達として一緒にいれることで満足だったらお前、なんで必死に変わろうとしたんだよ。変わらなくても友達ではいれただろ」
「それは、嫌だったんだもん…」
「男がだもんなんて言うな。キモい」
はっきりしねぇなと思いながらため息をつく。
「当たって砕けてこい。好きなんだろ?」
「…俺、変われた?変われてる?」
「変われてる。それは俺が保証してやる」
及川は嬉しそうに笑った。
「頼もしいね。けど、まだ…1つだけ」
「なんだよ」
「1つだけ…まだ変わってないから。変われたら…当たって砕けてくるから」
そう言って笑った及川は、今までになく優しい顔をしていた。
頑張ってることはもうわかってるから。
曖昧なことを言ってもみょうじのことを本気で好きなのもわかってる。
だから、幼馴染みらしくあと1歩を踏み出せないお前の背中は押してやる。
「精々頑張ってこい」
「うんっ!!」
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