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「あの、及川くん」

目の前の女の子は小さな肩を震わせて。
真っ赤な頬と涙目な瞳で俺を見上げていた。

「なにかな?」
「私ずっと及川くんのファンだったの。ずっと、応援してた」

震える手がスカートをぎゅっと握りしめる。

「けどね、どこか遠くに感じてた。アイドルとかそういう感じに見えてたんだけどね」
「うん」
「最近の及川くんは凄くカッコよくて。昔とは比べ物にならないくらいにカッコよくて…」

ファンの女の子の名前なんて覚えたりしなかったのに、この間私の名前を呼んでくれた。と嬉しそうに笑った。

「叶うなんて、思ってないの。けどね、ちゃんと伝えたくて…」
「うん」
「及川くんが好きです。だから、付き合ってください」

頭を下げた彼女に俺は小さく息を吐く。

「ごめんね…俺は、君とは付き合えない」
「やっぱり、そうだよね…」
「うん、ごめんね」

目に溜まった彼女の涙はもうこぼれ落ちそうで、胸が痛む。

「及川くんは、告白した女の子にキス…してくれるって聞いた」

彼女の声は今までにないくらい震えて、俺の手も微かに震える。

「…して、くれる?」
「今までは、してた。けど、もうできないや。キスしちゃったら…いつか君は後悔する。…俺がそうだから」
「及川、くん?」

俺は、ぎゅっと手を握りしめる。

「本当に自分を見てくれて、本当に好きになってくれる人としないときっと…後悔する」
「及川くんは、してる?」
「うん。最近になって…後悔した。もう、手遅れなんだけどね…。君にはそうなって欲しくない」

彼女は涙を指で拭って微笑んだ。

「うん」
「きっと、君を本当に好きになってくれる人と出会えるから。人に言われたんだけどね、不幸があったらそれを覆すような幸せがくるんだって。だから、幸せになってね」
「ありがとう、及川くん。…及川くんを好きになって、よかった」

これからも、応援してもいい?と彼女が言って。
俺なんかで良ければと答える。

「及川くんだから、応援するんだよ。…話、聞いてくれてありがとう」
「うん」

走り去っていく女の子の背中が見えなくなってそこにしゃがみこむ。
頭を抱えて、大きく息を吐く。

「カッコいいじゃん」
「みょうじ…さん…」

みょうじさんはにこりと笑って俺に手を差し出した。

「ごめんね、今回も見る気はなかったんだけど…」
「平気。…ねぇ、俺…変われたかな?」

彼女の手を見つめて、そう尋ねればうん、と彼女は答えた。

「変わったよ、凄く。カッコよくなったし、泣きそうな顔してない」
「…あの子は…」
「きっと幸せになれるよ。だって、笑ってたじゃん」

うん、と俺は小さく頷いて彼女の手を握る。

「…みょうじさん」
「なに?」
「ありがとう」

立ち上がって、視線を合わせてそう言えばどういたしましてと微笑んだ。

「あの…さ」

視線を落として、握ったままの彼女の手を見つめる。

「俺、みょうじさんとずっと…一緒にいたい」

顔をあげる勇気はなかった。

「全部が変われた訳じゃ、ないかもしれない。正直、俺じゃ釣り合わないって思ってる…。それでも、俺、みょうじさんといたい」

みょうじさんの特別に、なりたい。
震える声で伝えれば彼女はゆっくりと俺の手を離した。

やっぱり、ダメだよね…
また泣きそうになって唇を噛んだ。

「…私なんかより及川を幸せにできる人がいるって私は思ってる」
「え…?」
「けど…及川が私といることで今までの不幸を全部覆せるって言うなら」

私も及川の特別になりたい。
静かに、でもはっきりと俺の耳に彼女の声は届いた。

「い、いの?」
「及川が幸せになれるっていうなら」

顔を上げて、見つめた彼女は凄く優しい顔をしていた。

「うんっ!!みょうじさんといられるなら…俺は幸せだよ」

離れた手をもう一度ぎゅっと握りしめて。

「俺はみょうじさんといられれば幸せ。けど、みょうじさんのこともちゃんと幸せにしたい」
「え?」
「俺じゃ、ダメかもしれないけど…」

みょうじさんは目を丸くして、でもすぐに微笑んだ。
彼女は握りしめていた手を握り返してくれて。

「幸せにして。お伽噺みたいに途中でやめたら嫌だよ」
「やめない。絶対に」
「それじゃあ…不束者ですがよろしくお願いします」

少し冗談っぽく彼女が言って。
俺は我慢できなくなって彼女に、抱きつく。

「及川?」
「…泣きそう」
「泣かないでよ」

幸せすぎて、泣きそうって彼女に抱きつきながら言えば髪を撫でられて。
幸せなら笑ってほしいと優しい声で言った。

「好き、好きだよ。ホントに」
「ちゃんと伝わってるから。…私も、好きだよ」
「うん」





「へぇ、ホントに付き合ったのか」

岩泉たちに報告すれば及川は松川と花巻の2人にからかわれ、私は岩泉と2人それを眺めていた。

「まぁ、よろしく頼まれたしね」
「好きなのか?」
「好きじゃなきゃ付き合わないよ」

いつから好きだったんだ?と聞かれて私は口元を緩める。

「知りたい?」
「まぁ、気になる」
「綺麗だったの」

岩泉がは?と首を傾げる。

「顔?」
「まぁ、顔も整ってるけど。及川の涙、綺麗だったんだよね」

だからきっとその時かな、と微笑めば岩泉はわけわかんねぇと呟く。

「結局イケメンだからじゃねぇの?」
「そういうんじゃなくて。綺麗な涙だったんだよ。わからないかもしれないけど」
「おう、わかんねぇわ」

岩泉はそう言って、まぁよかったなと笑った。

からかわれる及川は泣きそうな顔で此方を見た。

「どうしたの?」
「ファーストキスがなまえちゃんじゃないのが可哀想って言われた…。俺が一番気にしてたのに…」
「気にしてたの?…んー、まぁいいんじゃない?」

何がいいの?と及川が首を傾げる。

「初めてなんて誰でもいいし、いつでもいいよ」
「え!!?い、いいの?」
「うん。だって、最後が私ならそれまでのことなんて気にしないよ」

私の言葉に及川は目を丸くしてから満面の笑みを浮かべた。

「なまえちゃんっ!!!大好き。絶対にもう離さない」
「うん、ありがとう」

嬉しそうに及川が笑うから私も微笑む。

「…幸せ?」
「幸せ」

なら、よかった。
私はそう言って彼の髪を撫でた。
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