03
バイトを終えて、居候先の家のドアのチャイムを鳴らす。「…おかえり」
鍵を開けたのはつまらなそうな月島君。
「ただいま」
ニコニコと笑いながら言えば聞こえた舌打ち。
「…帰って早々に舌打ちなんてしないでよ」
「その笑顔、ムカつく。笑いたくないなら笑わないでよ」
彼の言葉に吊り上げた口角が下がるのがわかる。
「…私に指図しないで」
「みょうじ?」
月島君の横を通り過ぎて2階へ上がる。
「めんどくさい」
鞄を部屋に放り投げて、部屋の窓を全開にしてベッドに倒れ込んだ。
―言うこと聞きなさい
―黙ってないでなにか言いなさいよ!!
―泣いてどうにかなると思ってんの!?黙って消えなさいよ
耳に残る色々な声。
私は舌打ちをして目を瞑った。
「みょうじ」
ノックの音が聞こえて名前を呼ばれた。
「はーい」
「ご飯だよ」
「ん、わかった」
窓を閉めて部屋から出れば月島君がじっとこちらを見ていた。
「また、窓開けてたの?」
「そうだよ。ダメ?」
「ダメってわけじゃないけどこの時期でも風邪ひくよ。それとも、バカは風邪ひかないの?」
「心配してくれてありがとう。けど…関係ないでしょ」
にこりと笑って月島君の横を通りすぎて階段を下りた。
「なまえちゃんバイトお疲れ様」
「ありがとうございます」
「何のバイトしてるの?」
「知り合いが経営してるバーで働いてます。今日は早かったですけど普段はもっと遅い時間に帰ってくるんです」
ニコニコと笑いながらおばさまと話していればどこか不機嫌そうな月島君。
不機嫌そうというより、不機嫌そのもの。
まぁ私の表情が気に入らないのだろうけど…
料理を食べながら私は笑う。
彼が気に入らないとしても私には関係ない。
誰にも指図なんかされたくない。
「今日も美味しかったです。ご馳走さま」
両手を合わせてそう伝えて、笑う。
「部屋に戻りますね」
1人で部屋に戻ると冷たい風が体を包んでいく。
ずるずるとしゃがみこんで小さく息を吐き出す。
今食べたものが逆流してくる感覚に慌ててトイレに駆け込んだ。
いつからかちゃんと食べられなくなった。
全てを戻して、目じりの涙を拭う。
気持ち悪い、気持ち悪い、きもちわるいきもちわるい
食べたものを全て戻したのに、止まらない吐き気。
胃液が喉をちりちりと刺激する。
その痛みに咳き込んで蹲る。
また、食べられなかった。
おばさまが作ってくれるお弁当も毎日のように戻してしまう。
肩で息をして、涙の浮かぶ目を擦っていればコンコンとノックの音が聞こえた。
「みょうじ、大丈夫?」
月島君の声に、平気と答えようと口を開けばまた咳が出る。
「ちょ、みょうじ!!?開けていい?」
「ダ、メ…」
鍵を閉めていないトイレのドアが開きそうになって慌てて止める。
「お、願い…やめ、て…」
喋れば喉をちりちりと刺激する。
「みょうじ…」
「へ。き…だから…」
「…わかった」
足音が離れていく。
力の入らない体がガタガタと震えはじめる。
月島君にバレた。
バレてしまった。
ずっと隠してきた自分の弱さ。
壁に手をつきながら立ち上がりドアを開けると床に封の開いていないペットボトルとタオルが置かれていた。
「…ごめん、ありがとね…」
それを拾い上げて自室に入った。
ガチャリとみょうじが部屋に入る音がして、僕は部屋から出る。
置いておいた部活の時に余った飲み物とタオルはそこから消えていた。
「…なに、隠してるの?みょうじ」
僕の呟きはきっと誰にも届かずに消えていった。
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