05
授業中にぼんやりと窓の外を眺めていた僕の瞳に映り込んだのはサッカーをしているみょうじの姿。

昔から運動は得意だったな、と思いながらその姿を追いかける。

朝食はちゃんと食べたのだろうか…

シュートを決めたみょうじに駆け寄る友人と思しき女子たち。
それに笑顔で対応しているであろうみょうじ。

試合が続いているため走ってポジションに戻っていく女子たちを追いかけようとしたみょうじの体がぐらりと傾く。
倒れそうになったみょうじが自力で体を持ち直すが、すぐにその場にしゃがみ込んだ。

「みょうじ…?」

そして今度こそ倒れた体。
みょうじに駆け寄る女子たちから視線を教室の時計に移す。
授業が終わるまであと30分。

「先生」
「どうした、月島」
「体調が優れないので保健室に行ってきていいですか?」
「大丈夫か?いいぞ、行ってこい」

運ばれていくみょうじを視界の端に映して立ち上がり教室を出た。

少し歩調を遅くして保健室に向かう。
中に入れば先生はおらず1か所だけカーテンの閉じられたベッド。

中を見ればみょうじが眠っていた。
「みょうじ」

呼びかけても返事はない。
眠っているようだった。

ベッドの横の椅子に座ってみょうじの顔を見る。

真っ青な顔に深く刻まれた眉間の皺。

「やっぱりご飯は…食べてない。いや、戻したのか?」

そっと掛布団を捲ってみょうじ腕に手を伸ばす。
皮と骨しかないと言ってもいいほどに細い腕。

「随分と長い間食べれていないみたいだね………なまえ」

久々に呼んだ幼馴染の名前に彼女の指先がピクリと動く。
ジャージの裾からは何本もの赤い線。

「リストカットも…」

居候を始めてからまだ数日。
あれから、話もしていない。

そう簡単に踏み込むことはできない。
けど…

「僕を心配させるって何様なの、なまえ?」

中2で疎遠になって以来、彼女への近づき方がわからない。
どこまで踏み込んでもいいのかわからない。
彼女がどうしてこんな風になったのか…

「んっ…」

なまえの瞼が震えてゆっくりと僕を映す。

「…け、い…?」
久々に呼ばれた名前に目を見開く。

「ここ、どこ…」

なまえの瞳が周りを見る。

「保健室。体育の時倒れたんだって」
「そう…。どうして、ここにいるの?月島君」

呼び方が元に戻った。
いつもの笑顔を張り付けて僕を見る。

「サボってたら、君が運ばれてきただけ」

そう答えれば彼女は目を逸らした。

「そう…」

体を起こして小さく息を吐く。

「…ご飯、食べてないの?」
「…うん」

なまえは笑って窓の外を見た。

「食べてないんじゃないよ。食べれない、だけ」
「…いつから」
「んー…中2くらいかなぁ」

中2…
僕らが疎遠になった頃か…

「今は薬でなんとか生活してるんだけどね」
「…母さんには?」
「言ってないよ」

彼女は困ったように笑った。

「……病院は?」
「定期的に行ってる」
「…そう」

少しは、僕にも話してくれるのか…
それでも彼女の笑った時の瞳には嫌悪があった。

「原因は?」
「……関係ないでしょ」
「そうだね」

原因は、言えない…か。

「お弁当、いつもどうしてるの」
「食べてる。けど…」
「…言わなくても分かった」

なまえはこちらを見て微笑む。

「…おばさまには言わないでくれる?」
「なんで?」
「…これ以上迷惑かけたくないでしょ」

両足をベッドから降ろして立ち上がろうとする。

「まだ、大人しくしてなよ」
「平気」

立ち上がって体を伸ばす。
ずり落ちた腕の裾から手首の傷が無数に見えて目を逸らす。

「ごめんね、折角のサボリを邪魔して」
「別に…」
「じゃあ」

去っていくなまえの背中は酷く小さく見える。

「なまえ…」

昔みたいに助けを求めてよ。
僕は無視したりしないのに…

「君の伸ばした手なら…迷うことなく掴むのに…」

僕の声は外の体育の声に飲み込まれた。
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