06
移動教室のために廊下を歩いていたとき2組の前を通った。
無意識に中に視線を向ければ沢山の人に囲まれたなまえを見つけた。

「どうしたの、ツッキー?」
「いや、別に…」

相変わらずあの笑顔を張り付けている。

人の中心にいたなまえの視線がこちらに向いた。
交わった視線に足を止める。

「なまえ…」
自然と彼女の名前を呼んでいた。
目を見開いたなまえは慌てて目を逸らす。

「ツッキー、行かないの?」
「…行く」

もう一度彼女を見て僕は歩き出した。

あの日以来、なまえが僕の前で弱さを見せたことはない。
夕飯を家で食べることもなくなった。
バイト先で食べているとは言ってるけど食べてすらいないだろう。

心配、してるのか…?僕が?
最近頭の中は彼女のことばかりだ。

「どうして、僕が…」
「ツッキー?」
「…最悪」

最悪だ。
どうして僕がこんな風になまえの心配をしないといけないんだろう。





月島君がこちらをじっと見ていた。
視線が交わって、咄嗟に目を逸らす。

「どうしたの?」
「ん?なんでも」

私は微笑む。

「そういえばねバレー部の練習、見に行ったんだけどね!!月島君カッコよかったんだよ」
「へぇ…4組の子だよね」

また、月島君の話か…

「なまえちゃんは月島君知らない?」
「知ってはいるけど…」
「本当に!?全然、女の子と話さないらしくてね。彼女いるのかなー」


月島君のことを好いてる女子に出会うのはこれが初めてじゃない。
中学でも小学でも彼は人を惹きつけた。
整った顔と大人びた雰囲気。
女子が好みそうな存在だ。

そういう私の初恋も、彼だった。


「そういえば、この間告白した先輩フラれたらしいよ!!」
「え、そうなの?」
「うん。そういうのは興味ないって!!」


幼い頃から素直な優しさは持ち合わせてはいなかった。
けど、よく助けを求め助けてもらっていた。
冷たいことを口では言いながら顔を背けたまま右手を差し出してくれる。
その差し出される右手が好きだった。

「なまえちゃん?どうかした?」
「え?なにが?」
「なんかねー、悲しいって顔してる」


大丈夫?と首を傾げた子に平気と笑顔で答えて自分の両手に視線を落とす。

いつから、彼の差し出す手を掴めなくなったんだろう。
いつから、蛍と呼べなくなったんだろう。
そういえば、最近また月島君は私をなまえと呼ぶようになった。
名前を呼ばれるだけで胸が痛むのは…私がまだ彼を好きだからなのかもしれない。

「蛍」

小さく呟いた彼の名前は誰かに聞かれることもなくチャイムにかき消される。
「なんて…呼べる、わけ…ないじゃん…」

私は自嘲するように笑った。
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