07
体育館の前の入り口に立って小さく溜息をついた。
手の中にある黒いお弁当箱。

「なんでこのタイミングでお弁当忘れるんだろう…」

珍しくバイトのなかった土曜日。
家にいるのも億劫で外に出かけようとした私に預けられた月島君の忘れ物。

体育館の中からは大きな掛け声が聞こえる。
邪魔するのも悪いし、午前の練習が終わるまで待とうと入口の横にしゃがみ込む。

羽織ったカーディガンの裾から覗く赤い線を指でなぞる。
いつの間にか手首を埋め尽くすほどに増えてしまった傷痕。
始めたのは…いつだっけ…

どれだけ暑くても半袖を着れなくなった。
傷が恥ずかしいわけじゃない。
どうしたの?って言われるのが嫌なんだ。
真っ直ぐな優しさが怖い。

「…どうしたの?」
「え!?」

俯いていた私を見下ろす綺麗な女の人。
今考えていたことがバレた?
いや、そんなはずないか…

「バレー部に、何か用?」
「はい。少しだけ」

びっくりしてドキドキしてるのを隠して笑う。

「急ぎの用じゃないので、休憩まで待っていようと思って」
「ここじゃ熱中症になっちゃう。入って?」


入口を開いたその人に私は微笑む。

「いえ、邪魔しちゃ悪いので。バレー部の方ですか?」
「マネージャー」
「じゃあ、これ渡しておいてくれますか?」

お弁当をその人に差し出す。

「月島君に、忘れ物だと伝えてください」
「自分で渡さなくていいの?」
「はい。月島君のお母さんに頼まれただけなので」

お弁当を受け取ってくれたその人に頭を下げて、体育館に背中を向ける。
会わずに済んだ…

それにしても…どうしたの?ってあのタイミングで言われると思わなかった。
手首を摩りながら足早に校門に向かう。


「みょうじ!!」

聞き慣れた自分の名前。
足が止まる。

「ちょっと、みょうじ!!聞こえてるんデショ!?」
「…月島、君…」

掴まれた腕を咄嗟に振り払う。

「あ、ごめん…」
「平気だよ」

彼から目を逸らして一歩後ずさる。

「…お弁当、ありがと」
「いや…ついで、だから…」
「…僕が、怖い?」

月島君の言葉に顔を上げて首を横に振って笑った。

「そんなわけないじゃん」
「そう…」
「じゃあ私もう行くから」

背中を向けて歩いて行こうとすれば、名前を呼ばれた。

「…みょうじ」
「どうしたの?」
「僕じゃ…頼りない?」

じっと私を見つめる月島君に首を傾げる。

「なんで?」
「…みょうじは僕を頼らなくなった」
「そんなこと…ない、けど」

月島君は首を横に振る。

「中2の時から…僕らが疎遠になったときから…みょうじは僕に助けを求めなくなった。ねぇ、なんで?」
「助けを求める必要なんて、ないから」
「嘘デショ「月島!!さっさと戻って来い!!」チッ…」

舌打ちをした月島君はこちらを一瞥してから体育館に歩いて行く。


「じゃあね、みょうじ」

離れていく背中を見ながら小さく溜息をつく。

月島君を頼らなくなった…か。

「頼れるわけないじゃない…」
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