09
昼休み。お弁当を持って1人、屋上にいた。
いつものようにペントハウスに腰かけて膝の上に置いたお弁当を見つめる。
「美味しいんだけどな…」
卵焼きを口に運んで飲み込む。
「…やっぱり、まだ食べれないなぁ…」
お弁当を閉じて寝転ぶ。
早く居候をやめたい。
これ以上月島君といたらきっとバレてしまう。
最近名前を呼ばれるたびに、泣きそうになる。
「なまえ」
そう、こんな風に酷く優しい声で私を呼ぶんだ。
あの日から。
体育のときに視線が交わったあの日から…
「なまえ。ねぇ、無視?」
あぁ、どうして…彼はここにいるんだ。
出来るだけ会わないように逃げてきたはずなのに…
体を起こしてペントハウスの下にいる月島君に視線を向ける。
「なんだ、ちゃんと聞こえてるじゃん」
「どうかした?」
いつものように笑えば月島君が溜息をつく。
「ねぇ、なまえ。もう強がらなくてもいい」
「は?」
「もう誰にもなまえを苦しめさせないから」
真っ直ぐとこちらを見据える月島君。
また、視線が逸らせない。
「全部、僕のせいなんでしょ。ご飯が食べれなくなったのもリストカットも、自分を隠してずっと笑ってるのも…全部…僕と幼馴染だからなんでしょ」
「な、何言ってんの…?」
「全部聞いた。僕と幼馴染だから…いじめられたんでしょ?中2の頃から」
月島君の言葉で蘇る過去の記憶。
毎日のように先輩に呼び出されて、罵倒や暴力を浴びせられクラスメイトからもいじめられ続けたあの頃。
「もう、そんなことさせないから。なまえのことは僕が守るから。だから…助けてって僕に手を伸ばしてよ」
「私に…指図、しないでよ…」
「なまえ?」
なんで?
なんで、なんでなんで…
私は好きで幼馴染になったんじゃない。
―言うこと聞きなさい
―黙ってないでなにか言いなさいよ!!
―泣いてどうにかなると思ってんの!?黙って消えなさいよ
また聞こえてくるあの頃の罵倒。
「なんで言うこと聞かないといけないのよ…。反論すれば黙れって言われて、黙ってればなんか言えって言われて…?泣いたら殴られて…泣くなって言って」
私が何したって言うのよ…
「なまえ」
「なんで今更そんな顔して私を見るの?泣きそうな顔して、同情するような顔して…私を見ないでよ。私が可哀想?」
「違う。可哀想とか、そういうんじゃなくて。ただ僕はなまえのことをこれ以上苦しめたくないだけ」
苦しめたくないって何?
ヒーロー気取りなわけ?
そんなの、似合わないよ。
「今更…すぎるんだよ。私を苦しめたくない?何それ…だって、どうやったって幼馴染であることには変わりないじゃない。放っておいてよ。そうすれば、何も言われないんだから。仲良くしてなければ誰も文句言わない。月島君とみょうじでいいじゃん。蛍となまえじゃなければそれで…」
そうだよ、それでいい。
仲が良くなければ誰も文句は言わないんだ。
「そうすれば…あとはへらへら笑ってれば全部全部全部上手くいくんだ。誰も私を苦しめない、誰も私に指図しない。誰も私を…傷つけない」
「…嘘吐き。今も、苦しいんでしょ。誰もなまえを傷つけない?自分で傷つけてるじゃん。…悪いけど、僕はみょうじと月島君なんて関係嫌だけど」
今も、苦しい?
私が、私を傷つけてる?
無数の傷がある腕を握りしめる。
「ねぇ、なまえ。僕たちは幼馴染だけど…それ以外の関係にもなれるんだよ」
「なに、それ…?」
「堂々と隣に並んで、なまえを守れる。そんな関係になれる」
月島君が顔を背けて、こちらに手を差し伸べる。
「恋人くらい…僕にも守れるよ。ねぇ、なまえ…」
少しだけ恥ずかしそうに視線をこちらに向けた月島君に言葉を失う。
「僕の手を掴んでよ」
「け、い…」
「もう、傷つけさせない。僕がなまえの傍にいる。なまえを守るから…」
ほら、早くしてと言う蛍に目の前が歪んでくる。
「蛍、蛍…けい」
「なまえ」
ペントハウスから飛び降りて蛍に抱き着く。
「ちょ、なまえ!?痛いんだけど」
「蛍」
「……ごめんね、気づいてあげられなくて」
背中に回った腕が私の体を抱きしめる。
「僕が…なまえを守るから」
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