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「へぇ、くっついたのか」
「まぁね」
「よかった。安心したよ」

編集長である彼はそう言って笑う。
水を飲みながら、私は首を傾げる。

「そっちは?どうなの?前に進めるって言ってたけど。好きな子できたってことだよね?」
「まぁ…なんつーか…」
「どんな子?可愛いの?」

いや、と目を逸らした彼に尚更首を傾げた。

「なんつーかさ、あれだ」
「何?男です、とか言うの?」
「……お前、本当に鋭すぎんだよ」

コーヒーを持った手で顔を隠した彼に私はつい笑ってしまって。

「いいんじゃない?」
「気持ち悪くねぇの?」
「別に。人それぞれでしょ?そういうの」

私は幸せになれたからさ。
どんな形でも、幸せになって欲しい。

私の言葉に彼は恥ずかしそうに笑った。

「おう」
「それで、どんな人?」
「そういうのは今度な。今はお前の話聞きたいし」

話すことないけど、と言えば呆れ顔。

「マジかよ」
「元々一緒に住んでたわけだし。まぁ、名前呼びになったくらいかな」
「キスは?」

してないね、と言えばそれでも大人かと彼は言う。

「いいんだよ、私らなりにやれば」
「ま、そうか。幸せになってくれりゃ、文句はねェし」

亮介が幸せにしてくれるって言ってた。
だからそれを信じてるよ。

私がそう言えば、彼は安心したように笑った。

「編集長、みょうじさん!!電話入ってます!!」
「了解」
「ま、あれだね。こういう話はお互いに幸せになってからにしよっか」

なるかわかんねぇぞと彼は言うけど、その表情はどこか緩んでいて。
その誰かに愛おしさを溢れさせていた。

「亮介にも言ったんだよね、昔」
「ん?何を?」
「自分の手にしてるモノが案外、その人にとってのベストなんだって」

なんだよそれ、と彼は首を傾げる。

「要はさ、幸せの形は人それぞれってこと。私の手にした幸せと貴方が手にしようとしてる幸せは違うけど。きっと、交換したら幸せになんてなれない」
「…また、確かにそうかもな」
「今、掴みかけてる幸せはきっと…一番の幸せなんじゃない?」

私は、そんな気がする。
そう彼に告げて仕事に戻っていけば、君は後ろで笑っていた。

「サンキュ、なまえ」
「こちらこそ、ありがとう。色々、助かったよ」





周りよりも小さな体格。
野球の名門に入って何度目かの挫折を味わった。

「何で、大きな体じゃなったんだ」

もし、大きかったら自分はもっと活躍できたかもしれない。
大きい奴には負けないとどれだけ意気込んでも、感じてしまうどうにもできない差。

「いいじゃん、別に」
「は?」

聞こえた声は知らないものだった。
振り返れば、自分と同じくらいの少女。

「自分の手にしてるモノが案外、その人にとってのベストなんだよ」
「どういう意味だよ、それ」
「他人のものを手に入れたとしても、君がそれを100%使いこなせるかなんてわからない。けど、今君が手にしてるモノは100%使いこなせるんじゃない?ずっと、君が使ってきたものでしょ?」

ないモノを嘆く暇があるなら、あるものに感謝しなよ。
彼女ははっきりとした口調でそう言った。

「…あるもの…」
「小柄な体格ってことは人より身軽ってことなんじゃないの?」
「それはそうだけど…」

それが欲しくても手に入らない人がいるって君は気付いてる?

真っ直ぐな視線が俺の心臓を射抜いた気がした。

「自分では頼りなく見えるかもしれないけどさ。案外君にとって最高の武器になるかもしれない」
「最高の武器…」
「諦めるのはまだ、早いんじゃない?それに、」

その武器は100%がMaxだなんて誰が言ったの?

彼女はクスクスと笑う。

「君が、本当にやろうと思えば200%も300%も…使えちゃったりするかもよ」

じゃあね、と彼女は背中を向けた。
あの頃は彼女の言葉の意味はよくわからなかった。
けどどうしようもなく、彼女の言葉に救われた気がした。

それからずっと、彼女に心惹かれていた。


「おかえり、なまえ」
「ただいま」

そんな君が今、触れられるところにいる。
それが、すごく嬉しかった。

「あのさ」
「ん?」
「プロ、挑戦してみようと思うんだけど」

彼女は目を丸くした。
どうしたの突然と、言った彼女に俺は笑う。

「まだ、俺の武器って戦えるんじゃないかなって」
「え…」
「お前が傍にいてくれるなら、出来そうな気がするんだよね」

憶えてたんだ、と笑った君に忘れるはずないよと伝える。
あれが、あの言葉が俺がなまえに惚れた理由なのだから。

「初めて言われた時、意味わかんなかったけど」
「そう?」
「けど、レギュラーになって初めて分かった気がする」

君の教えてくれた、俺の戦い方。
俺の持つもので十分戦えると、君が教えてくれた。
君の言葉があったから、あの高校で戦ってこれた。
大学でも今の社会人野球でも戦える。
だったら、次は…あの場所しかないと思う。

「どう?ずっと…スカウトしてくれてるチームがあるんだけど」
「いいんじゃない?応援するよ、私は」
「…軽いなぁ」

いつもの事じゃない、と彼女は笑う。

「なまえらしくて、俺は好きだけど」
「…私は野球のことはわからないけど。努力してる姿は、嫌いじゃなかったよ」
「そこは好きだって言えよ」

あの頃は好きだったわけじゃないと君は答えて、背中をポンと押した。

「試合には呼んでよ」
「お前、来れんの?」
「…頑張る」

じゃあ、俺も頑張るよ。
そう君に伝えて、ご飯にしようかとキッチンに入る。

「ねぇ、亮介」
「なに?」
「今度こそ、頂上行きなよ」

そのつもりだよ、と答えて満足気な彼女を見つめる。

そうだな、もし。
1番に慣れたら…
プロポーズでもしてみようか。
そんな目標があればきっと、俺はもっと頑張れるから。

「なまえ、待ってて」
「うん、待ってる」

君は目を細めて笑った。
End

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