Happy Valentine


深夜。
なんだか寝付けなくて外の空気を吸おうなんて思って部屋を出てグラウンドに向かう途中ふと気づく。

「あれ?」

それにつられるように少し駆け足でそこに近づく。

「…電気ついてる」

食堂の調理場の辺りの電気がついていて。
こんな時間に誰が?と首を傾げる。

不思議に思いながらも食堂に入れば甘い香りに包まれる。

「なに、チョコ?」

首を傾げつつ調理場を覗けばそこには思いもよらない姿があった。

「……みょうじ?」
「え?あぁ…成宮さん?」

彼は視線をこちらに向けて首を傾げた。

「こんばんは」
「あ、うん…何してんの?」
「あぁ…チョコ作ってますけど」

手元を見れば綺麗なチョコが並んでいた。

「え、なんで?」

みょうじは不思議そうに首を傾げた。

「明日、バレンタインじゃないですか」
「は?」
「昔もよく作ってたんですよ」

出来上がったチョコの1つをつまんでこちらに向ける。

「食べます?」
「……変なもん入ってんじゃ…」
「入ってないですよ」

みょうじは俺の口にチョコを押し込んだ。

「ん!?」

みょうじは視線を手元に戻して。
口の中に広がる甘すぎないチョコの味に少しためらいながらも口を開く。

「…美味い」
「そうですか?それはよかった」
「……それ、誰にあげんの」

みょうじは部活のレギュラーの人達にと言った。

「…お前、そんなことするんだ」
「まぁ、世話になってますし…部員全員分は流石に作れませんけど…」

みょうじは出来上がったチョコにラップをかけて冷蔵庫に入れる。

「あ、もしかして俺今貰ったから明日貰えないの!?」
「いえ、普通にあげますけど。まだ作ってる途中だし」
「え、まだ作るの?」

みょうじはまた新しい材料を取り出す。

「次は何作んの?」
「クッキー」
「俺もやりたい」

みょうじは目を丸くして俺を見た。
まぁすぐに逸らされたけど。

「なんだよ」
「寝なくて大丈夫ですか?明日も練習ですよ」
「バレンタインのせいで朝練ないからいい。それに眠くねぇの、俺」

まぁいいですけど、とみょうじは小さくだけど笑った。
材料の準備をしていたみょうじがあ、声を漏らした。

「何?」

みょうじはおもむろに着ていたパーカーを脱いで、こちらに向ける。

「…は?」
「なんでこんなに寒いのにそんな薄着なんですか。風邪ひかれても困るので、着ててください」
「……俺平気だけど。てか、脱いだらお前も寒いじゃん」

俺着込んでるので平気ですと、言って。
俺との距離を埋めたみょうじが俺の肩にパーカーをかける。
少し迷ったけど突き返すのもなんか嫌だなって思って、そのパーカーを着ればみょうじの匂いがチョコの甘い香りと混ざって鼻孔をくすぐった。

「…デカいんだけど」

余った袖を見せればそんなこと言われても困りますと言った。

「まぁ温かいからいいや。早くやろ」
「はい」





「…こいつらなんでここで寝てんだ?」
「鳴さんとなまえ?」

食堂の大きめなソファに座って眠っている2人に俺達は顔を見合わせる。

「……なんだかんだ言って、仲良し」
「それ、鳴に言ったら怒られんぞ白河」

なまえの肩に頭を預けて眠る鳴さんはどこか穏やかに見えて。
白河さんは呆れたように2人を起こす。

「あ、れ…」

なまえがこちらに視線を向けて、自分の隣に視線を向ける。

「何してんだ、こんなとこで」
「あー…すいません。昨日の夜調理場借りて…」

なまえは鳴さんの肩を揺らす。

「ん…みょうじ…?…は!!?なんでみょうじがいんの!!?」
「昨日作ってる最中に成宮さんが寝て。作り終わってから部屋まで運ぼうとしたら俺を巻き込んで寝たんでしょう」
「あっ………」

鳴さんは思い出したのか視線を逸らして。
なまえは気にした様子もなく立ち上がって調理場に入っていく。

「これ、どうぞ」
「え、チョコ!!?」
「クッキーもあんじゃねぇか!!」

大きめな皿に山のように乗せられたお菓子。

「なまえの手作り?」
「まぁ、一応。成宮さんも手伝ってくれたけど」

どうぞ食べてくださいってなまえは言って、食堂から出ていこうとする。

「どこ行くの?」
「顔洗って着替えてくる。好きに食べてていいから」

欠伸をしながら出ていくなまえの後を鳴さんが追いかけていく。
サイズの合ってないパーカーを着ていて俺は首を傾げる。

あのパーカー…
なまえが着てたやつ…?

「みょうじ」
「なんですか?」
「肩にもたれ掛ってたっぽいけど。肩、平気…?」

2人が肩を並べて歩いていて俺達は顔を見合わせる。

「なんか、仲良くなってね?」
「そうですね」

皿の上にチョコに手を伸ばして。

「あ、美味しい…」
「俺も食う」
「…俺も」

甘すぎないそれに俺達は意外だなと笑って。

「みょうじってなんでもできるんだな」
「…それな」

皿の上のお菓子はどんどん消えていって。

「あれ、俺の分は!!?」

戻ってきた鳴さんが空になった皿を見て声をあげた。

「もうないけど」
「はぁ!!?ひどくないっ!?…みょうじ、全部なくなってた!!」
「え?あぁ……」

頬を膨らませる鳴さんになまえは視線を逸らして。

「……女の子から沢山もらうでしょ?」
「それじゃ嫌なの!!」
「はぁ…わかりましたよ。あとで作るんでそれまで我慢してください」

なまえがそういえば鳴さんは嬉しそうに笑って頷いた。

「鳴、そのパーカー…」

白河さんが鳴さんのパーカーを指さしてそういえばあっと声を上げた鳴さん。

「ごめん、借りたままだった」
「別にいいですよ。俺が勝手に押し付けたわけだし」
「お前風邪ひいてない?」

平気ですとなまえが言えば、お前のそれは信じられないと鳴さんは言ってた。

「仕方ないから、風邪ひいたら俺が直々に看病してやる」
「エース様にうつせないから、遠慮します」

パーカーを受け取ったなまえは俺は大丈夫ですからともう1度言った。





沢山のチョコを貰った成宮さんは満足気に笑っていた。
いくつもの紙袋の中から溢れんばかりのお菓子。
やっぱり俺のはいらないだろって思いながらせっかく作ったしと思い彼の名前を呼ぶ。

「成宮さん」
「なに?」

こちらを振り返った成宮さんが首を傾げる。
ラッピングをした袋を放り投げれば成宮さんは咄嗟にそれをキャッチする。
その袋を見て成宮さんは笑う。

「ありがとっ!!」
「どういたしまして」
「てか、なんでラッピングしてあるの?」

クラスの女子が無理やり押し付けてと言えばお前には似合わないねって言われた。

「…今度マカロン作って」
「何言ってんですか」
「よろしくねー」

お菓子の袋を持って自室に戻っていく彼を見送って俺は首を傾げる。

「マカロンって作れんの?」
「あれ、みょうじ?」

成宮さんと入れ違いで廊下を歩いてきたのは白河さんで。

「…お前だったのか」
「何がですか?」
「鳴が顔真っ赤にしてたから何かと思えば」

クスクスと白河さんが笑うのを見て俺はやっぱり首を傾げた。



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