一時帰国


※背中合わせの君と俺 で 主人公が一時帰国した時のお話です。



「あー、疲れた」

飛行機から降りて、凝り固まった体をぐっと伸ばす。
聞こえてくる会話が英語ばかりで、帰ってきたのだなとどこか安心する。

「とりあえず…バスで帰れるか。この時間なら」

少ない荷物を肩にかけて、ロビーを抜けようとすれば なまえ、と俺を呼ぶ声。
視線を声のした方へ向ければ片手をひらりと揺らした青年がキャップを外す。

「Noah?」
「おかえり、なまえ」

少しだけ頬を緩めた彼がこちらに歩み寄り俺を抱きしめた。

「なまえの帰りを、どれだけ待ってたか」
「大袈裟。わざわざ迎えに来てくれたの?」
「早く会いたかったしな。他の奴らはハウスで待ってる」

荷物持つか?という彼の言葉に 大丈夫だよと笑って歩き出す。

「よく1人だけで来れたな」
「じゃんけんで勝った」
「なるほど」

車来てるから、と彼は立体駐車場の方を指差す。
誰が運転してるの?と尋ねれば 監督だよと彼は笑った。

「監督直々のお迎え」
「申し訳なさしかないな」
「そーか?当然の待遇だろ」

車の中で待っていた監督も俺を見つけると頬を緩める。

「おかえり。飛行機で、疲れてないか?」
「少しだけ。けど、大丈夫です。わざわざありがとうございます」
「早く顔を見たかっただけだよ。さ、乗って?みんなが待ってる」

ノアが後部座席のドアを開いて ニヤリと笑う。

「さ、どうぞ?我がエース様」
「…バカにしてるだろ」
「こういうのも久々だろ?」





「ただいま」

外に車が止まる音を聞きつけて、全員が玄関に集まって。
扉を開けて入ってきた彼に おかえりと 声をかける。
DougとGillが飛びつくのを両腕で受け止めて 彼は笑った。
ただいま、ともう一度言った彼の笑顔に 俺は舌打ちを零す。

「Leo。我慢」

隣に立っていたKevinがゆるゆると首を振った。

「気づいてんのは、お前だけじゃない」
「…だろうな」
「わかってたことだよね?なまえはそういう奴でしょ。今は 帰ってきたなまえを迎え入れよう?この日を待っていたことに 代わりはないんだから」

みんなに囲まれて笑う彼を見ながら 馬鹿な男だな と思った。
笑っててもわかる、瞳に映る彼の迷い。
今に始まったことではない。
自己犠牲の元に 彼は生きる。
見てる俺からすりゃ、生きることこそ 罰なのだろうと思わざるを得ない。

「留守中、チームのことありがとう。Leo、Kevin」
「おかえり、なまえ」
「おかえり。とりあえず、歯ァ食いしばれ、なまえ」

俺の言葉になまえは目を丸くしたが すぐ理解したのか口を閉じて目を伏せた。
状況のわかっていない他のメンバー達を他所に、容赦なく殴った彼の頬。
痛みに顔を歪めたが 彼は倒れることはなく 数歩後ろに後ずさった。

「……ごめん、」

頬を抑えながら呟いた彼に わかればいいよと 返す。

「怪我の具合は、」
「Leoに言われるまで、存在を忘れていたくらい」
「そりゃよかったよ。けど、俺の手の届かねぇとこで 怪我すんな」

悪かったと彼は笑う。
そのせいで痛みが走ったのか、彼はまたすぐ顔を歪めた。

「なまえ、」
「え?あぁ、ありがとうDave」

いつの間にか持ってきたのかわからないが氷嚢を差し出したDaveがこちらに視線を向ける。

「ダメ。暴力」
「…悪かったよ、怒るな Dave」

彼がわざわざ抗議するのは珍しい。
両手を上げてひらひらと振れば それ以上は何もなかった。

「Leoのせいで雰囲気ぶち壊しだけど。パーティーするよ!おかえり会!」
「Larryはただ騒ぎたいだけだろ」
「はぁ?文句あんなら来なくていいよ。Leoは」

こらこら仲良くしなさい、となまえがLarryの頭を撫でる。

「パーティーするのはいいけど、料理は誰が作るの?デリバリー?」
「「「なまえ」」」
「おかえり会って言ったじゃん。まぁ、いいけど」

荷物は運んでおくよ、とLarryがなまえの荷物を受け取り 彼はキッチンへ向かう。
俺たちも手伝うよ、と後を追ったJoeとHughesに ありがとうと彼は笑う。

「…過保護だね、相変わらず」

周りに聞こえないように言ったRexの言葉にお前ならわかるだろと言い返す。

「誰かが繋ぎ止めてやんなきゃ、誰かが守ってやんなきゃいけない」
「その誰かがLeoなんだろうね」
「…どうだろうな、」

Leo?と首を傾げこちらを見たRexの視線から逃れるよう踵を返す。

「…どこ行くのさ」
「部屋。飯できたら呼んで」

わかっていた。
急に帰ってくると聞いた時、俺たちはもうわかっていた。
なまえは今まで Joker'sと何かを天秤にかけたことなんかなかった。
なまえにとって、Joker'sが全てだった。
けど、今はそうじゃ無くなったんだろう。
きっとそれは、彼には今までなかった良い変化だ。
その変化はきっと、彼にとって大切なもの。
彼を繋ぎ止めるその役割も、今は俺じゃなくてもいいんだ。





パーティーを終えて、部屋に戻れば先に部屋に戻っていたLeoが何かを書いていた手を止めた。

「何書いてんの?」
「手紙」
「珍しいな」

書いてた髪を裏返して、彼はこちらを向いた。

「なまえ」
「なに?」
「先に言わせてもらう。俺たちは お前が決めたことなら なんだって受け入れる」

嫌だな。
Leoには全て筒抜けだから。

「薄々気付いてた。お前と電話してて、段々お前 成宮の話しかしなくなっていったから」
「…そうだっけ」
「俺たちが再三帰ってこいって言っていたとはいえ。お前がさ、一時帰宅なんて曖昧な選択すんのも おかしな話だろ」

お前が迷うなんてこと、今までならあり得なかった。
Leoはそう言って 少しだけ困ったように笑った。

「誰もお前を責めちゃいねぇよ。チームを抜けるって選択肢以外なら、お前が決めたことを俺たちは尊重する」
「…向こうで野球を続けたら…それって ここを抜けるのと同じだろ」
「ま、そんなこと考えてんだろうとは思ってたけどな」

たまには我儘言えよ、と彼は笑った。

「お前はどうしたい?全部言え。俺らなら 全部受け入れてやっからさ」
「…お前らと野球をしたい。けど、成宮さんと…稲実の皆と、まだ野球をしていたい。知りたいんだ、成宮鳴が どうしてエースなのか。あの人に信頼されたい、必要とされたい。それで、あの人と…あの人達と、進んでみたい」
「Okay。俺が全部叶えてやるよ。…なまえが 我儘言うのってさ このチームを作った時以来だって 覚えてるか?」

あの時に比べりゃお安い御用だぜ、と彼は言う。
チームを作った時は確かに、我儘放題だったけど。
それ以外にも色々言っていたと思うんだけど。
てか、お安い御用ってどうする気なんだろう。

「高校3年間、日本で好きにしろ。その代わり、メジャーへは行くな」
「は?」
「あと4年、猶予を伸ばそう。俺らの、このチームのさ」

4年。
それって、大学に行くってこと?
メジャーからのスカウトを蹴って、わざわざ?

俺の考えてることが手に取るようにわかるんだろう。
彼は 俺が聞く前に先に先に話を進めていく。

「お前が一時帰国するって連絡が来てから皆で話し合った。お前と野球をやりたい。Joker'sでいてほしい。けど、お前にはお前のやりたいことをやってほしい。それが皆の総意。だから、どっちも叶えちまおうって、話になった」
「無茶苦茶だろ」
「元々大学進学を希望してる奴らも多かったし、Joker'sを辞めたら野球を辞める奴らがいることも知ってるだろ?」

確かに、そういうメンバーはいる。
Joker'sだから 野球をしてくれてる奴もいるし。
自分たちのように苦しんだ人を救いたいと 指導者を目指す奴もいる。
勿論、だからこそメジャーに行って 野球をし続けたいって奴もいる。

「今、戻れって言ってもお前は戻ってはこない。迷いのあるお前なんかいても 俺らが困る。だからさ、全部やり切れ。後悔なく、最後まで突っ走れ。待っててやるから」
「…俺の我儘で、お前達の人生を狂わせろっていうのか?早くからメジャーに行った方が絶対いいはずだろ」
「お前がいなきゃ、Joker'sがなきゃ とっくの昔に終わってた野球人生だ。お前の為に狂わされるってんなら、喜んで受け入れるさ」

Leoは俺に背を向けて、俺と彼とKevinで撮った写真を手に取る。
Joker'sが出来るよりも前の写真だ。
まだ誰も信頼出来ていなかった、あの時のもの。
何故彼はそれをまだ大切に持っているのか、聞いても教えてくれないから俺は知らない。

「お前がいなきゃ、始まらなかったんだよ。俺たちは。お前がいたから、集まったメンバーなんだ」
「…そうかもしれないけど」
「ここはさ、俺たちにとっても大切な場所なんだ。だから、守らせてくれよ。お前が離れる3年間、俺たちがチームを守るから。帰ってこい、ここに。全てをやりきって、未練もなく ここで また野球をやろう」

彼はこちらを振り返って、な?と緩く首を傾げて微笑んだ。

「そんなの、許されるわけないだろ」
「世間が許さなくたって、俺たちが許す。それでいいだろ?行ってこいよ、なまえ。お前はもっと、笑っていいんだよ」





なまえは知らない。
気づいていないだろうから。
成宮鳴の話をするお前は、楽しそうだった。
そいつらと野球をするのが 楽しいんだろうって声で伝わってきた。

俺たちはなまえのおかげで、楽しい野球が出来てる。
誰も傷つけなくていい、誰も傷つかなくていい そんな野球を出来るなんて思っちゃいなかった。
だから、感謝してる。
俺も他の皆も。
けどさ、お前だけは楽しそうに笑うけど、ふとした時のその目はあの頃と変わらない。
写真の中でそっぽ向いてる彼と、変わらないんだ。
俺たちと野球をすることを、きっと楽しいと思ってくれてはいると思う。
けど、責任とか罪悪感とか お前を苦しめるものから 救い出してやることはできちゃいない。
だから、そういうもん忘れて 楽しんでくれてるお前の声を聞くのが俺は嬉しかった。
悔しさだってあるさ、ぽっと出の奴らになまえを変えられちまうなんて。
けど、やっぱさ 救われた俺たちだから お前にも救われてほしいと思ってるんだよ。

「なまえ、」
「…なんだよ」
「成宮鳴のそばにいたいんだろ?お前のエースの、そばに…いたいんだろ?」

彼は泣きそうな顔して、こくりと頷いた。

「ごめん、Leo…」
「バーカ、謝んなよ。俺らにはあと4年もあんだから。2年くらい貸してやんよ 俺らのエースをさ」

俯いた彼の頭を少し力を入れて撫でてやる。
痛いって声を聞きながら 笑った。

「置いてかれんなよ、俺らに」
「…あぁ、」

Leo、と彼が俺を呼んで 撫でてた手を止める。
顔を上げた彼は 泣きそうな顔して笑って 俺に抱きついた。

「…なんだよ、」
「大好きだよ、皆の事。本当に」
「ハッそんなん、知ってるっつーの」

肩に濡れた感触。
相変わらずコイツは、こうやらなきゃ泣けやしないのか。
肩に顔を埋める彼の頭を今度は優しく撫でてやる。

「泣くなよ。」
「ごめん、ごめんなさい」
「……謝んな、馬鹿野郎」

俺らを裏切るとか そんな風に思ってんだろう。
別に、俺らは裏切られたなんて思っちゃいねぇのに。
だって お前がどれだけ成宮鳴を 稲実を大切に思っていたって、お前が俺たちを大切に思ってくれてる その感情を超えるもんじゃない。
100%の自信があるんだ。
みょうじなまえは ここへ戻ってくる。
だから、なんの躊躇いもなく送り出せる。
裏切りじゃない、ちょっとした 休暇みたいなもんだ。

「Joker'sが、お前の帰る場所だ。背番号1番 空けといてやるから」
「…あぁ、」
「帰ってこい、必ず」

俺以外の前で、彼は涙を流さない。
俺たちは、決して仲が良いわけではない。
友達にはこれから先もなれはしない。
だが、彼にとっても 俺にとっても お互いは唯一無二の存在だ。
だから、お前の為なら なんだって出来る。
もしお前が、成宮鳴に苦しめられるようなことがあったら、全て投げ捨てて 駆け付けてやるだろう。
この手紙も、お前が笑って過ごせるようにする為に 成宮鳴に宛てて書いている。

「なまえ」
「なんだよ」
「泣きたくなったら、いつでも呼べよ。お前、俺がいなきゃ泣くことすら できねぇんだから」

肩口で彼が笑うのがわかった。
涙はもう、止まったんだろう。

「泣かねぇよ、バーカ」
「今泣いてた奴がよく言うよ」
「うるせぇよ。…皆のとこ、行こう。どうせ、下で待ってんだろ?」

彼は俺に背を向けて歩き出す。

「なまえ、」
「ん?」
「お前は誰だ?」

振り返った彼は笑った。

「俺はJoker」



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