バレンタインはスタートライン


※IF storyかつ、恋愛要素が含まれます。
苦手な方はご注意ください。


―――……


今思えば、一目惚れだった。
画面越しに見た彼の投球に、理由の分からぬ笑顔に。
半ば強引に連絡先を交換して、半ば無理矢理毎日連絡をして、電話をする仲になって。
2人で出掛けられるようになるまで、彼の友達と言って貰えるようになるまで随分と時間をかけた。
俺のゴリ押しをなんだかんだ受け入れてくれた彼の優しさがなければきっと、今のような関係にはなれていなかっただろう。
そんな彼が、メジャー挑戦1年目 同じチームになるなんて奇跡 誰が予想していたか。

「なまえ、そんなに見られたら穴空いちゃうよ?」
「Kevin…」

後ろからそう、声を掛けてきた彼は元々なまえのチームメイトだったらしい。
Joker'sというアメリカで知らぬ人が居ないほど有名な伝説のチームの。

「別に」
「なまえ、なんかした?」
「なんもされてねぇよ」

穏やかに微笑み彼は隣に腰掛ける。

「また鳴と電話してるんだね」
「……お前わかって言ってんだろ」
「え?なんのこと」

白々しい。
穏やかに笑うこの男が天使の皮を被った悪魔だということは、同じチームにいりゃわかる。
まぁ、そんなことは今はどうでもよくて。
彼の言う通りなのだ。

成宮鳴。
なまえと同じ高校で、認めたくないが俺が負けた投手の1人。
そして、なまえの特別だ。

「………なんで、なまえってあんな成宮至上なわけ?」
「なまえの神様だからねぇ…」
「神様ね」

同じチームになって知った。
毎日毎日、練習終わりに連絡を取り合って お互いの誕生日には引くほど豪華なプレゼントを贈り合い、オフにはお互いの家を行き来する。
まるで恋人同士のようなそれをしているなんて。
同じチームだったことを差し引いたって、納得いかねぇし理解できない。

「もっと自分を見て欲しい?」
「端的に言えばそうかもな」
「素直でいいね」

同じチームにいて、まぁKevinと同じくらい仲良いのは俺だと自負してる。
だが、ひとたび成宮が現れてしまえば全てを後回し。
眼中に無い、とはまさにこれのこと。

「うちのチームに来た時から薄々気づいてはいたけど。それ、やっぱ恋心?」
「そんな可愛くねぇよ」

恋心というには、ドロドロしてる。
どちらかと言えば執着にも近いような、どうしようもない感情。
同じチームになるまで気づきもしなかった。
なのに、人は欲張りなのだ。
近づけば近づくほど、満足出来なくなる。
成宮に見せるあの笑顔を、あの特別を俺のものにしたくなる。
あれ以上の何かが欲しくなる。

「…何もしないの?」
「して何になる。流石に俺でもわかるって。成宮を越えられない」
「まぁね…確かに、神様には勝てないけど」

Kevinは電話をするなまえを見て、薄ら笑みを浮かべる。

「神様と恋愛出来ると思う?」
「え?」
「恋愛って対等じゃなきゃできない。鳴は確かに特別だし、越えられないけど。鳴は鳴で越えられないものがある」

鳴はどれだけ望んでもなまえの対等にはなれないんだよ、と笑みを浮かべたまま彼は言った。
試合の時は頼もしい笑顔が今はどうしようもなく怖いと思った。

「なに、応援してくれてんの。それ」
「どちらかと言えば、うん。俺は…ていうか、元Joker's俺たちはさなまえに幸せになって欲しいんだよ。だから なまえを幸せにできる人といて欲しい。…俺は太陽ならいいかなって思ってるんだよね」
「…重い応援だな、おい」

そうでしょ、と彼は悪戯した子供みたいに笑った。

「けど、嘘じゃないよ。学生の頃から、太陽の話聞いてたんだよ。なまえが日本に行って初めて、対等な存在になったとは間違いなく太陽だよ。鳴でも、稲実のチームメイトでもなく。間違いなく、太陽だった。だから、俺は1番可能性があると思ってる」
「そう言ってくれんのはありがてぇけど、アイツ俺の事そんな風に見てねぇだろ」

未だに成宮と電話をする彼の目に、俺は映らない。
いつもそうだ。
今までも、これからも。
俺が行かなきゃ、俺から動かなきゃあいつの目には映らない。

「そんなん当たり前でしょ。なまえの頭の中には恋愛のれの字もないんだから。だから、これから動かなきゃって話じゃん」
「動くってどうやって?」
「とりあえず、恋愛を意識させるとこから」





贈ったバレンタインのお菓子は無事に鳴さんの手元に届いたらしい。
今年はどうしても会えそうになく既製品になってしまったが。
それでも喜んでくれているようで安心した。
次に会える時は何か作っていこう、なんて。
チームメイトに配った方のお菓子は今年も喜んでもらえたし。
太陽はビックリしてたけど、毎年のことだと教えてやれば困った顔して受け取っていた。

毎日の日課となっている鳴さんとの電話を終えて、そんなことを考えながらロッカールームのドアを開く。

「あれ、太陽?まだ帰らないの」

普段は鳴さんの電話を終える頃には俺1人になっているのに。
珍しくロッカールームに姿があると思えば、俯く太陽の姿があった。
こちらを振り返った彼は「成宮との電話は終わりか」と首を傾げる。

「うん、終わったよ」
「そうか」
「……どうした?なんかあった?」

いつもと雰囲気が違う、気がする。
携帯をポケットに押し込んで彼の隣に座り、顔を覗き込む。

「……俺になんかあったらどうすんの?」
「心配するよ。力を貸せることがあるなら、いくらでも協力するし」
「ふぅん?」

じゃあ、と彼は顔をこちらに向けた。

「じゃあさ…マジな話していい?」
「いい、けど…」
「一目惚れだった」

太陽の手が、頬に触れた。
なんだ、この雰囲気。

「人生で初めてだよ。あの日のこと、今でも強烈に覚えてる」
「た、太陽…?」
「我ながらゴリ押したと思う。その目に映りたくて、必死だった。あの頃も、今も。」

何の話かわかる?と彼は首を傾げる。

「いや、」
「俺とお前の話」
「え、いやちょっと、待って」

太陽ってこんな表情するっけ。
瞳が感情を、切なげなのにどこか必死に俺に 何かを訴える。

「ねぇ、あとどれだけ頑張ればお前の目に映る?お前の特別になれる?」
「っ、太陽は特別だよ」
「違うね。俺の特別とお前の特別は違う」

そんな事ない、と言いたかった。
けど本当に?
昔からそうだった。
俺は悪意には敏感だけど、それ以外にはてんでダメだって。

「太陽、」
「お前が好きだ、なまえ。お前だけだ、好きだ」
「っ、」

言葉が出てこなかった。
いつもなら笑みを浮かべてありがとう、けとごめんなさいと言えるのに。

「いいよ、今はなんも言わなくて。けど、知ってて欲しかった」
「、うん」
「嘘じゃない。高校1年の時から、初めてお前を見つけた時から俺の感情は変わらない」

これからもきっと、と太陽は笑った。

「そーだ、これ」
「え、」

差し出された小さな箱。
咄嗟に受け取ってしまったそれは黒いラッピングに赤いリボンがされている。

「バレンタインだし」
「俺何も、」
「朝貰った」

それはチームメイトの為に作ったやつで、太陽の為に作ったものじゃない。
これは多分太陽が、俺の為に選んだものだ。

「っちゃんと!お返しするから。ホワイトデー」
「マジ?じゃあ、期待しとく」

太陽はいつも通り笑って立ち上がり、また明日と背を向けた。

また明日どんな顔をして、会えばいい?
こんなの初めてだ。
俺の為に選ばれたこれと、みんなの為に渡したそれはあまりにも意味も重さも違いすぎる。
なるほど、これが太陽の言う違うってことなんだろう。

「……まじか、」





「お疲れ様、太陽」
「Kevinーー!!!無理だ!!俺、明日からなまえに合わせる顔がない!!」
「あはは、何言ってんの。これからが本番でしょ」

真っ赤な顔で出てきた太陽の背中を叩いて、ご飯でも行く?と首を傾げる。

「死ぬほど飲んで忘れたい」
「明日も練習だからダメ。軽く1杯くらいにしときな」
「……引いてねぇかな、なまえ。男に…しかも、友達の、チームメイトの俺にあんなこと言われて」

その心配は必要ないだろう。
みょうじなまえという人間に、普通ってものは通じない。

「大丈夫だよ」
「うん、」
「なまえは、1度懐に入れた人を捨てたりしないから」

その為に命さえ差し出してしまう、人だから。

「これからどうするか作戦立てよっか」
「Kevinだけが頼りだわ…」
「頼って頼って。その代わり、ちゃんと幸せにしてあげてね」




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