愛なんて陳腐な


『午前1時のValentine』
『Whiteday心中』続編


※番外編ですが、恋愛要素が含まれます。
苦手な方はご注意ください。



▽▽▽



先日の誕生日で31歳を迎えた。
球界で言えば中堅から時々ベテランとさえ言われてしまう年齢。
友人や後輩には結婚した人が沢山いるし、子供がいる家庭だってある。
そんな中、俺はまだ独身を貫いていた。
別に、モテないわけじゃない。
寧ろ、めちゃくちゃモテる。
告白も逆プロポーズもされたことはある。
だが、その気にはならなかった。
世間には独身貴族だの、夜遊びが激しいだの好き勝手書かれているが そんなこともなく。
馬鹿みたいに高校生の時に交わした約束を忘れられていないだけなのだ。
俺だって、期待してるわけじゃない。
けどもし、何かの奇跡で なまえもその約束を覚えていたらと思ったらあと一歩踏み出せなかった。

「今年、ダメだったら…うん。諦めて婚活しよ」

なまえが30歳になった今年。
約束の節目の歳。
10年以上前の約束だし、半ば無理矢理俺が取り付けた約束だし。
期待はしていないのだ。何度も言う、期待はしていない。

「鳴さん」
「おー、お疲れ」

今年は彼と同じく舞台をアメリカに移し、キャンプ地が近かったこともあり、なんだかんだ卒業以来初めて一緒に過ごせるバレンタインだった。
変装のためキャップとサングラスをして駅前に立っていた俺に気づくと彼は笑みを浮かべた。

「悪いな、わざわざこっちまで来させて」
「いえ。明日オフなので大丈夫ですよ」

元チームメイトがモデルを務めるブランドで彼もモデルをやっているのは知っていたが。
会う度会う度服装がかっこよくなるのは腹立たしい。
俺もそこ恩恵を度々受けているから文句は言わないが。

「で?どこ行く?」
「俺のオススメでいいですか?この近くにあって」
「お。じゃあそこ行こ。なまえのオススメ、ハズレないから」

そう思って貰えてるなら良かった、と彼は微笑み歩き出す。

「今年はどう?去年怪我もあったけど」
「怪我の方はもう問題ないですよ。今年から新人の捕手が入ったので。組むのが楽しいですね」

昔 Joker'sが野球を教えた子なんです、と話す彼の横顔はやはり目を引く。
好きなのか、と言われると間違いなく好きだと思う。
高校の時に気づいた感情はもう10年来の付き合いだ。
お互いの関係は言葉で表せるような簡単な関係ではなく、恋心を除いても彼は俺にとって特別で 替え難い存在にはなっていた。
そんな感じで結婚、とか思わないでもないけど 俺はなまえとなら上手くいくような気がしていたりするのだから重症だ。

「可愛くて仕方ないって顔してる」
「否定できないですね、」
「贔屓してやるなよ」

それは分かってます、と彼は答える。
なんだかんだ懐に入れると甘いのは昔と変わらない。
きっと、その捕手の後輩も厳しくも甘やかされているんだろう。

「お店、ここです」

地下へ続く階段の前で彼は足を止めた。
暗闇にブルーのライトが映える。

「足元 気をつけてくださいね」
「馬鹿にしてる?」
「まさか!」

先に階段を降り始めた彼がこちらを振り返り手を差し出す。

「お手を?」
「やめとけ。お前のそういうとこまじ変わんない」
「冗談ですよ」

くすくすと笑いながら彼は階段を降り、ドアを開けこちらを振り返る。

「…言ったそばから」
「え、これもダメです?」
「レディファーストは女にやれって」

やるような女性もいませんよと彼は軽く答えて 中にいた店員に名前を伝える。
案内された席はどうやら個室らしい。
薄暗い店内で俺やなまえには劣るが整った顔の店員と親しげに言葉を交わす。

それを眺めながら今年も女の影がないことに安堵する。
今更俺に隠して、なんてないと思うけど。
元々の秘密主義を考えれば彼の言葉を聞くまで安心はできないのだ。

「お酒はどうしますか?」
「軽く飲むかな…俺も明日オフだし」
「そしたら料理に合うやつ適当に貰います?」

2人で飲むことも結構あった。
基本的に潰れるのは俺で、介抱まで完璧にこなして翌朝彼は俺が目を覚ますのを待っている。
それが俺としては、何よりの幸せだと気づいてしまった。
おはようございます、と俺にしか見せない解けた朝の微笑みはなんと言うか殺傷能力が高い。

「じゃ、そうして」
「かしこまりました」

お互いの家の合鍵も持ち、イベント事にはプレゼントを贈り合い、ほぼ毎日連絡を取り合って。
好きな奴とそんな関係を卒業以来ずっと続けてりゃそりゃ、こんなことになる。
うん、俺は悪くないし俺はおかしくない。

「俺の顔、なんかついてます?そんなガン見して」
「相変わらず綺麗な顔してるよ」
「鳴さんの方が綺麗な顔されてますよ」

少しは照れろよって思うけど、まぁ今更だわ。

「知ってる。大人の魅力出てきたっしょ?」
「えぇ…それは微妙かも」
「おい。」





酒もいい感じに入り、コース料理も最後のデザートがテーブルに届いた頃。
鳴さん、と彼は少しだけ背筋を伸ばして スプーンを置いた。

「どうした?」
「ちょっと、真面目な話してもいいですか?」
「?いいけど」

どうするか悩んだんですけど、と前置きをして彼はテーブルの上に2つの箱を置いた。
大きさ的にはアクセサリーでも入っているんだろう。

「バレンタイン?」
「まぁ、はい」

珍しくラッピングがされていないそれの蓋を彼はゆっくりと開いた。
それはバレンタインに出た俺の好きなブランドの新作の指輪。
欲しいと思ってたけど俺が通販戦争に負けて買えなかったやつだ。

「よく買えたな」
「パソコンの前で張り込んでましたよ」
「そこまでやんなくてもいいのに。けど俺は買えなかったらすげぇ嬉しい!で?もう1つのは?」

もう1つは、と彼は少し躊躇いながら箱を開ける。
ブランドは分からない 今まで贈られたことのない細身の指輪がそこにはあった。

「すげぇシンプル」

シルバーの指輪に埋め込まれたダイヤ。
リングには模様が刻まれており、シンプルだけどかっこいい。
どちらかと言えば俺よりなまえが好むデザインだと思う。

「なんか婚約指輪みたいだな。ダイヤ入ってて」

ふと思い浮かんだ事を意識もせず発せば彼は何も言わずに俯いた。

「なまえ?」
「いや、どうすれば…いいかわからなくて」
「え?」

なまえは俯いたまま「高校生の頃の口約束だし…」と呟く。
そこでやっと、俺はこの指輪の意味に気づいた。

「待って、まじで婚約指輪?お前あれ、覚えてんの!?」
「……覚えて、ないなら……これはこれとして…普通に贈ればいいかなとか…思ってて……」

珍しく歯切れ悪く、彼は自分の髪をぐしゃりと握りしめる。

「どうすればいいか、ほんとにわからなくて。鳴さん本当に、結婚してないし。けど、30歳で独身なんて別に珍しいことでもないし……けどもし、覚えてて その上で結婚してなかったら なんか向き合わないのは違うなって思って…」
「なまえ、こっち見てよ」
「今は嫌です」

いいから、と髪を乱す手に触れればほんの少しだけ顔を上げた。
照明ではっきりとわからないけど少し頬が紅く染まっているように見える。

「ねぇ、俺のこと好きだったの?」
「いや、」
「おい!」

嫌いってわけじゃないです、と慌てて否定した彼はやっと真っ直ぐ俺を見つめた。

「もちろん、好きです。好きですけど、多分そういう意味じゃないです」
「はぁ?じゃあなんでプロポーズなんかしてんのさ」
「一生添い遂げるならって考えたら…俺は鳴さんがいいって思ったから」

あまりにも真っ直ぐな言葉に、俺は何も言えなくなった。

確かにそう。
高校生の時はふざけてした約束だったけど、俺は恋心に気づいて、彼と過ごして思った。
将来隣に ずっと隣にいるんならなまえがいいって。
たとえそこに恋愛ってものがなくても。
だから、だからこそ 俺は踏み出せなかった。
このままでも十分に幸せだったから。

「正直、今じゃなくてもいいんです。10年後20年後でも、それこそ引退後でも。俺はきっと結婚しないし。……鳴さんが他の人と結婚するのもちゃんと祝福しますし、幸せになってほしいって思うし」
「うん、」
「けど、約束は約束だから。俺の気持ちってのは、伝えてもいいのかなって」

よくわからなくてすみません、と彼は苦笑する。

「ねぇこれ、給料3ヶ月分?」
「いや…3ヶ月分で作ろうとしたら、そんなにいらないって言われました…」
「あはは、そりゃそうだ」

俺らの給料3ヶ月分って一体いくらよ。
てか、それを使って買おうとしてる時点でアホ。

「俺ね、結構モテんの。逆プロポーズもされたし、彼女いたことだってあるし」
「へぇ、」
「けど、結婚って考えるとさ途端に足が止まる。この人でいいのかなぁ?って。なまえよりいい人っていなくて。なまえに劣るくらいなら、なまえがいいなって毎回思っちゃってさ」

なまえを忘れる為の恋愛も何度もした。
けどこの感情は消えてはくれなかった。

「お前を忘れる為に努力すればするほどにね、お前がいいって思うんだよね。たとえ、お前が俺を好きになってくれなくても なまえじゃなきゃ意味ないなぁって思うんだよ」

左手をテーブルの上に乗せて、俺の言葉を聞いていたなまえに微笑む。

「嵌めて、お前が」
「…え、」
「お前に恋心がなくても、俺と添い遂げたいって思ってくれたなら 俺はそれを受け入れたい。いつか、お前が俺に恋してくれたら…嬉しいけどね」

なまえは小さな箱に手を伸ばし、指輪を傷のある指でそっと持ち上げた。

「いらなくなったら、すぐに言ってください」
「ならないよ。何年お前に、片思いしてると思ってんの」

指輪を嵌めようとしてた手が止まった。
指輪の冷たさと触れる彼の手の温もりが いつもより伝わった。

「片思い、」
「高校の頃からね」
「……同じ、感情返せてないのにほんとにいいんですか」

いいよ、と迷わず答えた。
そんな俺に彼は頷いて、しっかり俺の指に指輪をはめてくれた。

「お前の人生を、俺と歩みたいって思ってくたことが 俺の感情の返事でいい」
「…鳴さん、」
「普通の恋人みたいに恋愛感情がなくたって、お前が 隣にいてくれるならそれでいい。その証明に、結婚って言葉があっていい」

意外と似合うじゃん、と指輪を光に翳す俺を見て 彼は表情を緩める。
それが、俺にだけ向けられる表情だって 知ってるから 俺はいいやって思うんだよね。
元Joker'sの奴に向けるのも、友達に向けるのも違う。
俺にしか見せない、お前の解けたその表情が。

「なまえ」
「はい?」
「俺の左手、高いよ?」

きょと、とした彼は珍しく声をだして笑い出す。

「そうですね」
「だからさお前の左手、代わりにちょうだいよ」
「喜んで」

左手だけじゃなくて全て貴方に捧げますよ、なんて。
お前は軽々しく言って、穏やかに微笑む。

「そんなこと言うと好き勝手するよ?俺」
「いいですよ。貴方が俺の神様エースになった時から 俺は貴方のものなので」

立ち上がり、テーブルに身を乗り出す。
そんな俺を視線で追いかけていた彼の目を指輪を嵌めた左手で隠して、重ねた唇。

「こーいうこと、するよ。俺」

ほんの一瞬重ねただけ。
ガキみたいな口付けに彼の口元は弧を描く。

「いいですよ、貴方が望むなら」

彼の両手が、探るように俺の頬を包み込み ゆっくりと彼から唇を重ねてきた。

「抱くのも、抱かれるのも貴方ならいいって思ってます。そうでなきゃ、結婚なんて違うでしょ」
「それで好きじゃないとか、よく言ったわお前」
「好きなんて、恋なんてそんな軽い言葉で貴方への感情が言い表せないんですよ。好きなんてそんな感情じゃ足りない」

隠していた左手に彼は優しく触れて、彼の目が俺を真っ直ぐ射抜く。

「ねぇ、俺の神様エース
「愛なんて陳腐だな、お前のそれの前じゃ」
「そうかもしれないですね」




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