風邪をひきました。


「みょうじいるか?」
「あれ、白河さん?なまえ、白河さん来てるよ」

多田野に呼ばれ、本から視線を上げる。

「なんですか?」
「お前、料理出来たよね?」
「え?まぁ…人並みには出来ますけど」

首を傾げながら答えれば白河さんは悪いんだけど、と言いにくそうに口を開く。

「あの馬鹿の看病頼める?」
「…馬鹿?」

浮かんだのは一人の先輩。
いや、けどあの人は風邪引かないだろうしな…

「馬鹿って…」
「鳴。昼前に熱だして早退した。て、言っても寮にいるんだけど…」
「あぁ、マジで成宮さんですか…風邪引くんだ…」

俺の呟きに白河さんも俺もビックリしてると言った。

「看病でしたっけ?別にいいですよ」
「授業は…」
「このあと自習とLHRなんで平気です」

多田野に伝言を頼んで、少し足早に寮に向かう。
鞄を部屋に置いて、食堂の調理場に入る。

「食材は好きに使えって言ってたから…」

無難にお粥作ればいいか。
あとは薬と飲み物…





朝起きたときから、頭がぼんやりとしていた。
朝練に参加して教室に向かう頃にはズキズキとはっきりとした痛みが襲ってきた。

寒気がするのに体は暑くて。
風邪ひいたかもって思っていたらクラスの女の子が保健室に行った方がいいと言われた。

いつの間にか早退という形で寮に帰されていた。
寝転んでいると鼻が詰まって息苦しくて、体を起こす。

「あー…だるい…」

頭痛は増すばかりで、鼻と喉がヤバくなってきた。
熱もあるかもしれないけど、動く気にもなれなくて測っていない。

そんなときノックの音が聞こえた。
時計を見てもまだ授業のある時間で。
誰だって、思って少し身構える。

「入りますよ…て、起きてるし」

ゆっくりと中に入ってきたのはみょうじで。
彼の手にはトレー。

「え、なんで…」
「成宮さんが風邪引いて、昼飯を食べてないから作ってくれって言われて看病を兼ねて来ました」

トレーを机に置いたみょうじはベッドのはしごを上ってきて体温計をこちらに差し出す。

「どうせ、測ってないでしょ?」
「…どうせってなんだよ」

視線をそらしながらそれを受け取る。

「喉と鼻までやばそうですね」
「…うん」

少しして、ピピッと音がなる。

「どうですか?」
「38.7℃…」
「高いですね。多分これからもっとあがると思いますよ。ご飯、食べれますか?」

お腹すいてない、と言えば少しでもいいので食べてくださいと言って。
俺の足の上に置かれたトレー。
みょうじは体を起こした俺の横のベッドの端の方に座る。


「お粥…」
「味は一応大丈夫だと思います。あと、水分は多めに取ってください」

作って貰ったのに食べないわけにもいかなくて、一口食べる。

「ん…美味しい」
「え?あぁ…ありがとうございます」
「…お前、授業…サボり?」

自習とLHRなので平気です、と彼は答えた。

「食べれなければ普通に残してくださいね」
「うん」

みょうじと2人ってなんか…
ぼんやりする頭でそんなことを考えながら。
半分ほど食べたところで、手を止める。

「もう、いいや」
「結構食べましたね。じゃあ、これ…薬」
「ん…」

俺が薬を飲んだのを確認して、みょうじはトレーを下げた。

「じゃあ、片づけてくるんで。寝ててくださいね」
「寝ると、鼻が詰まる」
「それでも、早く治して貰わないと困るんですから」

布団にもぐり込んで、横を向く。
ケホケホと咳がでて、みょうじはベッドの梯子を上ってきた。
横を向いて眠っていたから、梯子を上ってきたみょうじの目が合う。

「咳まで出てきましたね。喉痛いですか?」
「…少し…」
「ハチミツの飲み物とか作りましょうか?」

ごめん、よろしくって言えばちゃんと寝ててくださいねと優しげに目を細めて梯子を降りていく。

「…無駄に、世話焼き…だよね…」





部屋に戻れば辛そうな咳が聞こえて。
マグカップを持って梯子を上る。

「…成宮さん」
「ん…」

ゴソッと布団のなかで成宮さんが動いて、体を起こす。

「気休めですけど、どうぞ」
「あ、りがと…お前、」
「なんですか?」

無駄に手慣れてると言われて、苦笑する。

「昔何度か…」
「そ、か…」

表情を見る限り熱が上がってきてる。

「…美味しい…」
「よかったです」

ふにゃりと弱々しく笑った成宮さん。
静かだと誰かわからないな、なんて少しだけ思った。

ハチミツレモンを飲み終えて、眠る成宮さんを見ながら溜め息をつく。

「…部活まで…1時間くらいか…」

濡れたタオルを彼の額にのせて、持ってきておいた本を開く。

「…今度冷えピタ買っておこう…」

どれくらい時間が経ったのか、控えめなノックの音の後静かに開いたドア。

「みょうじ、鳴は?」
「寝てますよ」

白河さんと神谷さん、多田野が音をたてないように部屋に入ってくる。

「部活だけど、どうする?」
「行きたいんですけどね…ちょっと無理かもしれないです」
「どうかしたの?」

首を傾げる彼らに苦笑する。

「なんか、離してくれなくて…」

途中何度も寝返りをうったりしていて、いつの間にか俺の服を掴んでいた。

「…じゃあ、仕方ないね。起こすのも可哀想だし」
「すいません…」
「監督には言っておくから」

終わったらまた来ると彼らは出ていって。
俺は、視線を成宮さんな向ける。
丸まって俺の服を掴んでいる姿に、寝にくくないのかななんて考えて。
白い彼の髪を撫でる。

「案外…ふわふわしてる」





目を覚ませば、頭痛は弱くなっていた。

「あ、起きた」
「大丈夫か?」

ベッドから下を見ればカルロスと白河がいた。
みょうじに看病されてた気がしたんだけど…夢?

「体温計」
「ありがと」

熱もまだ少し高いが下がっていた。

「今、何時?」
「8時。夕飯どうする?」
「昼と一緒で作るのはみょうじだけどな」

昼と、一緒…?
て、ことは…看病されてたのは本当だった?

「た、べる…」
「じゃあ、みょうじに言ってくる」
「よろしく」

出ていったカルロスを見送って白河に視線を向ける。
視線に気付いたのか白河は不思議そうに首を傾げた。

「変な顔してるけど」
「…みょうじ、看病してた?」
「してた。1時くらいからさっきまで。鳴が起きる少し前に風呂行った」

部活は?って言えば、白河はニヤッと笑った。

「な、なんだよ」
「お前がずっとみょうじの服掴んでたから、アイツも休み」
「は…!?」

後で聞いてみれば?と白河は言って。

「き、聞かない!!」
「ふぅん。ま、お礼ぐらいは言いなよ」

それは、わかってると言ってベッドに横になる。

「…あれ」

枕元に落ちた濡れたタオル。
もう熱を持って温くなっている。

「これも、みょうじ?」
「うん」
「ホント…なんでもできるね。アイツ」

そうポツリと呟けば白河はそうだねと答えた。
ノックの音が聞こえてみょうじが顔を覗かせる。
その後ろにはカルロスの姿もあった。

「具合どうですか?」
「良くなってきてる」
「ならよかったです。夕飯、うどんですけど…食べれますか?」

食べる、と答えれば俺の膝の上にトレーを置く。

「熱いと思うので気を付けてください」
「ん」

ベッドの端に座ったみょうじは濡れた髪をタオルで拭いていて。

「風呂上がり?」
「え、あぁそうですけど」
「なんか、ごめん」

別にいいですよ?と言って、みょうじは少しだけ笑った。

「美味しい」
「よかったです」

白河とカルロスは顔を見合わせて立ち上がる。

「俺達はもう部屋戻るな」
「みょうじ、あとはよろしく」
「はい」

2人が部屋出ていって。
みょうじは特に気にした様子もなく本を読んでいた。

「あ、のさ…」
「どうかしましたか?」
「あ、いや。なんか…迷惑かけてごめん」

ありがと、と小さな声で呟けば好きでやってることなので気にしないでくださいと言った。

「元気になってくれればいいですから」
「…うん」





「みょうじ…みょうじ、起きろ」

昨日の夜、夕飯を作ってもらった。
そのあと、俺が寝るのを見たら部屋に戻ると言っていたみょうじが朝起きたら部屋にいた。

昨日と変わらない。
ベッドの端に座ったこくりこくりと頭が揺れる。

「…看病、してくれてありがと…。嬉しかった」

眠る彼にそう告げて、熱くなった頬を手で扇ぐ。

「ふー…なに馬鹿なこと言ってんだろ。みょうじ、起きてってば」
「ん…あれ、成宮さん…」

目を瞬かせみょうじは固まる。

「すいません、途中寝落ちして…」
「いいよ、別に」
「体調は?」

平気と言えば目があって、ふわりと微笑んだ。

「よかったです。俺部屋に一旦戻るので失礼します。念のため部活と学校は今日もお休みしてくださいね」
「あ、うん。…ありがと」
「いえ、無理はしないでください。ご飯軽めの物もってきます」

彼はそれだけ言って部屋から出ていった。

このあとカルロスと白河に夜、なにがあったかを聞かれるなんて思ってもいなかったけど。



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