それでも君が好き


※近親相姦ですので苦手な方はご注意ください


―――……


「栄純」
「あれ、なまえ?どうしたんだよ!!」
「お前に担任から」

友人にプリントを差し出せば表情はどんどん曇っていく。

「最悪だ…」
「授業中寝てんだからそれくらいはやれよな」
「わかってるけどよー…」

嫌だ、と呟く彼の後ろ。
見えたのは見慣れた顔だった。
相手も俺に気づいたのか目を見開いて立ち止まった。

「なまえ?何見てんだ…て、御幸一也!!」
「俺先輩だからね、わかってる?」

栄純と話ながらも彼はこちらに視線を向ける。

「…知り合いか?」

栄純が俺と彼を交互に見る。

「栄純ってさ、馬鹿すぎて可愛いよな」
「は!!?」
「俺の名前憶えてる?」

え、御幸なまえだろ?と栄純は首を傾げて。
彼は眉を寄せた。

「そ、御幸なまえ。で、あっちは御幸一也。共通点は何だ?」
「…御幸」
「はい、正解。御幸一也は俺の兄貴ね」

栄純は目を丸くして、俺は耳を塞ぐ。
えぇーー!?と叫んだ彼にうるせぇと怒鳴った人がこちらに近づいてくる。

「何叫んでんだよ、沢村」
「もっちー先輩!!み、御幸一也に弟が…」
「は?」

同じく目を丸くした人は俺と兄貴を交互に見る。

「…弟?マジで?」
「はい、一応」

そうだよな、兄貴?と言えば目を逸らしながら頷いた。
相変わらず、俺の事嫌ってるような素振り…

「なまえ…何で、ここにいんの」
「俺青道の生徒だから。栄純と同じクラス。一応メール送って知らせたつもりだったんだけど。やっぱり見てなかったんだな」

兄貴は口を紡ぐ。
もっちーと呼ばれた先輩は不思議そうに首を傾げた。

「……仲悪ぃの?」
「仲が悪いと言うよりは一方的に嫌われてるだけですよ」

兄貴の顔が歪んで。
でも、唇を噛んで顔を俯かせた。

「…ねぇ、兄貴。母さんがたまには顔見たいって言ってたよ。夜10時まで俺、家にいないから。顔見せてやってよ」
「…おう」
「じゃあ、俺はこれで」

また明日な、栄純と笑えば栄純も笑い返す。

「またなっ」





「御幸」
「…なんだよ」
「弟にその態度はねぇだろ」

眉を寄せた倉持に俺はなまえの背中を見つめる。
嫌いなわけじゃない。
むしろ、その逆だ。

アイツが、好きだから。
だから、俺はアイツに会わせる顔がない。

ただでさえ野球以外ダメダメな俺は散々アイツに迷惑をかけてきて。
挙句、兄弟であるにも関わらずアイツに惚れた。
会わせる顔なんて、なかった。

「倉持には関係ねぇだろ」

顔が見れただけで、心臓がバクバクいってる。
それだけ、俺はアイツが好きで。
でも好きになればなるほどに俺はアイツから離れなければいけない。
いつ、何を間違えてしまうかわからない。
嫌われたとしても、兄貴であり続けたかった。
家族と言うつながりだけは失いたくなかった。


****


「…何で、いんだよ」

言われた通り、部活のオフに家に顔を出せばリビングのテーブルで転寝するなまえがいた。
彼の腕の下には教科書があって、勉強していたのかと思いながらその寝顔を見つめる。

母親は俺の顔を見て、安心したと笑い夜勤に向かった。
俺は今日ここに泊まるつもりだったから、俺とコイツ2人きりだ。
父親も仕事が忙しいしきっと帰って来ないだろう。
今から帰ったほうがいいか、と思う反面コイツの夕飯が心配で。
何でもできる癖に、料理は苦手だったよな…

俺と同じ、癖のある彼の髪を撫でて唇を噛む。

「…なぁ、なまえ」

俺が、お前を好きだって言ったら…どうする?

口にすら出せない疑問を飲み込んで、髪を撫でいた手で彼の頬に触れる。

「…起きて、ないよな」

規則的な寝息。
返事はない。

指先で撫でていた彼の頬にそっと唇を寄せて。

「…ごめん、なまえ」

キスをしようとして、途中で止まる。

何してんだよ、俺…
やっぱり、帰ろう。
飯は何とかするだろうし…
やっぱり、一緒にいるわけにはいかない。
手を伸ばせば触れられる距離になまえがいると俺はすぐに足を踏み外しそうになる。

彼に背を向けて部屋を出ようとしてドアノブに手をかけたとき顔の横に何かが伸びてきて。
ドンッと音をさせてドアにぶつけられたのは誰かの手。

いや、誰かなんてなまえしかいない。
後ろに感じる彼の存在に俺は振り返ることもできなくて。
いつ起きた?
もしかして、さっきの…

「なぁにが、ごめんなワケ?」

俺よりも低い声が後ろから聞こえて体が震える。

「お、前…いつから起きて…」

声が震えた。
やばいやばいと頭の中で警報が鳴り響く。

「さっき、俺に何しようとしたんだよ」
「別に、何も…」

後ろにいる彼が近づいてきて、耳に彼の吐息がかかる。

「キス、しようとしたんだろ?」
「ち、ちがっ」

耳に吹きこまれた彼の声と言葉。
顔が一気に熱くなっていく。

なんで気づいてるんだよ。
どうやって、誤魔化す?
いつもみたいに飄々と気に抜けようと頭をフル回転させたって何も浮かばなくて。

ドアにつけた手と反対の手が俺の体に回されて。
ただでさえ正常に働かない頭がショートした。
ヤバい、ヤバいヤバい。
何でこんなことに…

彼の手は俺の心臓の上に添えられて。

「スッゲェ、ドキドキしてるけど」

クスクスと耳元で彼が笑う。

「も、放してくれ…マジで、頼むから」

速くなる鼓動と熱くなる顔。
頭はぼんやりして、理性なんて壊れてしまいそうで。

「なんで?」
「頼む、から…本当に、もう「俺を好きだって言いそう?」…え?」

聞こえた声。
聞き間違え、でなければ今…
俺を好きだって言いそう?
ちょっと、待て…それって…

「俺が好きだって感情を押し殺せなくなる?」
「…何、言って…」
「気付かねェと思ったの?」

くるりと俺の向きを変えさせて、なまえは俺に顔を近づける。
後ずさろうとすればドアに背中があたる。

いつの間にか俺より大きくなってる…

「…そんな真っ赤な顔で、欲望の見え隠れする目で俺を見て…気づかねェと本当に思ってたの?」
「ちが、違くて…俺は、俺…は」
「この期に及んで、否定するわけ?」

じっと俺を見つめるなまえの目に俺は目を伏せて。

「…ご、めん」

何とか紡ぎだせたのは謝罪だった。


****


初めは兄貴にただ嫌われたのだと思ってた。
けど、そうじゃないと気付いたのは彼の視線だった。
レンズ越しに彼は俺をじっと見つめて泣きそうな顔をすることがあった。
それだけじゃない。
愛おしそうに俺を見つめるようになって、でも目が合えば慌てて逸らして。

「栄純から聞いたよ。アンタは何でも思ったこと言うんだろ?だったら、今。俺に言うことがあるんじゃねェの?」

正直、最初は戸惑った。
実の兄からの普通ではない感情を向けられたことに。
けど、泣きそうな顔をする兄貴を抱きしめたいと。そんな顔すんな、と言いたくなって。
気付けば俺も兄貴に惚れていて。

「ごめん」
「それは違うだろ。別に謝れなんて言ってねェし」
「……言えるわけ、ないだろ!!?こんなの、おかしいんだよ」

俺は、おかしいんだって。
兄貴は首をゆるゆると横に振って俺の胸を叩いた。

「頼むから…俺を、兄貴でいさせてくれよ…」

俺の胸を力なく押した彼の腕を掴んで壁に押し付ける。
慌てて顔を上げたレンズの向こうの彼の目が大きく見開かれた。

「兄貴でなんていさせてやるわけねぇだろ」

ビクッと肩を揺らした兄貴の唇を塞ぐ。

「んっ!!?」

壁に押し付けた手と反対の手が俺の肩を押す。
その手を無視して、彼の薄く開いていた唇に舌を入れる。

「んぅ!!?ゃ、めっぁ、ん」

彼の静止の声を無視して、彼の口内を味わってからゆっくりと離れる。
銀糸がプツリと切れて、兄貴は涙に濡れた目を俺に向けた。

「もう、兄で我慢できるわけねぇだろ」
「…なまえ」
「言えよ、俺が好きだって」

兄貴は震える唇で、好きだと小さく呟いた。

「好きだよ…。好きに、なっちゃったんだよ…お前の事」

弟だってわかってるのに。
わかってんのに、どうしても…気持ちが止められなくて…

「ご、めん…ごめんな…」
「だから、謝んなっていってんだろ」

泣きだした彼のメガネを外して抱きしめる。

「…俺も、兄貴が好きだ」
「ダメ、だ。ダメなんだよ…そんなの…俺とお前は兄弟で、男同士で…」
「だから、何?」

俺が兄貴を好きで、兄貴が俺を好き。
これ以外に何が必要?

俺の言葉に肩を震わせて泣く兄貴の頭を撫でて。

「…もう、いいだろ。兄弟でいるのは。兄貴に避けられるのは…もう御免だ」
「だ、て…こんなの、おかしいだろ…」

あーもう、ウザい。
彼を引き剥がして涙で濡れた目と視線を合わせる。

「俺は兄貴が好きだよ。誰に何と言われたとしても、世間に蔑まれたとしても。それでも、兄貴が好きだ。兄貴は?」
「俺、は…」
「俺が好きなんだろ?」

兄貴はコクリと頷く。

「兄貴はどうやっても俺を嫌いになれなくて俺を避けてたんだろ?それでも、俺が好きなんだろ?だったら、もう1つしか道は残ってねぇじゃん。嫌いになれねぇなら、胸張って好きでいりゃいいんだよ」
「でも…」
「でも、もけど、もねぇよ。世間体より大事なもんがあんじゃねェの?」

兄貴は恐る恐る俺の服の裾を掴んで俯いた。

「…好き、だ。誰になんと言われたって俺も…お前が好きだ」
「ちゃんと言えんじゃん」

涙で濡れた彼の頬にキスをして笑う。

「大変良くできました」
「馬鹿に、してんだろ」
「まぁな。ウジウジと悩みやがって。おかしいだのなんだのそんなのどうでもいいんだよ」

俺が好きで兄貴が好きで。
ほかに必要なものなんてなんもねぇのに、何でそれがわかんねェわけ?

眉を寄せてそう言えば兄貴は目を逸らして。

「…ごめん」
「ま、いいけど。改めてよろしくな。兄貴」
「…ん、よろしく…。なまえ」

ふにゃりと微笑んだ彼を抱きしめて口元を緩める。

やっと…俺のものになった。



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