夏祭り


夏祭りに行こう。
そんなことを声高らかに言ったのはうちのエース様だった。
甲子園で優勝を逃し、次に大会のために黙々と新たな体制で練習をしていた俺達に久々のオフが訪れた。
朝ご飯を寮で食べていたときに、ちょうど誰かがチラシを持ってきたらしくそれを見た成宮さんが目を輝かせてそんなことを言った。

「いいんじゃね?」
「俺も別に…」
「…めんどくさい」

反応は人それぞれだったがどうやら1軍のメンバーは行くことを決めたようで、こちらに飛び火する前にさっさと出て行こうと席を立つ。

「あーとーは…」

キョロキョロと周りを見始めた成宮さんにヤバいな、と内心呟き食堂を出ようとすればがしっと誰かが俺の手首を掴んだ。

「…えっと、」

振り返れば満面の笑みを浮かべた成宮さんがいた。

「お前は強制参加ね」
「いや、俺そういうのあんまり…」
「先輩命令」

どうせこんなことになるだろうとは思ってたけど。
肩を落とし溜息をついた俺に白河さんがお前も大変だなと小さく呟いた。

そんな訳で急に決まったお祭り。
浴衣なんて皆持っているはずもなく私服姿で寮の前に集まった。

「じゃあ、行くか」

目をキラキラとさせる成宮さんと、思いの外乗り気な神谷さんや3年の先輩達を見ながら一番後ろを歩く。

「凄い嫌そうだね、なまえ」

苦笑を浮かべながらそう言った多田野にそりゃな、と返事をする。

「大人数で人ごみに行くと絶対はぐれるから嫌いなんだよ」
「あー…確かにそれはあるかもね」
「もし俺がはぐれたら探さなくていいから」

それ、絶対帰るでしょと言った多田野に当たり前だろと答えれば溜息をつかれた。

駅前一帯の道路を閉鎖して行われているそのお祭りは俺の想像以上に人であふれていた。
煌びやかな浴衣に身を包んだ人や子供たちの楽しそうな声を聞きながら視線を動かす。
日本のお祭りってこんなのなんだ…

先頭を歩く成宮さんが林檎飴!!と目を輝かせ走って行く。
それを原田さんが追いかけた。

「完全に親子だな…」
「あー、確かに。なまえ、なんか食べる?」
「いや、俺はいいや」

気付けば先輩達は焼きそばやかき氷とかを手に持っていて、食うか?とこちらに箸を向ける。

「いえ、大丈夫です」
「何も買ってねぇじゃん、みょうじ」

焼きそばを食べながら神谷さんがそう言ってなんか買えば?と首を傾げる。

「こういうの、あんま食べられないんですよね…」
「美味いのに、勿体ねェな」
「射的やろーぜ、射的!!」

林檎飴片手にこちらに駆け寄ってきた成宮さんの言葉に神谷さんが頷く。

「よっしゃ、やるか」
「みょうじも来い!!お前、何もしてねェだろ」

腕を掴まれて射的の屋台に連れて行かれる。
おっちゃん、1回ねと成宮さんは楽しそうに笑い銃を手に持った。
狙いはどうやらゲームのようだ。

「あれ、固定されてないよね?」
「してねぇよ」
「よっしゃ」

結果は言わなくても撃沈で、神谷さんも同じものを狙って失敗していた。

「じゃあ次お前の番」

渡された銃を渋々受け取って溜息をつく。

「ゲーム取ってよ、ゲーム」
「そんな簡単にとれるものなら、みんな取ってるでしょ…」

まぁ、向こうにいた時も射的に似通ったものは何度かしたことがある。

2人が同じものを狙ったおかげで、少しだけずれているそれに狙いを定めて引き金を引く。
ぐらりと傾いたうちにもう1丁の銃でそれを狙い打てば少し重たい音をさせてそれは落下した。

「「おぉーーっ」」

後ろから聞こえた2人の声とスゲーと幼い少年の声が聞こえる。

「はい、ゲーム」
「さすがみょうじ。こういうの得意そうだと思ったんだよねー」

ゲームを持って満足そうな彼からさっき聞こえた声の持ち主の幼い少年に視線を向ける。
キラキラとした目を俺に向けるその子の前にしゃがみ込めば成宮さんと神谷さんが不思議そうに俺の名前を呼んだ。

「どうした?」
「お兄ちゃん、スゴイね」
「そんなことないと思うけど」

お兄ちゃん、あれ取れる?と彼が指差したのは大きめのクマのぬいぐるみだった。

「あれ?」
「うん!!妹がね、欲しいって言ってたんだけど。俺、取れなくて」

弾の残りは確か3発だったはずだ。

「取れるかわかんないけど、やってみるよ」

男の子の頭を撫でてそう伝えればうんっ!!と頷き笑顔を見せた。
何とか3発で落としたクマのぬいぐるみを彼に渡せばそれをぎゅっと抱きしめてありがとうと笑いながら言った。

「どういたしまして」
「お礼にこれあげるっ!!さっき射的で取った奴なんだ。俺には大きかったから」

そう言って手渡されたのは、革製のブレスレットだった。

「…ありがとう」
「俺も、ありがとう!!」

走ってどこかに戻っていく男の子から視線を掌に乗っかったブレスレットに向ける。
偽物の革だろうけど、凝ったデザインをしている。

「スゲェな、お前」
「そんなことないと思いますけど…」

それをポケットに入れてじゃあ戻るかと2人が歩き出す。
その後ろを追いかけながら嬉しそうにゲームを持っている成宮さんにさっきの子供が重なった。

「……スゲェそっくり」

散々成宮さんと神谷さんに連れ回されてやっとのことで2人から離れることに成功した。
大量の食べ物を買い占めた先輩達は休憩所でそれを食べていて2年の先輩と多田野を含む1年はまたあの人ごみの中に入っていった。

「お前はいかなくていいのか?」

原田さんの問いかけに俺はいいです、と答えて辺りを見渡す。

「すいません、飲み物買ってきます」
「俺の飲むか?」

吉沢さんの言葉に大丈夫です、と告げてその場を離れようとすれば原田さんに止められた。

「お前携帯持ってるか?」
「持ってますけど、はぐれたら探さないでください。先に帰ってるんで」
「んなことして後で鳴に怒られても知らねェぞ」

そのときはその時で何とかします、と告げて自販機を探す。
人の多い道から外れ、少しばかり静かになった周りに溜息をついた。

「なんか、無駄に疲れた…」

見つけた自販機で飲み物を買って、横の壁に背をあててしゃがみ込む。
カップル、友達、家族。
お祭りの方へ歩いて行く人達を見ながら、頬を伝った汗を拭う。

「暑い…」

夏の夜。
虫の声と人々の楽しそうな声を聞きながら空を仰ぐ。

「…いつか、アイツら連れてきたいなぁ…」

アメリカにいる友人たちを思い出してそんなことを思った。

「こんな所で1人抜け出してんの?」

聞こえた声に顔をそちらに向ければ白河さんが俺を見下ろしていた。

「あれ、成宮さん達と一緒じゃなかったんですか?」
「疲れたからって離れた」
「よく俺がいるってわかりましたね」

俺の言葉に彼はまぁね、と答えた。

「雅さんに飲み物買いに行ったって聞いたから。あそこの近く探してただけ」
「わざわざすいません」
「別に」

飲み物を買った彼はしゃがんでいる俺の横に立って、壁に背を預ける。

「疲れた?」
「凄く」
「連れ回されてたもんな」

はい、と頷いて野球やってる方がましですよと呟けば確かになと彼は少しだけ笑った。

「このまま帰るか?」
「俺はそのつもりです」
「花火、見て行かなくていいの?」

あと少しで花火だけどと白河さんが言った。
空を見上げて花火、と小さく呟く。

「見たいですけど、今日はパスで。やっぱり疲れました」
「そう。俺は先輩達のとこ戻るから。帰ったって伝えておく」
「すいません、お願いします」

立ち上がってから小さく頭を下げる。
帰ろうと彼に背を向ければそう言えばと彼が口を開いた。

「あの大きな橋あっただろ?」
「ここに来る途中のですか?」
「そう。あそこ、花火見れるから。帰りと通って帰れば?」

白河さんの言葉にじゃあそうします、と言って俺はその橋の方に歩き出した。





「あれ、みょうじは?」

雅さんのいるところに戻ればみょうじの姿はもうなかった。

「飲み物買いに行ったけど…」
「まぁ、帰ってるだろうね。みょうじのことだから」

雅さんと翼クンの言葉に眉を寄せる。

「なんのためにアイツ誘ったと思ってんだよ」

みょうじの馬鹿野郎、と頬を膨らませれば秀さんが笑った。

「アイツに花火見せたいなんて、鳴が言うとは思わなかったぜ」
「別に、このお祭りの花火綺麗だから見せてやろうと思っただけ」

アイツ、きっと日本の花火見たことないだろうし。
それに、俺は素直にアイツと向き合うことなんてできないし。
甲子園で色々と助けてくれたことへの感謝の言葉も伝えられていない。
だから、こういう形を取ったって言うのに。

「鳴」

この場にいなかった白河がペットボトルを片手に戻って来た。

「みょうじ、橋のとこにいる」
「え?」
「行くんでしょ?」

白河の言葉に目を瞬かせれば早くしないと帰るぞ、と言われて俺は行ってくると彼らに伝える。

「俺らもこれ食って花火見たら帰るから、合流しなくていいぞ」
「うん、わかった」

雅さんの言葉に返事を返して、人ごみを縫って走り出した。





「珍しいな、白河がそういうことするなんて」

カルロスの言葉にまぁな、と呟き鳴の走って行った先に視線を向ける。

「いつまでも仲悪いままじゃ困るしな」
「まぁ、それは確かになぁ…」

これからのチームで中心になる鳴と、そうなっていくであろうみょうじ。
犬猿の仲のままでは困るのだ。

「まぁ、上手くいくとは思ってないけど」
「あー…確かに」

きっといい感じになっても喧嘩するのがあの2人だろう。
めんどくさい奴らだ、と溜息をついた。

花火が上がるまであと少し。
何とか橋にたどり着いた。

橋の真ん中。
緩やかに吹く風に髪を揺らすみょうじを見つけた。
1人、そこにいる彼を見て友人と連れ立って歩く女の子たちが頬を染める。

「カッコよくない?あの人」
「何やってるんだろう?彼女待ってるとか?」
「あー、あり得そう。あんな彼氏欲しいー」

そんな女の声なんて彼は聞こえていないのだろう。
時計に視線を向けてから空を仰ぐ。
その横顔は妙に煽情的だった。

「みょうじ」

彼に歩み寄って名前を呼べば彼はゆっくりとした動作でこちらに視線を向けた。

「成宮さん?」
「何帰ろうとしてんだよ」
「いや、疲れちゃって」

苦笑を零した彼の足を蹴ればすいません、と困ったように言った。

「…なんのためにお前のこと誘ったと思ってんだよ」
「え?」

不思議そうに首を傾げた彼に花火を見せたかった、と伝えようと口を開いたとき大きな花火が上がった。

「うわ…凄い」

みょうじが打ち上がった花火を見て目を瞬かせる。

「こんな綺麗なんですね、花火って」

どこか楽しそうに頬を緩めた彼がこちらを見た。
また大きな音をたてて上がった花火の光に彼の頬が照らされる。

「…そうだな」

彼のこんな綺麗な表情は見たことなかった。
目も合わせないし、あまり笑わないし。
表情もあまり俺達の前では変わらない彼が目を細めて、どこか優しい笑みを浮かべた。

橋の手すりに体を預け空を眺める彼の横顔。
普段は見れない彼の笑顔にどうすればいいのかわからなくなって視線を花火に向けた。
緩やかな夏の風が頬を撫でて、火照った体を冷ます。

「暑い…」

俺の小さな呟きを拾ったのか彼はペットボトルをこちらに差し出した。

「飲みかけでよければ、どうぞ?」
「じゃ、遠慮なく」

結露したペットボトル。
喉を通った冷たいスポーツドリンクに体の温度は少し下がった気がした。

「サンキュ」
「いえ」

ペットボトルを彼は受け取ってすぐに空に視線を向ける。
やっぱり、誘ってよかった…と思う。
まぁ伝えたかったことも誘ったことの意味も彼はわかっていないけど。
今日くらいはそれでいい。

「楽しかったか?お祭り」
「疲れました」
「おい、」

相変わらず可愛くない返事だと思ったが彼はふっと口元を緩めた。

「けど、楽しかったです」
「…あっそ」

1年に1度なら、来てもいいかもしれないと彼は言った。
その表情はやっぱり少しだけ緩んでいた。

「じゃあ、来年な。またゲーム取ってよ」
「あんなのまぐれに決まってるでしょ?」
「子供にも取ってあげてたじゃん」

あれも偶然です、と彼は答える。

「妹が欲しいって言ってるから取って欲しいって言ってたんですけどね。妹想いの良いお兄ちゃんだなって」
「…お前子供好きなの?」
「好きですよ。向こうにいた時はよく孤児院とかにボランティアで行きましたから」

可愛いですよね、と彼は呟いた。

「なんか意外」
「よく言われますけど。俺よりもLeoの方が子供好きで皆に驚かれてました」
「…ふぅん」

前の仲間の話になるとまた別の表情を見せる。
楽しそうな愛しそうな、そんな顔。
俺はそれがあまり、好きじゃない。
いつまでたっても彼は俺達を仲間だと思っていない気がして嫌だった。

「そういえば」
「なんだよ」

花火の合間に彼は口を開く。
こちらに視線を向けた彼はどこか真剣な目で俺をじっと見つめた。

「来年は」

大きな花火が上がって、彼の声がかき消される。

「今、なんて言った?聞こえなかった」
「…何でもないですよ」

そろそろ帰りますか、と歩き出した彼を追って今なんて言ったんだよと詰め寄る。
だが彼は何でもないですよと、はぐらかすばかりだった。

「エース様に隠し事とかありえない!!」
「隠してることの方が多くないですか?俺」
「自覚してるとこがムカつく!!」

俺の言葉に彼は面白そうに笑っていた。




学校に戻れば鳴さんは先輩達に囲まれて何かからかわれているようだった。
その姿を見ながら遠くで聞こえる花火の音に耳を傾ける。

「なまえ?どうかした?」

俺の顔を覗き込んだ多田野になんでもない、と告げて部屋の方に歩いて行く。

「来年は…」

彼には届かなかった言葉。
逆に伝えなくてよかったかもしれない。

『来年は一番になって、この花火が見たいですね』

俺には来年があるかもわからない。
きっと、伝えなくてよかったのだ。
けど、もしまた来年彼らと…彼とあの花火を見れたなら。
きっとそれも、いい思い出になるだろう。

今日はありがとうございました。
言葉にはしないけど心の中でそう呟いて、頬を染めからかわれる彼を見た。
バチッと交わった視線に彼は少し躊躇ってから口を開いた。

「来年も行くからな、お祭り!!」

あの男の子と同じようなキラキラした笑顔で言った彼に俺も口元を緩めて笑った。

「…そうですね」

遠くで大きな花火が上がった音がして、俺の声は飲み込まれた。

夏の終わり。
鳴り響く花火の音は始まりと終わりを告げている気がした。



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