午前1時のValentine ※番外編ですが恋愛要素が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
―――……
「やっぱり今年も作ってた」
2月14日午前1時少し前。
昨年同様、食堂の調理場を借りてバレンタインのお菓子を作っていた俺の元に厚手のパーカーを羽織った成宮さんが来た。
「…また眠れないんですか?」
「それもまぁあるけど。ちょっと味見させて貰おうと思って」
「まだ完成したのないですよ」
今年は何作んの?とポケットに手を突っ込んでこちらに歩み寄った彼が調理台の上を見て首を傾げた。
「これ、なんかの生地?んー、ホットケーキとか?」
「残念ながら違います」
「あ、けどこれ見たことあるかも」
型を指差して成宮さんが首を傾げた。
「姉ちゃんも昔使ってた」
「お姉さん、いるんですか?」
「2人ね。んーなんだっけな…?」
姉ちゃんもバレンタインに作ってた気がするけど、と成宮さんは言った。
まぁチョコとかに飽きるとケーキ系を作ろうとするのはよくあることだ。
「今回はチョコは作らないの?」
「前回と同じなのもつまらないので、別のものにしてます。あと、お腹に溜まるものが欲しいって言われたので」
「バレンタインにお腹に溜まるものって…」
練習するとお腹すくんで仕方ないですよね、と苦笑を零せば昼飯カロリーメイトが何言ってんのと言い返された。
「カロリーメイト、美味しいですよ?」
「確かに美味いけどね?けど足りなくない?もっとおにぎりとかパンとか、食べればいいのに」
「まぁそう言うのも嫌いじゃないですけど。朝晩が極端に多いので」
多いって言う割に最初から食べてたけどね、彼は言った。
まぁ沢山食べれないわけでもないし。
話をしていればオーブンのタイマーが鳴った。
「あ、なんか出来たの?」
「成宮さんが来る前に作った奴です」
オーブンを開ければレモンの良い香りが鼻腔を擽る。
我ながらこういうのは失敗知らずだな。
「あ、パウンドケーキか!!」
「正解です」
竹串を刺して内側まで火が通ったのを確認してオーブンの中から型を取り出す。
ひっくり返せばすぐに型から外れて。オーブン用のシートを取った。
「美味そう」
「味は多分問題ないと思います」
「なんかさ、お前って本当に無駄に女子力高いよな」
オーブンに入れていた3個を無事に全て取り出して、粗熱を取るためにそのまま並べる。
「無駄にって酷くないですか?」
「完全に無駄じゃね?お前と付き合う彼女は絶対苦労するね」
「別に俺より料理が出来る人、って希望ないですよ」
え、料理作って欲しくないの!?と驚いた彼に苦笑を零す。
「そういうわけじゃないですけど。人が作ってくれたものって自分と比べて無条件に美味しく感じません?」
「不味いものは不味くない?」
「いや、まぁそうなんですけど…こう、気持ちの問題?」
頑張って作ってくれたんだなって思えば、自分より劣ってても美味しいものですよと言えば彼は眉を寄せ首を傾げた。
「わかんねぇわ、それ。俺は美味い物食いたい」
「じゃあ、料理上手な奥さんじゃないと駄目ですね。…まぁけど成宮さんなら選び放題じゃないですか?」
「今どきの子って料理出来ないよ、ビックリするぐらい」
去年のバレンタイン、みょうじに貰ったのが一番美味しかったしと彼は特に気にした様子もなく言った。
「あー…えっと、ありがとうございます?」
「え?あぁ、うん。こちらこそ。今年も期待してるんだよねー」
「期待されるほどのもの、作れないですけど」
残りの型をオーブンに入れて、まだ温かいパウンドケーキにレモンシロップを塗り込む。
これが完全に冷めたらラップに包んで冷蔵庫に…
「これ、今食べれる?」
「え?食べれないことないですけど」
「温かいのって食べたことないんだよね」
食べますか?と首を傾げれば彼は満面の笑みで頷いた。
そうか、味見しに来たって言ってたっけ。
ケーキの端を包丁で切って、彼に差し出せば嬉しそうにそれを受け取った。
「いただきまーす」
「どうぞ」
「ん…あ、美味い!!何これ、レモン?」
そうですよ、と答えればやっぱりみょうじ凄いよねとそれを頬張りながら言った。
「何か、今日はよく褒めますね」
「貶しようがないもん。うちの学校で一番料理上手いと思う」
「それは多分買い被りすぎかと…」
お菓子以外も作れんの?と聞かれ嘘を吐く必要もないからとそれに頷いた。
「お前もう嫁に行けるな」
「いや、俺男なんで」
「あー、そうか。俺みょうじと結婚すれば万々歳じゃね?」
あの、話聞いてますかと俺は苦笑を零す。
「俺もお前も金は余るほど稼ぐから金には困らないだろ?で、家事はみょうじの担当」
「成宮さん、何もしないんですね」
「俺は…子育て?」
だから男同士ですよ、と言えば養子で貰えばいんじゃね?と彼は笑った。
「俺絶対幸せだな。毎日美味い飯食えて、野球して」
「まず俺と結婚って時点で幸せにはならなくないですか?」
「そうかな?案外上手くいくかもよ。ほら、胃袋掴めば夫は家に帰るって言うじゃん?」
俺が嫁って立ち位置は変わらないのか?
「胃袋は別に掴めないことないと思いますけど…。成宮さんは普通に綺麗なアナウンサーとかと結婚した方がいいと思いますよ。世間体的に」
「けどほら、アメリカなら平気でしょ。お前英語喋れるし超助かるな、俺」
「あぁ、成宮さんもメジャーですもんね。目標」
メジャー出会うときは敵同士だなって笑った彼に、案外同じチームかもしれませんよと返せばそれはそれで面白いと答えた。
「お前のチームメイトもわんさかいるわけでしょ?敵チームに」
「そうですね。わんさかって言っても俺含めて28人ですけど」
「楽しそうだな、戦うの。あ、けどWBCとかでアメリカ代表のお前らと戦うのも良いと思う」
それはいいですね、と答えればそん時は容赦なく倒すからと彼は目を細め自信ありげに言った。
「残念ながら、そう簡単に負けませんよ。アイツら」
「1回さ、練習試合とかしてみたいなー。Joker'sと」
「あぁ、楽しそうですね。頼んでおきましょうか?」
え、マジで!?と彼は目を丸くした。
どうやら結婚の話からは離れてくれたようだ。
「可能かはわからないですけど。監督には話しておきましょうか?」
「いいね、それ!!あーけど、あれかな?メンタルやられる奴結構いるかな」
「あー…否定はしないです。あれでも、メジャーに一番近いと言われるだけの実力ありますから」
常温で柔らかくしたクリームチーズを泡立てながら、それでメンタル折れても困るよなーと悩んでいる彼に苦笑を零す。
「あ、話しはこれじゃなかった。結婚だよ結婚」
「え、そこに話戻るんですか…」
「戻す。ほらだって考えてみろよ。お前よりいい女いる?」
前提として俺男なんですけど、と言えば完全に聞き流された。
「料理出来て、頭もよくて、掃除もできて、英語も話せる。そんで、野球も出来るし。あぁ、あれだ!!お前、捕手出来るからいつでも投球練習できる」
「…成宮さん、女性に野球は求めちゃダメですよ」
「そうだけどさー。まぁ、お前と結婚はしないだろうけど。普通に比べるよな、自分の恋人と」
みょうじは出来るのに、自分の彼女が出来ないとか…なんか嫌じゃね?と首を傾げた彼になんて返すべきかわからずやはり苦笑を零した。
「愛情があれば、そういうダメなとこも見えなくなるんじゃないですか?」
「そうかもしんないけど。見えなくなるのは嫌だなって思わない?好きな奴のことは全部知っててやりたいし」
「なら、全部知った上で欠点も認めてあげてくださいよ」
結婚するしないの話をしていればパウンドケーキはいい具合に冷めており、それをラップで包み冷蔵庫に入れる。
そして、いいタイミングで先程オーブンに入れたパウンドケーキも完成した。
「ねぇ、みょうじはさ。どんな子と付き合いたいとか結婚したいとかないの?お前、告白全部断ってるって樹から聞いてるけど」
「俺と成宮さんで恋バナですか?」
「良いだろ、別に。深夜のテンションってことでなんとかなる」
それ、本当に何とかなるか?
「好きなタイプってことですよね」
「そう」
「んー…まぁ、好きになれるだけの魅力があればそれで…」
クリーム状になったクリームチーズに砂糖を加えて、かき混ぜる。
「ダメ!!なんかこう、もっと明確な」
「え…えー…?出来れば日本人がいいなぁとは思ってます。ある程度野球に知識を持っていてくれたら嬉しいし。結婚するならアメリカに一緒に来てくれるっていうのが最低条件ですよね」
恋人とか結婚相手とかそういうの全然考えたことないしな…
野球一筋だし、恋愛とか全然興味ない。
「他には?」
「他…?料理は、別に人並みに出来てくれれば嬉しいですね。あー、あとあれかな」
「あれ?」
何かに一生懸命になってる人がいいですね、と頬を緩めれば彼は首を傾げた。
「もう俺で良くない?それ」
「えー…なんでそうなったんですか」
「俺、魅力なら捨てるほどあるだろ?日本人だし、野球の知識は申し分ない。アメリカは時機に俺も行くから問題ないし。料理はまぁ、お前に教えて貰えば何とかなるし。俺、野球に一生懸命だろ?」
「いや、そうですけど。…そうですけど、成宮さん男です」
材料を全て入れ終えてそれをかき混ぜながら多分これは深夜のテンションどうこうで何とかなる問題じゃない気がしてきた。
「あーじゃあさ。お互いに25歳…は早いか。30歳かな。お互い30歳になって結婚してなかったら俺ら結婚な」
「それ、マジで言ってるんですか」
「結構マジで」
明日になったら忘れていてくれ、と願いながら渋々それに頷いた。
完全に断らせてくれる空気ではなかった。
普段まともに思ってること話さないくせに、なんで今はこんなに饒舌なんだ?
「…怖いなー、深夜のテンション…」
散々深夜のテンションで、思い出したくもないことを話した成宮さんは途中で寝落ちし仕方なくお菓子を全て作り終えてから彼を部屋まで運んだ。
朝になれば先輩達や多田野達が起きてきて、朝練がないために少し遅い朝食を食べてからバレンタインのお菓子を配った。
「今年も作ったんだな」
「しかも去年より美味そう」
「ありがと、なまえ」
どういたしまして、と言葉を返して少し眠たそうな成宮さんにも飾り気のない透明の袋に入れたお菓子を手渡した。
「サーンキュ」
「眠そうですけど、大丈夫ですか?」
「まぁ、何とか。部屋まで運んでくれた?」
ここで寝るには寒いですから、と言えばありがとなと彼は笑った。
この素直さがどうにも深夜のことを思い出させて、眉を寄せる。
「今年は全員分作ったんだな」
「まぁ、細々してないので」
「ふぅん…」
成宮さんはありがたくいただくな、と渡したばかりの袋を開けようとしてこちらを振り返った。
「あ、そうだみょうじ」
ラッピングしていたお菓子を入れていた紙袋を畳んでいれば成宮さんが俺の名前を呼んでこちらに駆け寄ってくる。
「どうかしましたか?」
「約束、忘れんなよ」
耳元でそう、囁いた彼は悪戯を成功させた子供みたいに笑って神谷さん達の輪の中に入っていった。
「…忘れてないのかよ…」
いや、けど成宮さんのことならこれも嫌がらせって可能性あるよな?
ます30歳までに結婚すれば特に問題はない…はずだけど。
「何がどうしてこうなったのか、全然分かんない」
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