Whiteday心中


『午前1時のValentine』続編

※番外編ですが、恋愛要素が含まれます。
苦手な方はご注意ください。


―――……



ホワイトデー前夜。
お返しを作るためにいつも通り、調理場を借りた。
成宮さんは練習後に用事があるとかで外泊届を出していた。

「まぁ、来て欲しいってわけでもないし…いいんだけど」

バレンタインの時の話が微妙に気がかりだった。

結婚云々って…
あれ、一体何だったんだろ?
イベントだからテンションが上がった?
それとも本当に深夜のノリ?
次の日に態々念押しするようなこと言ってたし、もしかしたら本気だったのかもしれない。

「けどなぁ…あの人、俺のこと嫌いだろ?」

最初に比べれは話せるようになったけど。
まともに話すより、喧嘩してることの方が多い。

「結婚…彼女…ねぇ」

そういうの考えたことなかった。
向こうにいるときも野球に必死だったし。
告白はされたことがある。
野球してる姿が好きだって、言う子が多いけど。
結局見てるのは外側だけなんだなって思ってた。
人の内側なんて早々見れるものじゃないけど、それだけ近くにいる存在じゃないと好きってことにはならない気がする。

「なぁんで、こんなこと考えてんだろ」

タイマーの音が鳴り、オーブンを開く。

「ん、いいかな」

香ばしい匂いのするクッキーをオーブンから出して、調理台に置く。

「おー、マジで作ってんじゃん」
「あれ?神谷さん」
「よう」

顔を覗かせたのは成宮さん…ではなくて神谷さんだった。

「どうしたんですか?こんな時間に」
「これ、お返しな」

そう言って差し出されたのはコンビニの袋。

「さすがに全員で金出しあうとスゲェ額になるから俺とか白河とかその辺から」
「あ、ありがとうございます」
「そこそこお前と付き合ってきたけど、好きなもの全然わかんねぇからさ。食えなかったら悪いな」

彼はそう言って笑った。
袋の中を覗けばコンビニスイーツのロールケーキといくつかのカロリーメイト。

「ちゃんと食べられます」
「そうか?ならよかったわ」
「なんか、わざわざすいません。お返し貰うためにあげたわけじゃないんすけど」

まぁ気にしねぇで貰っとけよ、と頭を撫でられた。

「それ、お返し用?」
「はい。名前書いてくれた人には返そうと思って」
「律儀だよなー…お前」

作るの嫌いじゃないので、と言えば彼は女だったらポイント高いよなと言われた。

「…男ですよ、残念ですけど」
「まぁ最近料理できる男子モテるし…お返しとか手作りするの尚更モテそうだよな。どんくらい貰った?」
「まぁ、二けた…ちょいくらいですけど」

それわかんねぇよって神谷さんは笑った。

「そうだ。鳴から伝言預かったんだけど」
「なんですか?」
「明日の朝。鳴の部屋に来いって」

お前なんかしたのか?って言われて俺は首を傾げる。

「心当たりはないですけど」
「まぁ、1人で来いって言ってたから、ちゃんと行けよ」
「はい」

じゃあおやすみ、と神谷さんが出て行って再び首を傾げる。

「…明日の朝1人で成宮さんの部屋?」

何かしただろうか。
なんも思い当たることがないけど…





「へぇ…材料ってこんなもんなんだ」
「まぁね」

久々に会った2番目の姉ちゃんが笑って、エプロンをこちらに差し出した。

「はい、じゃあ始めるよ」
「はーい」

調理実習の時以外着けないエプロンをつけて、キッチンに立った。

「それにしても鳴が手作りでお返ししたいって言うなんてねぇ」
「うるさいなー、もう。いいだろ、俺にも色々あんの!!」
「彼女?可愛いの?」

彼女じゃない、と答えればじゃあ片思いの相手?と言われ首を横に振る。

「別に好きじゃない」
「好きじゃないのに作るの?」
「好きじゃないけど、嫌いなわけでもないし」

意味わかんないって、姉ちゃんが首を傾げる。

俺もわかんない。
なんで俺がアイツのためにお返しを手作りしようとしてるのかとか。
なんで俺があんなこと言ったのかとか。
けど、本当に思っちゃったんだ。
コイツと結婚したら面白そうだなぁって。

「てか、そういうのいいから早く!!」
「わかってるわよ」

姉ちゃんに言われることを慣れない手つきでやっていれば、ただいまーと一番上の姉ちゃんの声が聞こえた。

「あれ?なにしてんのよ、鳴」
「ホワイトデーのお返し作るんだって」
「え?鳴が?うそ、返すことさえしなかったのに?手作り?」

うるさいなー、とそっぽを向けば何作ってんのよと姉ちゃんがキッチンに入ってくる。

「珍しいこともあるもんね。彼女?」
「違うんだって。しかも、好きな子でもないんだって」
「何それ」

そう言って姉ちゃんがクスクスと笑った。

「可愛いの?それとも、胸大きいとか?」
「可愛くねェし、胸もない。けど、料理は凄い美味い」
「バレンタイン何貰ったのよ」

チーズケーキとレモンケーキ、と言えば鳴が本命?と首を傾げた。
本命なはずがない。
野球部全員に配ってたし。

「違う」
「じゃあなんで作ってんの?わざわざ」
「アイツが料理できる奴がいいって言ったから」

やっぱり好きなんじゃないって言われて違うってばと言い返す。
好きなわけない。
今もムカつくことばっかりだし、基本的に話せば口喧嘩をして終わる。
まぁ、俺の態度が悪いのかもしれないけど…

「最近やっと嫌いじゃなくなった」
「そんな相手に作るの?」
「もう、そういうのいいから次どうすんの!?」

はいはい、と呆れたように2番目の姉ちゃんが次のやり方を教えてくれる。
長女は疑うような視線を俺に向けてから、ふっと笑みを浮かべた。

「今度会わせてよ、その子」
「嫌だ」
「楽しみにしてるね」

あーもう、聞いてねぇし!!
姉ちゃんって全然話聞かないよなって内心ため息を吐いた。





朝。
言われた通り成宮さんの部屋に来ていた。
ノックをして、ドアを開ければおはようと彼が笑った。

「あの…?」
「ほら、いいからこっち来い。で、座れ」
「…はぁ?」

言われるがまま小さなテーブルの前に座って、何かごそごそしてる成宮さんの背中を見つめる。

「あの、成宮さん…「ありがたく受け取れよ」え?」

差し出されたカップを受け取ればひんやりと冷たさが指に伝わる。
視線をそれに落とせば肌色の何か。
いや、何かというか…

「これって…プリン?」
「せいかーい」
「これ、手作りですか?」

そうだよ、と成宮さんは得意げに笑った。

「あ、これスプーン」
「ありがとうございます。…え?これ、俺に?」
「そうだよ。だからわざわざ呼んだんだろ。我ながら上手く出来たから、食ってみろって」

少し戸惑ってから、それを掬って口に運ぶ。

「…どう?」
「美味しいです」
「だろ?流石俺だなー」

あれ、このプリン手作りってことは…
昨日、外泊届を出したのはこれを作るため?

「成宮さん」
「ん?」
「なんでこれ、わざわざ…?」

成宮さんは俺の問いかけに目を瞬かせてから笑った。

「だって、お前言ったじゃん?人並みに料理出来れば嬉しいって」
「え?あ、バレンタインの時の…?」
「そうそう。まぁ、今回は姉ちゃんに教えて貰って作ったから料理できるってことにはなんねぇけど。教えられれば出来るって証明にはなるだろ?」

あの約束は、やっぱり消えていないらしい。
てか、わざわざそのためにお姉さんに教えてもらいに帰ったのか…

「…ありがとうございます。その、嬉しいです」
「あっそ。なら、よかったよ」
「けど…成宮さんは料理しないでください」

俺の言葉に彼は首を傾げる。

「あれ…やっぱり、美味くなかった?」
「プリンは美味しいです。成宮さんは結構器用だから、料理も憶えたら上手だと思いますよ。けど、成宮さん投手じゃないですか。ここではエースだし。今後、日本を代表する投手になるんでしょう?」
「なるけど、それがなに?」

そんな貴方が手を怪我したり火傷したら嫌ですから、と言って微笑めば目を丸くして彼は固まった。

「…あれ?成宮さん?」

固まった彼の顔が一気に紅く染まり、凄い勢いで俺の背を向けた。

「ば、馬鹿じゃねぇの!?」
「なんでですか?」

白い髪の下、真っ赤になった耳が見えて彼にバレないように頬を緩めた。

「……そういうの、ズルいと…思うんだけど。お前も、投手じゃん」
「まぁ、俺は投手もやりますけど本職ってわけじゃないので。成宮さんはこれから、その左腕で何億って稼ぐんでしょう?大事にしてくださいね」

けど、こうやって手作りのお返しがもらえるのは想像以上に嬉しいものだ。

「…じゃあ、やっぱり家事はお前の担当な」
「成宮さんにはさせられないので、それでいいですよ」
「けど、手伝い位は…する」

小さく成宮さんはそう呟いて、こちらを振り返り俯きながら俺の向かい側にすとんと座った。

「あと、ホワイトデーくらいは…作るから」
「……楽しみにしてます」

なんか、これ本当に結婚する流れになってないか?

プリンを口に運びながら内心苦笑を零す。
まぁ、それでもいいかなって思っちゃってる時点で俺も相当テンションがおかしくなっているのかもしれない。

「みょうじはさ、」
「はい?」
「子供何人がいい?」

…は?
子供?
つーかなに、その新婚みたいな会話…

「俺2人欲しいんだけど、男の子と女の子。あーけど、3人でもいいかも」
「…え、あの…」
「男同士だから産めないけどどうする?」

どうするって、何が?

「あの…30歳まで結婚する気…ないんですか?」

成宮さんはこちらを見て悪戯を成功させた子供のように笑った。

「内緒」
「え…ちょ、成宮さん……?」
「俺の手のことまで心配してくれるなんて、ホント良い相手に恵まれたなー。俺」

ニコニコと笑う彼に、俺は苦笑を零すしかなかった。
確実にこれは、どこかで選択肢を間違えた気がする。





「鳴とみょうじ何してんの?カルロス、本当に2人でいるのか?」
「昨日伝言頼まれたし、それは確か」

エースの部屋、というプレートがかけられた部屋の前。
俺と白河、樹の3人がいた。

「樹、ちょっと覗いてみて」
「え、俺ですか!?」
「喧嘩してたら止めねぇと」

恐る恐る中を覗いた樹が固まってから、ゆっくりとドアを閉めた。

「どうだった?」
「ローテーブル挟んで、話してるんですけど…」
「喧嘩はしてねェみたいだな」

安心したのも束の間だった。

「鳴さんが…」
「鳴が何?」
「子供は何人がいい?…て、なまえに…」

数秒の沈黙。
は?と俺と白河の声が重なった。

「え?それって、どういう…?」
「さ、さぁ…?俺が知りたい、です」
「…いやいやいや、聞き間違いだろ…」

もう1回確認するか?と白河が言えば沈黙が生まれ、皆視線を逸らした。

「そっとしといて、戻ろうぜ」
「…そうですね」
「触れたらいけない気がするな」



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