愚か者は共犯者


※グロテスクな表現及び、捏造設定を含みます。
苦手な方は読まないでください。


―――――………


夢だったらよかったんだ。

飛び散った鮮血も。
重い音をたてて地面に落ちた肉塊も。
赤い池の広がる地面も。
ぐちゃっと、音をたてる足音も。
鉄臭い鼻につく臭いも。
赤に濡れた手で頬を拭ったお前も。

全部、夢だったらよかったんだ。

目で、耳で、鼻で、肌で、感じてしまったこの異常な空間が夢なら、よかったんだ。

「…誰?」

大通りに車が通って、真っ暗だった路地に光が差した。
闇に飲み込まれて見えなかった彼の表情が見えた。

「あーぁ、いけない子だ」

ぐちゃ、ぐちゃっと足音がこちらに近付いてくる。
ヤバイ、逃げろって頭の中で警報が鳴り響くのに体はそこに縫い付けられたように動かなくなった。

「優等生の荒船が、夜遊び…かな?」

目の前で足を止めた彼が微笑んだ。
頬の赤色は先程拭ったからだろうか、薄く掠れていた。
真っ赤に汚れた手からはぽつりぽつりと雫が落ちて、地面に染みを作っていく。

「お、お前…なんで、こんなっ…」
「うん?知らない方が、いいんじゃない?」

妙な威圧感のある彼の言葉に俺は口を閉ざす。
それに満足したのか彼は俺から距離をとった。

「警察に駆け込みたければそうすればいいよ」
「え?」
「別に咎めやしない。これが法に触れることだとわかってやってるからね」

荒船の好きにすればいい。
彼はそう言って、血に濡れた手でポケットから何かを取り出した。

「けど、出来る限り早くここから立ち去ることをお勧めするよ」
「は、ちょ…」
「殺人犯にはなりたくないでしょ?」

取り出したそれは携帯のようだ。

「もしもし?はい、みょうじです。…終わりましたよ。え?目撃者?」

誰かと電話をしながら彼は此方を見た。

「………いませんよ。俺がそんなヘマするわけないじゃないですか。はい、じゃ後はお願いします」
「な、んで…目撃者って…」
「言ったろ?好きにすればいいんだよ」

自分の正義を貫いて行動すればいい。
彼はそう言い残して、俺の横を通り過ぎていった。
ぐちゃっと濡れた音のする足音に俺はぎゅっと目を閉じる。

なんなんだよ、これ…
現実なのか?

「来たよ、」
「え?」
「処理班。…ここにいたら、死ぬか、犯人になるけど。…どうする?」

彼は此方を振り返り、そう尋ねた。

「死、ぬ…?」
「その肉塊みたいになるの」
「い、やだ…」

そう、じゃあ行くよ。
彼の濡れた手が俺の腕を掴み、路地から出る。
すぐに別の路地に入れば、一台の車があの路地の前に止まった。
それを見つめた彼は俺の腕を離した。

「ほらさっさと帰りな」
「お、お前は…?」
「着替えてから帰る。…また明日な」

彼はそう俺に伝えて、暗い路地の先へと入っていた。

また明日…?
明日、アイツは普通の顔して現れるのか?

やっぱり夢だったんじゃないか。
そんな現実逃避を自分の腕に付いた血がさせてはくれなかった。





「おはよう。凄い隈出来てるよ」

次の日彼は何食わぬ顔で俺にそう話しかけた。
誰もいない早朝の教室。
彼はいつもと変わらぬ彼だった。

「どうして、行かなかったの?警察に」

咎めているわけではない。
多分、純粋な興味で彼は俺に尋ねている。

「知りてぇことが…たくさんあるから」
「…知らない方が荒船のためだって、わからない?」
「俺のためってどういうことだよ。知ったら殺されるのか?だったら、昨日の時点で…」

俺は殺されてただろ。
お前に。

彼は笑った。
何が楽しいのか口を隠してクスクスと笑う。

「そういうことを言ってるんじゃないよ」
「だったらっ!!」
「記憶を消す方法はもう、あるだろ?別に知られたらヤバイ情報を知られたとしても消せばいいんだよ」

お前らがしてるようにね、と彼は机に手をついて、俺の制服のポケットをとんとんと叩いた。
ポケットにはトリガーが入っていて、それを彼の指が叩く。
至近距離で視線が交わり、彼は目を細める。

「な、んで…それを…」

記憶を消せることは一般人には秘密にされている。
じゃあ、なぜ彼は知ってる?
ボーダーでもない、彼が…どうして。

「頭の良い、荒船になら…わかるんじゃない?俺がボーダーの秘密を知っている理由。そして、人を殺していて、誰かに処理を頼んでいて、あんなに派手に殺してるのに事件にもならない理由。それから、何食わぬ顔で学校に…このボーダーとの提携校にいる理由。…ねぇ、なんでだと思う?」
「お前、まさか…」

ボーダーに、と言いかけたところで彼は満足そうに笑い、俺の口の前に人差し指を立てた。

「だから言ったろ?知らない方がいいって」
「嘘、だろ…」

ボーダーに頼まれて人を殺したのか?
じゃあ、あの処理班もボーダー…?
…事件を揉み消してるのも…

「お前は、一般人だろ…?なんで、お前が…」
「一般人じゃないよ。殺人犯」
「ボーダーに頼まれる前は一般人だったはずだ」

違うよ、彼はそう答えた。
違う…?
違うって、どういう…

「ボーダーと契約する前に、人を殺した」
「え?」
「4年前の侵攻の日。俺は両親をこの手で殺した」

##NAME!##の両親は侵攻で死んだんじゃなかったのか?
彼が、殺した…?

「交換条件だよ。俺が親を殺したことを隠してやる換わりに、ボーダーの裏の仕事を引き受けろってね。別に隠してほしかったわけじゃないんだけどさ」

俺が断れば他の綺麗な人間にその役が回るのだと思ったら、頷いてた。

「一度汚れたら、もう関係ない。一人を殺せば、二人も百人も関係ないからね」
「…お前は、なんでそんな普通の顔してんだよ。人を、人を殺したんだぞ!?」
「どんな顔、してほしいの?」

彼はそう言って自分の顔を手で覆った。

「笑えばいい?泣けばいい?怒ればいい?嘆けばいい?ね、教えてよ」
「教えてって…」
「今更、人を殺して表情なんて変えてらんないよ。そんなことしてたら、俺が破綻する」

荒船はネイバーを倒すとき、どんな顔するの?
模擬戦で仲間を倒すとき、どんな顔するの?

「毎回、傷付く?毎回、苦しむ?そんなことしてないだろ?もう、慣れてるでしょ?」
「っ、そ…れは…」
「おんなじだよ。相手が死ぬか死なないか。問題はそこだけ」

彼の人差し指が躊躇いがちに俺の頬に触れた。

「そんな、苦しそうな顔しないでよ 」
「だって…みょうじ、おまえ…」
「うん?」

お前がそんなに優しい顔して笑うから。
だから、俺はどんな顔すればいいかわからなくて。
けど、どうしようもなく泣きたくなった。

「なんで…お前なんだよ」
「俺が道を踏み外したから」
「…なんで、夢じゃなかったんだよ」

あんな光景もこんなことも。
全部夢だったらよかったのに。

「夢に、してあげようか?」

頬に触れていた指がそっと俺から離れ、微笑んだ。

「言ったろ?知らない方がいいって」
「それは…」
「忘れさせて、あげるよ。全部…夢にしてあげる」

忘れてしまいたかった。
夢にしてしまいたかった。
けど、忘れちゃいけない。

「みょうじ、」
「ん?」
「忘れない。俺は、俺だけは…」

お前が、一人で闘ってることを知っていなくちゃいけない。
そうしなければ彼は誰にも知られずに闘い続け、挙げ句誰にも知られずに消えてしまう。
そんな気がした。
けどそんなこと、絶対にダメなんだ。
誰かが知っててくれないと、人は存在していられないから。

「忘れたく、ない。だから、消すな」
「…苦しいのに?」
「お前の苦しみに比べりゃそうでもねぇよ」

彼は目を瞬かせてから笑った。

「優等生なのに、悪い子だ」
「…お前に比べりゃ…いい子だろ」
「そうだね。けど、共犯者だよ?」

もう、それでもいい。
どうしてかそう思ってしまった。

「上等だ」

愚かな選択だ。
それでも、彼を忘れたくなかった。
彼を知っていたかった。

「辛くなったら、俺のとこ来い。…泣き言の1つくらい言ったっていいだろ?」
「優しいね」
「別に、」

この感情が形を変えていくまで、そう時間がかからないことをこの時の俺は知るはずもなかった。



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