悪役ヒーロー


「みょうじ。C級隊員を脅したという報告が入っているが…本当か?」

それは深夜の任務を終えた諏訪隊と話をしていた時だった。
険しい顔をした本部長に呼び止められて、そう尋ねられた。

ざわっと、空気が動いたのを肌で感じて。
その場にいた諏訪さんや堤達が目を丸くしていた。

C級隊員を脅した。
心当たりが全くないわけではなかった。

まだはっきりと覚えている。
ほんの数時間前の出来事だ。

現在入ってくるC級隊員の多くは中高生で。
面白半分だったり、真面目にだったり、入ってくる動機は人それぞれあるだろう。
その動機に対して俺はあーだこーだと文句をいうつもりはない。
かく言う俺も、そこまで真っ当で真面目な理由でボーダーには入っていない。
まぁ、今はそんなことどうでもいい。

問題なのは入った後のことだ。
真面目な理由で入った奴というのは全員ではないがやっぱり、入ってからも真面目な奴が多い。
コツコツ努力をして、ポイントを稼ぐなり、順位を上げるなり。
それ相応の努力の上に、実力をつけていく。
反対に、真面目な理由で入っていない奴は入ってから怠ける奴が多い。
勿論、全員がそうだとは言わない。
興味本意で入ってA級にまで上り詰めちまう奴だって当然いる。
そういう奴は絶対的な才能を持っていたか、もしくは真面目に努力をしたかの2択だろう。
結局、上に行く奴は努力ってものをしなくちゃならねェ。
絶対的な才能を持っていたとしても、元々平和な国と謳う日本で生きていたのだから戦い方は知らない。
そういう事を学ばなければやはり、どんなに才能があったところで宝の持ち腐れだ。

そしてこのボーダーという組織は学校よりもはっきりと格差、階級というものが現れる。
それは、どれだけの努力をしたのかを顕著に表しているだろう。

だが、その格差を努力の結果だと受け入れられる中高生が一体どれだけいるだろうか?

「どうなんだ、みょうじ。事実を確認したい」

大人よりも子供というのは恨みやら妬みを心に形成しやすい。
それはちょっとしたきっかけで人に派生し、蔓延し、そして感情の殻を破り表へ出てくる。
それは行動で、言葉で、暴力で…そう、所謂いじめという新たな名前を付けられて人の目に映ることとなる。

自らが努力を怠ったことを棚に上げ、努力をしてきた人を責め立てる。
努力した奴が報われねぇなんて、そんなのあっていいのか?
いや、あっちゃいけねぇだろ。
だから俺は、あの時。
いじめの現場を目撃してしまったから、行動した。

声をかければ、いじめていた数人の男子学生はすぐにヤバいという顔をした。
いじめられていた少年にただ、ちょっと喧嘩してただけだよななんて見え見えな嘘を吐いて同意をその少年に求めた。
だが、その少年は既に結構酷い怪我をしていてそれに反応することはなかった。

「…間違いないっす」

どうして大人な対応をしなかったんだと、誰かが言うかもしれない。
けどあの時とるべき行動は大人な行動、ではなかったと俺は思っている。
次をやらせないための恐怖が、必要だった。

「みょうじ!!?」

人が一番学習するときはいつか。
それは、自分の身に死が迫った時だ。
死だけは唯一人間に次がないものだから。
だから、俺はいじめをしていたC級隊員に銃を突き付けた。

「…本当に言っているのか?」

忍田さんは俺を真っ直ぐと見つめた。

「だから間違いないです」

自分の行動が正しいかと言われれば、正直それになんの迷いもなく頷くことはできない。
けど、間違っていたのかと聞かれたら、俺は迷いもなく首を横に振る。
あの時とるべき行動は大人の対応、つまり口頭に於ける注意ではない。
それはきっといじめを悪化させるだけだ。

「…そうか」
「減俸だろうが、謹慎だろうが、隊員としての権利剥奪だろうが…何だって甘受しますよ」

あのいじめられていた少年を俺は何度か話に聞き見たことがあった。
才能があるわけじゃない。
だが、自分の弱さを知り絶え間ない努力で着々と順位を上げている。
そういう奴はきっと、強くなる。
だから助けることに、あの行動をとることに俺はなんの躊躇いもなかった。

「……みょうじ」
「はい」
「2週間の謹慎処分を言い渡す」

了解です、と返事をして隣にいる諏訪さんに視線を向ける。

「すいません、諏訪さん。そういうわけだから麻雀の約束はまた今度」
「そういうわけだって、どういうわけだよ!?ちゃんと理由を説明してくんねぇとこっちは納得できねぇぞ」
「説明も糞もないよ。C級隊員を俺が脅した。ただそれだけ」

だから、その理由を聞いてんだろと諏訪さんがが声を荒げた。

「悪い、堤。諏訪さんのこと頼むわ」

堤さんにそうお願いし、不安そうに俺を見上げる笹森の頭をかき混ぜた。
そして彼らに背を向けて歩き出した。

これからトリオン機能の衰えていく俺と、未来のある少年。
天秤にかけて、重たかったのはあの少年だった。
だた、それだけのことだ。

「おい、」
「ん?」

本部から出ようと通路を歩いていた俺を呼び止めた荒船に視線を向ける。

「なに?」

何か、彼は言おうとした。
だがすぐに口を閉ざし、小さく息を吐いて新たな言葉を吐き出した。

「説明すりゃよかったんじゃねぇの」
「何のこと?」

俺がそう言って微笑めば荒船は眉を寄せた。
気に入らないと、顔に書いてあって俺はクツクツと喉で笑う。

「言うなよ、荒船」
「…アンタって時々スゲェたちが悪いよな」

荒船の言葉に俺は肩をすくめる。

「年下に説教される感じ?これから」
「怒っても意味ねぇだろ。アンタは昔から何も変わっちゃいない」
「変わらないよ、これからも。俺は俺が間違っていないと思うことをするだけだから」

正しいとは言わないんだな、と彼は言う。

「正しさじゃきっと何も救えない」
「…そりゃそうかもしんねぇけど」
「ほら、悪役ヒーローも世の中には必要だろ?」

俺の言葉に彼はやはり溜息をついたのだった。





諏訪さんの様子はあの日から悪化の一途を辿っていた。
まぁ、そりゃそうかもな。
諏訪さんはみょうじさんのことをとても気に入っていたから。

本部長の報告だけ聞けばみょうじさんはただの悪役だ。
理由もなくC級を脅したから。
けど、その裏にいじめを止める…本当の意味で止めさせることに目的があったとすれば彼の言うように悪役ヒーローになるのかもしれない。
彼は昔からヒーローにはどうやったってなれない。
なる気もないのかもしれない。
それでも、悪役には決してならない。

「あ、荒船先輩!!」
「どうした?」

訓練場で俺に声をかけてきたのは件のいじめられていた少年だった。
顔には痛々しいガーゼがあるが、それでも元気になったようだ。

「この間はありがとうございました」
「俺は偶然通りかかっただけだ」

そう、本当に通りかかっただけだった。
壁に凭れてぐったりとする彼と、泣きそうな顔をするC級隊員にみょうじさんが銃を突き付けているその場面に。
まぁ、それを見てすぐに状況は理解した。
いじめていた側の奴らの内リーダー格の奴は本部長に脅されたと報告に行った様だが残りの2人は心を入れ替えたのだろう。
彼に謝罪の言葉を述べて、和解した後訓練に励んでいた。

「あの時助けてくれた人にもお礼を言いたいんですけど…」
「あの人は今…長期の任務で本部を離れてる。2週間もすれば帰って来るだろうから、そしたら連れてきてやる」
「よ、よろしくお願します」

彼は頭を下げて、和解したばかりの友人たちの元へ駆け寄った。

まぁ問題は彼らではなく諏訪さんだろう。
俺は帽子の鍔を引き下げて、彼がいるであろう喫煙室に向かった。

正直放っておいても良いが、今週末に諏訪隊と共に防衛任務がある。
今のままの彼と仕事をするのはいつも以上に嫌だった。

白い煙の漂う喫煙室の椅子に諏訪さんは腰かけて、不機嫌そうな顔で分厚い本を読んでいた。
他に人がいないのを確認して中に入るが、彼は顔を上げなかった。
気付いていないのか、無視してるのか。
まぁどっちでもいいか。

「この間、C級スナイパー内で問題が起きた」

入り口近くの壁に背をあててそう、口を開けば彼の肩は僅かに動いた。

「仲の良かった4人組がいてな。そのうちの1人は周りの奴より努力家で毎日訓練室にいた。言わずもがな、練習量に比例してそいつの成績はぐんぐん伸びてた」

反応はないが、おそらく聞いている。
俺は溜息をついて言葉を続けた。

「仲の良かった友人たちはその成績に嫉妬でもしたんだろう。最初は小さな燻りが大きくなって、いじめに発展した。まぁ、いじめられてる側はそんな素振り見せずに練習に励んでいたけどな。…そのいじめが暴力にまで発展して、それを…あの人が目撃しちまった」

運悪く、いや…運良く?
どっちかわからないけど。

「それであの人は自分が間違っていない、と思う行動をした。表面上の制止じゃなく…本当にそれを終わらせるために。…その行動が正しくねぇってことはあの人が一番わかってる。それでも、助けたかったんだろうな。いじめられてるそいつを」

パタンと本が閉じられた。

「正しさじゃ何も救えない。だからあの人は悪役を引き受けて正しくないことをしながら救えるものを救う。あの人に言わせりゃ、悪役ヒーローだそうだ」

乱暴に彼は煙草を灰皿に擦り付けた。

「サンキュ、荒船」
「…お礼はきっちりくれよ?言うなって言ったあの人との約束破ってんだから」
「何か奢ってやる」

喫煙室を飛び出していった彼の向かう先は言わずもがな、彼の家だろう。
きっと俺も彼に怒られるだろうなと思いながら喫煙室を出る。

「いや、怒らないか…あの人なら」

俺なら諏訪さんに話してしまうと、彼はわかっていたのかもしれない。
みょうじという人間は相当食えない人だから。





けたたましいほどに家のチャイムを鳴らされて、その相手が誰かなんて確認しなくても分かった。

「やっぱり、荒船は言うと思ってた」

本を閉じて、玄関の鍵を開ける。
ドアを開ければ案の定彼の姿があって、久々に吸っていた煙草の煙を彼の顔に向けて吐き出した。

「うるせぇよ、諏訪さん。まぁ、そろそろ来ると思ってたけどね。近所迷惑」
「周りに誰も住んでねぇだろ」

まぁ、確かに。
ここは立ち入り禁止区域内だ。

「何の用?」
「言わなくても分かんだろ?お前…本当に馬鹿だろ!!俺がどれだけ心配したと思ってんだよ」
「馬鹿な事なんて1つもないよ。俺は何も間違ってない」

一瞬、彼の顔が歪んだ。
泣き出しそうな、悔しそうなそんな表情。
けどそれはすぐに崩れ、呆れたように大きく溜息をついた。

「あれじゃ、お前ただの悪役だ」
「いいんだよ、それで」
「良くねぇだろ?お前の評判とか、そういうのも」

興味ないって、と俺は笑う。

「評判だとか世間体だとか自分の未来だとか興味ない。そんなものより大事なものを優先した。ただそれだけ」
「…本当に辞めさせられたらどうする気だよ」
「大学卒業して、就職して終わり」

大学も提携校には行っていないのはそういう未来も想定してのことだった。

「あー…ホント、ふざけんな。馬鹿みょうじ」
「ごめんって」
「………本当に、なんも言わずにいなくなんなよ」

荒船が知ってて俺が知らねェとか、と小さく呟いた彼に俺は笑った。

「可愛いね。嫉妬?」
「だったらなんだってんだよ。恋人に隠し事されて、それを他の奴が知ってて普通でいられるほど俺は大人じゃねぇぞ」
「荒船には現場を目撃されただけ。諏訪さんに隠してたのは、俺のために必死になる姿が見たかったからかな」

項垂れる彼の髪に口づけて笑う。

「冗談だから、そんな怒った顔しないで。謝罪代わりになんでもしてあげるから」
「…夜、また来るから」
「了解。夕飯作っておく。任務頑張って」

麻雀の約束も忘れんなよ、と諏訪さんは言って俺に背を向けた。
だが、何を思ったのかくるりともう一度こちらを見た。

「どうしたの?」

首を傾げれば俺が咥えた煙草を奪って、触れるだけの口づけをした。

「貰ってくぜ」

ニヤリと笑った彼は俺の煙草を咥えて歩いて行った。

「本当に可愛い人」

真っ赤になったその耳を見ながらくつくつと笑った。



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