Will you be my Valentine?


バレンタイン。
女の子が好きな男の子にチョコを贈る日。

「…チョコ嫌いな奴にはただの拷問の日だっつーの」

本部のラウンジに充満するチョコの香りに眉を寄せて、溜息をつく。
仕方ねぇなとソファから腰を上げて、チョコの香りのしない喫煙室へと避難した。
中にある椅子に腰かけて、任務の時間までの暇つぶし用にと持ってきていた小説を開いた。
曇りガラスに囲まれたここなら、外から見つかることもないし女の子に声をかけられることもない。
貰ってください、と差し出されるものを断るのは正直結構キツイ。

煙草を吸える年齢ではないから、これは見つかったら多分怒られるだろうなと思いながらそこから移動する気は全く起きず。
活字の海に意識を沈めていった。

ギィとドアが開く音がして、あぁヤバい人が来たなとぼんやりと考えた。
だが小説は今終盤で、正直顔を上げるのが億劫だった。

「…吸うぞ、煙草」
「あーはい、どうぞ」

一応書けてくれた声に適当に返事をして。
あれさっきの声どこかで聞いたことがあるような、と考えながらも意識が本から外れることはなかった。
クライマックスまで読み終えて、長ったらしいあとがきに目を通す。
終盤はよかったのだが、一番最後がどうにもしっくりこなくてこれは失敗だったなと本を閉じた。
気付けば喫煙室には紫煙が漂っており、確か誰かが途中で来ていたなと顔を上げる。

「あれ、諏訪先輩?」
「やっと気づいたのかよ、お前」

呆れた顔でそう言った彼は読んでいた推理小説から顔を上げた。

「一応声かけたぞ」
「返事はした気がします。あぁ、あの声諏訪先輩のだったんですね」
「たく、高校生がなんでこんなとこいんだよ。ドア開けてマジでビビったぞ」

すいません、チョコがダメでと苦笑を零せば彼は首を傾げた。

「あぁ、今日バレンタインだったか」
「はい。チョコ食べるのも匂いもダメなんで、逃げてきました。匂いの上書きってことで」
「確かに煙草の匂いにゃ負けるけど。未成年が煙草の匂いさせてるってどうなんだよ」

いいんじゃないっすか、別にと俺は笑う。

「恋人が年上で煙草吸ってるんですから。これなら、女の子から断るのもより楽になって助かります」
「あっそ、」

随分と長く本を読んでいたが深夜の防衛任務の為、まだまだ時間がある。

「つーか、チョコ駄目なら今日は大人しく帰ってろよ」
「深夜の防衛任務なんですよ」
「あー、そういやそうか」

諏訪先輩は腕時計を一瞥してから、紫煙を俺のいない方へ吐き出した。

「苦労すんな、お前モテるし」
「嬉しくないですよ、別に」
「勿体ねェ奴」

甘ったるい味よりも、俺は舌を痺れさせる苦みが好きだ。

「諏訪先輩」
「んだよ」
「Wiill you be my Valentine?」

俺の言葉に彼は目を瞬かせた。

「あれ、知らないですか?残念だなぁ」
「は?」

諏訪先輩なら知ってそうなものだけど。

「携帯で調べていいですよ」
「普通に意味言えよ」
「つまんないですもん、それじゃ」

諏訪先輩は渋々携帯を出して、それを調べ始める。
そして眉に寄せていた皺が消えて、耳まで真っ赤に染まった。

「おまっ…ホント、馬鹿だろ…」
「可愛いですね、そういう反応は」
「あーくそ、お前が年下なのが気に入らねェよ」

顔を隠して俯いた諏訪先輩に俺はクスクスと笑う。
チョコは嫌いだけど、こういう反応を見られるならバレンタインもまぁ悪くない。

「まぁ、んなこと言っても今日は一緒に過ごせないんですけど」
「あー、ホントお前。つかこれWill you beってなってねぇ前提だろ」
「いいじゃないですか、折角のValentine限定のセリフなんですから。で、返事は?」

最後に首を傾げて彼を見つめれば真っ赤な顔して、小さな声でYesと答えた。

「嬉しいです」
「ニヤけんな、馬鹿みょうじ」
「無茶言わんでくださいよ。恋人にんなこと言われて平然とはしてられないんで」

斜め向かいに座る彼の横に移動して、彼の煙草を奪う。

「ちょ、おい!?」
「愛してますよ、洸太郎さん」

彼の唇を重ねて、すぐに離れる。
ディープキスなんて、流石にこんな場所じゃできないし。

「…あんま煽んなよ…今日一緒に過ごせねェって言ったのお前だろ」
「我慢できなかったので、つい。諏訪先輩、明日の予定は?」
「お前と入れ替わりで防衛任務」

昼の任務なら、夜は空いているのか。

「夜、家行ってもいいですか?」
「…おう、…つーか煙草返せ」
「あ、忘れてました」

そう言って彼に煙草を返して、彼の横に腰を下ろす。

「他の奴から…貰うなよ」

諏訪先輩が顔を背けながら、俺の小指に小指を絡ませた。

「貰わないですよ。チョコも、それ以外も。俺は諏訪先輩がいれば他はなんもいらないですから」
「恥ずかしい奴」
「諏訪先輩も貰わないでくださいね。あー、小佐野ぐらいなら許します」

アイツも俺には渡さねぇよと彼は言った。

「俺に恋人いるって…隊の奴ら知ってるし」
「俺だとは思ってないでしょうけどね」
「誰も思わねぇだろ。まず、俺とお前が知り合いだってこと知らねェ奴の方が多い」

出会ったのは俺が高1で諏訪先輩が高3の時。
図書室から屋上へと行ける外階段でだった。
諏訪先輩は煙草を吸うため、俺は静かな所で1人になるためそこを使っていた。
時々そこで会うことがあったのだ。
外階段への鍵は中からかけられるようになっていたが壊れていたために鍵をかけられても外から中に入れた。
図書室には施錠義務があったけど、俺と諏訪先輩は図書委員でお互い施錠係だったため図書室の合鍵を持っていた。
本当に偶然が引き起こした出会いだった。
付き合い始めたのはその少しあとで、ボーダーに入った時には恋人になって随分と経っていた。
時々言葉は交わしたが、人がいるところで話すよりお互いの家で2人で話す方が良いとお互いに思ったためボーダーで関わることは滅多になかった。

「懐かしいですね、諏訪先輩と過ごしたあの図書室の外階段」
「あそこまだ鍵壊れてんのか?」
「まだ壊れてますよ。俺はまだお世話になってますけどね」

そう言って頬を緩めれば頼むからちゃんと大学には入ってくれよと彼は言った。

「諏訪先輩と同じとこ、もう推薦貰えるんで」
「ボーダーで?」
「いえ、成績で」

マジで?と首を傾げた彼にはいと頬を緩めた。

「これでも成績は良いんですよ」
「まぁ、馬鹿には見えねェけど。え、てっきり受験すると思ってた」
「俺もそのつもりでしたけど、くれるって言うんで有難くいただきました。またよろしくお願いしますね」

諏訪先輩は嬉しそうに笑って、おうと答えてくれた。

「あー、あれだな」
「なんですか?」
「大学生になったら一緒に住んじまうか?」

目を逸らしながら言った彼の頬は真っ赤に染まっていて、絡めた小指が少し震えていた。

「喜んで」
「…今度新しい部屋、探しに行くか」
「そうですね」

照れくさそうな彼は俺の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、煙草を灰皿に落とした。

「キスしてぇ」
「今日は一緒に過ごせないから嫌なんじゃなかったですか?」
「そうだけど、いいだろ。折角のバレンタインなわけだしな?」

首に腕を絡めて煽るように笑った彼に俺は微笑んだ。
自分の着ていた学ランを脱いで、彼の頭から覆い隠す。
目を瞬かせた彼に、俺は目を細めて唇を重ねた。

「んっ」

舌を差し入れて、彼の舌を絡め取れば煙草の苦みが舌を刺激する。
甘ったるいお菓子よりも、よっぽど俺はこれの方が好きだった。

「ぁ、んっみょうじ,」

キスの合間に俺の名前を呼んだ彼の頬を撫でて、そっと唇を離す。
少し唾液に濡れた唇を舌先でなぞり、触れるだけのキスをして微笑んだ。

「続きは、また明日。…一緒に住んだら、いつでもキスし放題ですね」
「キスで終わるとは思えねェな」
「諏訪先輩が煽らなければ我慢しますね、俺」

それ無理だわと彼は笑って俺に抱き着いた。

「Will you be my Valentine?」
「Certainly,with pleasure」
「ま、それ以外の答えは認めねぇけどな」

それ以外の答えは持ち合わせてないですよ、と言えば当然だろと彼は笑った。


Will you be my Valentine?
―私の特別な人になってくれますか?

Certainly,with pleasure.
―勿論、喜んで





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