特別



「ごめんね、焦凍」

俺を撫でてくれた優しい手を 俺はまだ覚えてる。

「特別になったら、会いに来るから」
「とくべつ…?」
「それまで、頑張って。辛くても、絶対に」

2歳年上の兄のような人だった。
近所に住んでいた 所謂幼馴染。
優しくて 頼りになる 泣いてる俺をいつも慰めて側にいてくれた人。
仮免に落ちた俺が見た夢に、彼が出てきた。
改めて思い出す、彼の残した一方的な約束を。
だが、それでも待ち続けている。
彼は忘れてしまっているのだろうか。

「特別って…なんだ…」

自分の左手を見つめ、握り締める。
彼は今、何をしているんだろうか。
今の俺を見て、なんと言うんだろうか。
俺の過去が招いた 敗北。
受け入れはしているが、やはり くるものはあった。

「ありゃ、もう終わっちゃいました?」

体育館γ。
通形先輩に一瞬でクラスメイトがのされた中、どこか気の抜けた声が後ろから聞こえた。
なんの気配もなかった、と振り返れば 黒いパーカーのフードと黒いマスクで顔を隠した男が立っていた。

「お前、」
「ご無沙汰してます、イレイザーヘッド。いやー、俺いらなかったですね」
「返事がなかったから、来ないものだと」

あれ、しませんでしたっけ、と彼は首を傾げた。
誰だ、この人と彼を見つめていればその視線に気付いたのか こちらを向いた。
黒いマスクが口を隠したまま、こちらを見つめる目は僅かばかり細められる。

「焦凍は、行かないの?ミリオと戦いに」
「俺は仮免取ってないんで…」
「あ、そうなんだ」

名前、なんで。

「お前、どうにかしてくれ。収拾付かん」
「いいじゃないですか、ミリオは言いたいこと言ってますし。本来伝えたかったことは、そこなのでは?」
「そうだが。この騒がしさは、」

まぁ、確かに盛り上がっていますね と彼は笑ってトントンと足先で地面を叩いた。
瞬間、全員の口を塞いだ 黒い何か。

「お終いの時間だ、ミリオ」

口を塞がれたまま何か訴える彼に 隣に立つ男は気にした様子はない。

「静かにできるね?」

こくこくと皆が頷けば その黒い何かは体を這いながら 彼の方へ集まっていく。

「なまえじゃないか!どうしたのさ!」
「俺も呼ばれてたから来たんだよ。間に合わなかったようだけど」
「インターン先から直?着替えもしてないじゃないか」

今休憩中なんだよ、と彼はフードを外した。

「あー、失礼。急に個性をかけて悪かったね。3年のみょうじなまえ。ミリオ達と共にインターンのことを話す予定だったんだけど、もう不要のようだからこのまま失礼するよ」
「彼ね!体育祭とかでは目立たないようにしてるけど、授業では3年間負けなしなんだよ!もう、最強!!」

通形先輩の言葉に クラスが騒めいた。

「それでも、No.1に一番近いのはミリオだ」
「それはなまえがアングラ系を目指してるからじゃないか!表に出れば間違いなく君がそう言われていたはずだ」
「やめてくれ。そういうキャラじゃないんだから」

とりあえず静かになったしいいですか、と彼は先生の方を振り返る。

「お前も話しておけ」
「え、あー…」

彼はマスクを外す。
口の端から頬にかけての大きな傷が目に付いた。

「インターンは、確かに成長するのにはいい場所だ。ミリオ達はそこで確実に強くなった。が、迷うなら やめておけ」

頬の傷を彼が指先でなぞる。

「これはインターンで負った傷だ。これでも治った方だけどね、元はもっと酷かった。わかるかい?恐くてもやるべき、ではあるが 覚悟はしていくことだ。本当に手に入れたいものが何か見極めて 道を選ぶといい」
「あ、の…どうしてそんな傷を…」

手を挙げて聞いたのは 上鳴だった。

「これ?口の中に刀を突っ込まれて 斬り裂かれた。あとは、口の中で 銃を撃たれた傷」
「っ!?」
「俺の場合は特殊かもしれないけど。そういう世界に、飛び込むんだ。別に、今すぐいく必要だってない。1年 しっかりと力をつけて、来年からでも遅くない。基礎なしに現場に出るのは 危険だからね」

だが、それでも。
行きたいというのなら 力を貸そう 彼はそう言って微笑んだ。
その微笑みが 夢と重なる。

「危険とわかっていながら、譲れないものがあるのなら。今すぐ、力が欲しいのなら。迷わず進め」

こんなんでいいですかね、と彼はマスクをつけ直しながらこちらを振り返った。

「あの!みょうじ先輩」

今度は切島が手を挙げた。

「どうして、みょうじ先輩は そんな傷を負っても インターンを続けるんですか」
「特別になる為だ」
「特別?」

マスクをした彼は もう二度手を離さない為に と自分の掌を見つめ握りしめる。

「この傷を負った事よりも、後悔してることがある。俺の弱さで手放してしまった 救いを求める手がある。もう2度そんな後悔をしない為に、もう2度救いを求める手を 離さない為に。俺はこの体がどんなに傷付こうとも 特別な存在になる。その特別の答えが、ヒーローだっただけだ」

相澤先生が教室に戻れと声をかけ、みんなが 教室に戻っていく中 俺の足は縫い付けられたように動かない。

みょうじなまえ。
特別になる。
あの、優しい笑顔。

「轟?」

相澤先生が 俺の方を見た。
戻らないのか、という言葉に 先生の向こう側で 彼は目を細めた。

「焦凍、」
「…なまえ」
「ん!?」

先生が俺と彼を交互に見た。

「待たせてごめんな、焦凍。やっと胸張って、お前に会えそうだ」
「あ!もしかして この子がなまえの原動力!?」
「ミリオ、地味に恥ずかしいから 言うな」

彼はこちらに歩いてきて、俺の左手をそっと握り締めた。

「手を離してごめんな。助けてあげられなくて、ごめんな。…随分と時間がかかっちゃったし…その間に随分と 大きくなっちゃって」
「なまえ、」

大きな手が頭を撫でた。
変わらない、優しい手。
だが、沢山の傷跡が刻まれた手。

「ただいま、焦凍」
「…遅ぇ、」
「そりゃ、確かに」

なるほどな、と相澤先生が頷く。

「それでわざわざインターンから直行で来たわけか」
「いや、恥ずいから改めて言わんで下さいって、イレイザーヘッド 」
「合理的じゃないな。会いたいなら さっさと来ればよかったものを」

覚えてると思わないじゃないですか、となまえは項垂れる。

「さっき言った通り 後悔しかないし。てか、裏切っただけっつーか?うん、嫌われてるだろうなぁとしか」
「相変わらずのヘタレだな、戦闘絡んでないと。いつもカッコつけてる方がいいぞ、お前」
「言わんで下さい」

イレイザーヘッドがそれ言うせいで、現場で皆に同じいじりをされるんですからと彼は言った。

「なんで、俺を…置いていったんだ」
「え?あぁ…うーん、もう言ってもいいのかな?…エンデヴァーに言われたんだ。お前は焦凍に相応しくないって。焦凍は特別なんだって」

やっぱり、あのクソ親父か。

「けど、もう文句は言わせないよ。あの人には認めさせた」
「認めさせたって、どうやって…」
「エンデヴァーさんが今一番チームアップ依頼を送るのは、そいつだ」

相澤先生の言葉に俺は言葉を失う。
あのクソ親父が、チームアップ依頼を?
自分が 突き放した相手に?

「言ったろ?胸張ってお前に会えるって」

1番になることよりもエンデヴァー口説き落とす方が時間かかったんだけど、と彼はマスクの下で多分笑ってた。

「そういうわけだよ、焦凍。何に躓いて仮免落ちたか知らないけど 今度は俺が待ってるから。一緒にヒーローやろう」
「アングラ系とじゃ無理だろ」
「げ、そんなこと言わないで イレイザーヘッド 。なんだかんだエンデヴァーとやってるひ。俺目立つの嫌いなんですって。この顔だし」

ちゃんと治して貰えばよかっただろ、と言われ彼は目を逸らした。

「アングラに逃げる為に婆さんに 傷跡残させたんだろ」
「なんで知ってるんですか、」
「なまえ…」

大事な傷だからそんな目で見ないで、となまえは眉をハの字にさせる。

「これは、俺の弱さの証だから。守れなかった 自分の弱さを忘れない為の。だから、このままでいいんです。てか、ちゃんと焦凍にカッコつけさせて下さいよ」
「お前、そんなキャラじゃないだろ」
「そうですけど!?」

かっこいいよ、と言えば彼は ピタリと動きを止めた。
親父に言われて 反発した人なんか 今までいただろうか。
真っ向から食らいついた人なんて、いただろうか。

「…待ってて、よかった」

俺の言葉に彼は目を瞬かせて、優しく目を細めた。

「待たせてごめんね、もう この手を離したりしないから」
「ねぇねぇ、それって告白?告白っていうんだよね!?」
「ねじれちゃんストップ。違うからね?」

違うのか、なんて俺の呟けば なまえはピタリと動きを止めた。

「……そう、か。俺はそういうことかと…」
「待て、焦凍。いや、待たなくていいのか?あーもう、とりあえず。そういうのはまた今度」

本当に勘弁してくれ、と項垂れた彼の耳が赤く染まってて 少しだけ頬が緩む。

「わかった。待ってる」
「え?!いや…まぁ…、待っててくれていいよ」

こんな予定じゃなかったのに、と彼は言いながら フードを被る。

「そろそろ戻ります。先輩が怒るんで…」
「よく抜けてこれたな」
「事前に何度も言っといたんで。じゃ、またな焦凍」

大きな手は俺の頭を撫でて 彼は背を向けた。

「なまえ、」
「ん?」
「ちゃんと、追いつく」

待ってる、と 彼はわざわざマスクを外して 笑った。



戻る






TOP