Valentine


「何してんの」

消灯時間過ぎ。
喉が渇いて1階に降りれば、何故が女子が全員キッチンにいた。
しかも妙に甘ったるい香りが鼻腔を擽る。

「みょうじ!?」

驚いた彼女達が慌てて何かを隠そうとしたが、物音を立てて床に転がり落ちた。

「…チョコ?」
「あはは〜見つかっちゃった…」

芦戸は恥ずかしそうに笑って、俺の手から板チョコを受けとった。

「この時間なら誰も来ないと思ってたのに」
「…?ごめん、よくわかんない…?」
「明日、バレンタインでしょ」

呆れたように耳郎はそう言った。
バレンタイン。
そう言えば、最近のCMとかがこぞってバレンタインバレンタインと言っていた気がする。

「バレンタインって何?何すんの?」
「え、嘘やろ!?ほんとにわからんの?」
「イベントごとには疎くて」

たしかに興味無さそうですね、と八百万は言ってバレンタインが何なのか教えてくれた。
要するに、女の子が好きな人の為にチョコを作り、渡す日なのだそう。

「じゃあ皆好きな人いんの?」
「これは友チョコよ。A組のみんなに」
「友チョコ…バレンタインの意図から外れてない?」

気持ちだからいいの!と葉隠が言った。

「へぇ、とりあえずチョコ渡せばなんでもいいんだ?」
「まぁ、そう言われるとそうね」

とりあえず他の男子には内緒にしてね、という言葉に断る理由もなく頷く。

「それ、男から渡すのもありなの?」
「全然あり!逆チョコ素敵だよね!」
「逆チョコ…」

女の子から男の子に渡すのとは逆のチョコってことか。

「んー、」
「どうしたん?」
「材料、余ったりする?」

余ると思うけどどうして、と彼女たちは首を傾げた。

「渡したい人、いるんだけど。作り方、教えてくれない?」
「「「え?!?」」」
「なに?」

固まってしまった彼女たちに今度は俺が首を傾げる番だった。

「みょうじくん!!好きな人いるの!?!!」
「え?あぁ…好きな人…?うーん、まぁ好きな人か」
「うそー!爆豪並に興味無さそうだと思ってた!!」

何故そこで爆豪が出てきたのか分からないが、言いたいことも分からないでもないか。

「いいよいいよ、一緒に作ろー!」
「いつから好きなの?どんな人?」

八百万が創造してくれたエプロンを受け取り、言われるがまま手を洗う。
まさか俺が作ろうとしている相手が、あの死柄木弔だとは思いもしないのだろう。

「6歳くらいからかね、好きなのは」
「超一途じゃん」
「まぁ、俺にとっては唯一無二の人だし」

やばーい、と盛り上がる彼女達。
なるほど、これが恋バナのテンションなのかと少し引いた。
ヒミコちゃんも緑谷の話するときはこのテンションだけど、人数が増えると結構な迫力。

「同い年?年上?」
「年上」
「ぽいわ…」

何故か納得してる耳郎に突っ込む暇もなく、あれこれと質問が飛んでくる。
とりあえず落ち着くまではチョコ作りどころではなさそうだ。





「弔くん」

珍しく何の連絡もなく訪れたなまえが会いたかったと微笑む。

「珍しいな、急に来るの」
「今日じゃなきゃダメだったから」
「何が?」

何か大事な予定でもあっただろうか考えて入れば彼の掌が俺の目を隠した。

「口開けて」
「は?」
「いいから、早く」

意味がわからないが言われるがままに口を開ければ舌の上に何かが触れる。

「食べていいよ」
「ん……チョコ?」

口の中に広がった甘さ。
歯ごたえがあるのは恐らくアーモンドだろう。
俺の目から手を離した彼は美味しい?と首を傾げる。

「…美味しいけど」
「よかった。じゃあこれ、あげるね」
「は?」

満足そうな彼は俺の手に小さな箱を乗せる。
オレンジ色のカップの中に並ぶチョコレートは1つだけ欠けていて、今食べたものがそれなのだとわかる。

「なんでチョコ?急にどうした」
「バレンタインって言うらしいよ、今日」
「バレンタイン…」

好きな人にチョコをあげる日なんでしょ?となまえが微笑む。

「間違っちゃいないけど、なんで急に?」
「弔くんのこと好きだもん。おかしなことなくない?」
「いや、そうだけど。そうじゃなくて、そういうイベントごと今まで興味なかっただろ」

興味ないんじゃなくて知らなかっただけだよ、と言えば彼は目を瞬かせてから「確かにそうか」と頷いた。

「…まぁ、いい。ありがとう」
「早めに食べてね」
「なんで?チョコって結構賞味期限あるよな?」

手作りだから、そんなにもたないよと彼は当たり前のように言った。

「……手作り?」
「手作り」
「お前の?」

他に誰がいるの?と彼は笑った。

「クラスの女子が作り方、教えてくれたんだよね」
「…へぇ」
「意外と作るの楽しかったよ。…て、なんで機嫌悪くなってるの?」

荼毘の言葉を借りれば、友達ごっこを随分と楽しんでいるらしい。

「安心していいよ、作り方聞いただけで作ったのは俺だし」
「…別に、機嫌悪くなんかなってねぇよ」
「その顔で言われても」

なまえは表情を綻ばせて、俺の手にあったチョコを1つ頬張った。
そして、そのまま塞がれた唇。

「っ!?」

彼の舌は器用に俺の唇を押し開けて、先程頬張ったチョコをこちらに転がした。

「ん、」

彼の舌は俺の舌を絡めとりながら、チョコを溶かしていく。
口の中に広がる甘さとどこか芳醇な香りに目眩がする。

「は、ぁ…」
「これ、ブランデー入れたやつだったね」

チョコが溶けきると彼は唇を離して、満足気に目を細めた。

「お、前は…急にキスするの…いい加減にやめろ」
「嫌じゃないくせに」
「っ!!…怒るぞ」

もう怒ってるでしょ、と彼は笑った。

「クラスメイトと無駄な接触をしたのは謝るよ。けど、渡したくなっちゃったんだもん」
「別に、怒ってんのはそこじゃねぇ」
「違うの?じゃあ…て。女の子と作ったから?」

図星で眉を寄せれば、「可愛いなぁ」と笑った彼に恥ずかしさが込み上げる。
今までだって、なまえが友達ごっこを興じることはあった。
だが女と絡むことはなかったのだ。

「…弔くん」
「黙れ、うるさい」
「男だろうが女だろうが。弔くんより大切な人なんている訳ないでしょ?」

俺を抱き締めて、彼はくすくすと笑う。

「弔くん」
「笑うな」
「大好きだよ。愛してる。他には何も要らないくらい、弔くんが全てだよ」

耳に吹き込まれる彼の言葉。
そこにはきっと、1つも嘘はないんだろう。
疑ってなんかいない。
だが、ちょっとだけムカついただけだ。

目の前にあった首筋に躊躇いもなく噛み付けば「痛っ!?」と珍しく焦った声が耳に届く。
くっきりとついた歯形と微かに滲む血。

「全力で噛んだよね?」
「人の事おちょくってるからだ」
「えー、おちょくってないのに…て、血出てるじゃん」

痛い、と呟きながら錬金術で傷を治そうとする彼の手を止める。

「自然治癒」
「え、」
「治すなよ」

目を瞬かせた彼に笑ってやれば、困ったように眉を下げる。

「本気?」
「俺のなんだろ?問題あんのか」
「あー、そう言われると…ないかな」

首にハッキリ残った俺のものだという証に、自分の中のイラつきは容易く消える。
箱の中の唯一のホワイトチョコを頬張り、「美味い」と呟けば彼は呆れ顔を笑顔に変えた。

「…ま、美味しいならそれでいっか」

この男はとことん俺に甘いらしい。
俺も人の事は言えないのだが。

「まぁ…ありがとな」
「…どういたしまして」





「どうだった?」

バレンタインの次の日。
女子に囲まれた俺は苦笑を零す。
喜んでくれた?と声をかけてくれる彼女たちが目を丸くさせ、顔を見合わせる。

「その首のって…まさか、」
「やっぱ目立つ?喜んではくれたんだけどね。女の子と作ったって言ったら怒っちゃって」
「やばー!嫉妬してるじゃん!可愛い!!」

それもう付き合ってんじゃん、と呟く耳郎に曖昧に笑うことしかできなかった。

付き合うとか、そういう可愛らしいものじゃないからなぁ。
けど恋人なんて繋がりよりもきっと、深い。

「けど。うん、ありがとう。あの人が嫉妬してくれるのも珍しいから」
「…幸せそうやね、みょうじくん」
「ん。そうだね。幸せだよ」







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