さよなら、恋心


談話室で楽しそうに恋バナをするクラスメイト達を見ながらコーヒーを啜る。

恋、か。
いいねぇ、女の子は そんなに楽しそうで。
俺も女の子に生まれたら あんな風に楽しく恋できたかな。

「あー!なまえ!こっち来なよ!」
「恋バナしよー!」
「一個恋バナするまで帰さないよ」

葉隠と芦戸が手を振って、その場にいた女の子達の視線がこちらに向く。

「アンタはモテそうだよね」
「そんなことないけどな」
「嘘だぁ」

好きな人いるの?と目を輝かせる芦戸に 一応ね と呟きながら耳郎の隣に座る。

「いるの!?嘘でしょ」
「ほんとほんと。片思いだけどね」
「誰!?同級生!?」

違うよ、と笑ってマグカップを両手で握り締める。

「叶わない相手なんだ。好きだと、伝えることも…許されない」
「なんでなん?結婚しとるとか?」
「結婚してくれれば、俺でも諦めつくよ。…しないだろうけどね」

そんな顔するところ初めて見ましたわ、と八百万が口を隠しながら目を丸くさせる。
そりゃ、こんな格好悪いところ見せるはずがない。

「カッコいいのにね、なまえ」
「ありがとう、芦戸。まぁ…カッコ良くても強くても きっと振り向いちゃくれないから」

そう。
きっと、どんなに頑張っても振り向いてなんかくれないんだ。
俺がこんな感情抱えているなんて、思ってもいないだろうし。

「どんな人なの、なまえちゃん」
「んー、そうだな…凄く、優しいよ。不器用なんだけどね、誰よりも優しくて。いつも見守ってくれてる感じ。あと、ふとした時の横顔が綺麗で…て、恥ずいなこれ」
「いいじゃん、珍しく好感持てたわ」

耳郎、俺のことあんま好きじゃないよね と笑えば 偽物っぽいんだもんと 彼女は答えた。

「なんかさー、上鳴とか見てると尚更。年の割に落ち着きすぎてて、偽物っぽくて。女子の扱いとかも!」
「あーカッコつけてるだけだよ。相手が大人の人だから。背伸びしてんの。…無理なのわかってるけど、少しでも近づきたくて」
「いーじゃん。そーいうのは、嫌いじゃない」

ギィと音をさせて開いた扉。
顔を覗かせたのは髪を緩くまとめた相澤先生だった。

「まだこんなに起きてるのか。消灯までには寝ろよ」
「「はーい!」」
「なまえ。お前はちょっと来い」

え、と固まる俺と集まる視線。

「何かしたの?なまえちゃん」
「いやー、記憶にないけど。とりあえず行ってくる。みんなおやすみ」

こんな時間に呼び出されるなんて何だろう。
思い当たる節がなさすぎて焦る。
ドアの外に出た彼を追えば、彼はどこへ向かうのか何を言うわけでもなく背を向けて歩き出す。

「あ、の…先生?こんな時間に外出るのって、」
「帰りも俺が一緒に行くから気にするな」
「あ、はい…」

そこから何も言えなくなって、彼の背中を見つめてた。
緩くまとめた髪の隙間から覗く頸。
少しだけ猫背で、歩幅は小さい。
どんな顔してんのかな、今。
怒ってる?呆れてる?
俺、何したっけ。
先生に迷惑かけるようなこと、してないよな。

「なまえ。」
「、はい!」
「お前、何 隠してる?」

彼の問いかけに ぱちんと瞬き一つ。
隠してるって何を?
なんか、やっぱり悪いことしたのかな。
テストはちゃんと良い点取ってるよね。
授業も真面目に受けてるし、訓練だって…。

「最近ちょくちょく、聞くんだ。お前が思い詰めた顔してるって」
「え?」
「授業中とか、休み時間とか。言われてみれば、確かにそういう時があるから。なんか、悩みがあるのか やましい事があるのか」

悩み?
やましい事?
そんなん、目の前に立つ この男が好きだってことくらいしか。

「っ」
「…なまえ?」

待って、それが顔に出てんの?
思い詰めてるってくらい?
いやいやいや、アホか俺。
バレちゃダメなやつだろ、これ。

「だ、大丈夫です。」
「本当に?」
「ほ、本当です。はい、本当に」

俺、そんな顔に出るタイプだっけ?
今まで飄々と生きてきたじゃんか。

「…それなら、いいけど。なんかあるならすぐ相談しろよ。お前、周りを頼らないから」
「そんな事ないですって」
「…そうか」

あぁ、やっぱり 相澤先生に…好きな人に 迷惑かけるようなこんな感情。
邪魔だ。
好きになんかならなきゃ、良かったのに。
何してんだろ、俺。
馬鹿な奴。

「気にかけてくださってありがとうございます。けど本当に、大丈夫です」






「なまえが倒れた!!」

職員室に駆け込んできたのは切島と上鳴。

「は?」
「今、保健室に!」
「なんで?何があった?」

わかんねぇ、と上鳴が泣きそうな顔をした。

「なんか用があるとか言って、昼休み別行動で。予鈴鳴っても戻ってこないから探そうってなって 探してたら…倒れてて」
「周りには?」
「誰もいなかったっす。屋上のドアの前」

お前らは授業に戻れ、と声をかけて保健室に行けば 婆さんが来たのかいとこちらを見る。

「なまえは、」
「あ、相澤先生」
「大丈夫なのか?」

はい、と 彼は笑った。
その笑顔に 違和感を抱く。

「すぐに目を覚ましたよ。ただ、記憶が混乱してるみたいでね 何をしてたかは覚えてないって」
「大丈夫ですよ、先生。なんで倒れてたのか知らないけど、俺元気だし」

授業間に合いますかね、と彼がベッドから降りようとするのを制す。

「この時間だけは休んでいけ。ここの所、思い詰めた顔してたし。気付かんうちに体が追い詰められてたのかもしれないだろ」
「俺がですか?」
「え、あぁ」

まさか、と彼は笑うが おかしい。
この話は前にもしている筈だ。
なんだ、その反応。

「大丈夫です。みんなに心配かけちゃうし、午後は訓練もないから」

戻っていく背中を見送って、婆さんに視線を向ける。

「どうかしたのかい?」
「いや、あいつ……」

おかしい。
なんだ、あの反応…。

「前にも一度、聞いてるんです。思い詰めた顔してるけど大丈夫かって」
「へぇ…まるで、覚えてないみたいだったね」

記憶が混乱してるのだとしても、そんなことあるか?
そんな以前のことまで消えるなんて。

「倒れたのと何か、関係があったり…しますかね」
「可能性はないとは言いきれないね」





俺は倒れたらしい。
覚えていないけど。
思い詰めた顔をしていたらしい。
これも、覚えてないけど。

「大丈夫なのか?」
「心配してくれて、サンキュー瀬呂。けど、全然へーき!」

俺は何をしてたんだろう。
昼飯食べずに、何で屋上になんか。
そんなこと考えながら自室に戻れば、机の上に手紙。
しかも、俺宛の。

「…何だこれ。誰からって…これ、俺の字か」

過去の俺から俺に 宛てられた手紙。
変なこともあるな、と中を開けば全て納得がいった。

「…なるほど、」

読んでもピンとこないけど 納得はした。
俺はどうやら随分 追い詰められていたらしい。
記憶を消してまで、好きだった誰かを 守りたかったらしい。

「俺が恋愛ねぇ…想像つかねぇ」

まぁ、俺がこうすることを望んだのなら。
これでいいのだろう。
誰に宛てた恋心か知らないが、もうなくなってしまったのだから。

「まぁ、とりあえず お疲れさん」

過去の俺の望み通り、手紙は焼いた。
俺の恋心を供養する為の、炎を見つめそっと目を閉じた。

「……哀しいな、」

好きな人を好きでい続けることさえ、出来なかったなんて。

「次は、もっと…いい恋愛をするよ。約束する」

独り言を呟いて、灰となった手紙をゴミ箱へと入れたのだった。



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