嗜好品は最早愛


⚠ATTENTION⚠

こちらの作品は、隠居生活様の創作キャラ 宗形由さんと心臓を喰らえ主とのうちよそ短編です。

簡単なプロフィール

名前:宗形 由(むなかた より)
職業:彫り師
個性:触れた相手の感覚を麻痺させる
お相手:荼毘
14歳の頃、酒に酔い妹を殴っていた父親を殺害している



■□■□■□■□■□■□■


思えば、その体を見たのは初めてだった。
死柄木に頼まれた仕事をこなした帰り。
大雨に降られて立ち寄ったのは古びたバス停だった。

「最悪だ…」

そう吐き出した俺に 本当にねと 隣に立つ彼も頷いた。

「とりあえず止むまでここにいようか」

巷を賑わすハートイーター こと なまえは鬱陶しそうに濡れた髪をかきあげて、濡れた服を脱いだ。

「なんで脱いでるんだ」
「乾かそうと思って。着てようが脱いでようがもう関係ないレベルで濡れてるし」

指を弾き炎を出そうとした彼だったか 珍しく不発が続く。
そして数回目の意味のない指パッチンを終えて 珍しく舌打ちなんかして、こちらを見た。

「炎出して」
「…無能か」
「うるさい。湿度が高いとダメなんだよ。雨なんて以ての外」

少し不貞腐れたようの言った彼に つい笑ってしまう。
代わりに炎を出してやれば ありがとうと呟き その炎に服をかざした。
青い炎に照らされた彼の体。
義手の付け根にある皮膚は爛れていた。
反対の腕には幾何学的な模様。
それが個性の発動条件だといつだったか教えてくれた。

「刺青…」
「ん?」
「自分でいれてるんだっけか」

何となく尋ねたことだった。
彼はキョトンとしてからそうだよ、と短く答えた。

「刺青というよりは錬成陣を体に刻んでるだけ」
「…ふぅん」

別にだからどうしたって、わけでもないのだが。
なんとなく頭の中に浮かんでいた別の男のことを彼は知るはずもない。
あの男は腕や肩、背中にまでいれていた。
それがまぁ、なんだ。
彼らしくて気に入っていたりもするのだが。

「それ以上は増えないのか?」
「両腕はもう空きがないからね」
「…そうか、」

刺青が好きなの?と彼は首を傾げる。
それにYESともNOとも答えずにいれば、興味が無くなったのか 彼は青い炎に視線を戻した。

「…なぁ、」
「珍しくよく喋るね、荼毘」
「……刺青増やす気ないか?」

何故こんなことを言ったのかはわからない。
あの男のことを、知られたくはなかったはずなのに。

「どうしたの急に」
「別に」
「増やすねぇ…そういえば、弔くんが俺に名前でも書いておきたいって言ってたっけ。入れてもいいかなぁ…」

趣味が悪い、と言えば彼は笑った。

彼と死柄木の関係は正直謎だ。
死柄木にとって、なまえは所有物なのだろうと初めは思っていたが。
なまえにとっても、死柄木は所有物のように見えた。
お互いにお互いを必要とし依存しているのにも関わらず、いつもお互いを捨てる準備が出来ている。
そんな風に見える。

「どうせだから、ハートイーターにまつわる刺青も入れたいかなぁ。顔が焼かれても、俺だってわかるように」

どういう状況を想定してるんだ、と言いそうなったがやめた。
にこにこと楽しそうな彼に何か言ったところで、この男にはわからない。
ハートイーターはとっくの昔に壊れてしまっているのだから。





なんというか、無愛想な男の人だった。
今まで出会ったことのないタイプの人。
どちらかと言えばイレイザーヘッドに印象が近いかもしれない。

傍らに荼毘が立っている。
幾分か機嫌が良さそうで、なによりだ。

「おい…誰だ、こいつ」
「言ったろ、刺青をいれたい奴がいるって」
「まだ子供じゃないか」

確かにその通りだ。
だが、不正解でもある。
なんて答えようかと思っていれば俺が答えるよりも早く荼毘が口を開く。

「ハートイーターだ」
「は?」
「さすがに知ってるだろ」

荼毘の顔をじっと見たかと思えば、視線はこちら投げられ彼はまじまじと俺を見た。

あ、目の下のやつ。
ホクロじゃなくて刺青か?
へぇ、あんな風にもいれられるのか。

不躾な彼の視線に何か感じるわけもなく。
それよりも彼の服から覗く刺青に、興味が沸いた。
自分でいれているのだろうか?器用だな。

「思ったより…若いな」
「多分、15歳か16歳か。誕生日を知らないから、正確にはわからないですけど」
「じゅうろく」

言葉の意味を確かめるように言い直した彼は俺をじっと見つめて、「あの頃の俺とそう変わらないな」と呟いた。
それがいつのことか、なんのことかわかるはずもなく首を傾げる。

「いや…気にしなくていい。本題に、入るか」
「その前に、すいません。荼毘。2人の関係は?お友達?てか、普通に俺がハートイーターだってバラしていいと思った根拠は?」

荼毘を睨みそう言えば、少しだけ首を捻った。
別に、疑ってる訳でもないが。
ハートイーターは素顔を隠しているのだ。
本来であれば許されないことである。

少しだけ思案した彼は一言「恋人」と答えた。

「こいびと」

今度は俺がその意味を確かめるように呟く番だった。

恋人?恋?
え?荼毘が?

失礼だとは思うがこの反応は誰だってするだろ。

頬を染めるでもなく、ただ自慢げに荼毘は目を細めた。
嘘を吐いている可能性もあるが、答えを求めるように隣の男を見れば 荼毘に視線を向けて溜息をついた。

「違う」
「え、違うの?」
「違くない」

真っ向からぶつかった2人の答えに 言葉が詰まった。

「やることやってるだろ」
「それとこれとは話が別だ。あれはこれみたいなもんだろ」

彼の指は机の上の煙草の箱を叩いた。
不機嫌そうに不満そうに荼毘は眉を寄せる。
それを見つめるその人の目は 随分と柔らかい。

てか、やることやってるとか。
関係ない人の前で話すか…?普通。
その手の話の経験がないから普通も何も分からないんだけど。

「あー…いや、あの。すいません、もういい…です。聞いた俺が悪かった」

彼らの言葉は平行線を辿るのは目に見えていた。
2人の会話を止めて 今度は俺が「本題に入りましょう」と言った。

「改めまして、ハートイーターこと なまえです。お名前お聞きしても?」
「宗形「由」…なんでお前が言うんだ…」
「宗形さん、ですね。今回はよろしくお願いします」

笑ってそう言ってはみたが、こちらを見るその目にも表情にも変化はなかった。

無愛想というより、表情筋が働いてないって感じだな。
それでも荼毘に向けられるものだけは柔らかく見えるのだから不思議だ。

「本当に刺青なんかいれていいのか」
「あ、はい。こんな機会もなければ人にいれて貰うこともないだろうし…」

デザインは、と尋ねられて 特にはと答える。

「ある人の名前をいれてほしいのと。俺の、顔が焼け落ちても…俺がハートイーターだってわかる刺青をいれてほしいんです」
「顔、焼くのか」
「…例え話ですよ」

デザインから考えるか、と雑誌のようなものに手を伸ばそうとする彼に大丈夫です。と言えば きょとんとしてこちらを見た。

「宗形さんが思うままにいれてください」
「…は?」
「そういうセンス持ち合わせてないんです」





背中にお願いします、と服を脱いだなまえに由は何か言いたげな視線をこちらに投げた。

「……その、腕」
「腐り落ちたんです」

あの時は分からなかったが体には無数の傷跡。
爛れていると思っていた義手の付け根は 思ったよりも酷い。

「そう、か……そこにうつ伏せで寝てくれ。麻酔は、」
「あ、いらないです。痛みは感じないので」
「そういう個性か」

似ているな、と小さな声で呟いたのはなまえには届いていないんだろう。
準備しながら、「見てるのか」とこちらを見た。

「その為になまえ呼んだようなもんだからな」
「俺は便利に使われたわけか。まぁ、いいけど」

それじゃあ始めるぞ、と由は機械を手に取った。

「…痛みはあるか?」
「大丈夫です」

3人もいる部屋の中。
息苦しい程静かで、肌が焼ける音だけがする。
迷わず動く手と真剣な眼差しは見ていて気分が良い。
施術を始めてどれくらいたったか。
「……どうして、心臓を食べようと思ったんだ」と沈黙を破ったのは由だった。
由がそんなことを尋ねると思っていなくて少し、驚いた。
眠るような目を閉じていたなまえは「腐った自分の腕を食べて、食い繋いでいた…時期があったんです」と穏やかに笑った。

「…俺は無個性だったんです。だから虐待された後に捨てられた」

由はぴたり、と手を止めて その目を伏せた。

「5歳かそこらの時。食べ物を得る術なんて、持つはずもなくて、残飯やら虫やら…まぁ色々食べたんですよね。自分の腐った腕もそのひとつだった」

想像しただけで、吐き気がする。
残飯や虫ってだけで、俺は無理なのに。

「まぁ紆余曲折あって、拾われて。初めて人を殺した時に、なんでかお腹が空いたんです。切り裂いた胸から覗く赤色が……その、奥にある心臓がどうしようもなく、美味しそうに見えて。気づいたら」

クスクスとなまえは笑った。

「美味しいですよ、腐った腕に比べたら」
「比較対象が悪いだろ」
「…そうかもしれないですね」

虐待していた親は、と由が踏み込んで尋ねる。
人に自分から聞いていくなんて、本当に彼らしくない。

「……殺しましたよ。心臓も美味しくいただきました。アイツらを殺す為に…ハートイーターになったようなもんですし」
「それでも続けるんだな」
「そうですね。個性を振りかざす奴は……まだまだいますから」

なまえの知らない面を見た気がした。
雄英に身を置きならがも染まらないのは、この個性への憎悪の強さが原因なのだろう。






虐待は幼い子供達の人生を変える。
救えなかった妹を、もしあの時救えていたら。
彼のようになっていたのだろうか。

「宗形さん?どうしましたか?」

施術を終えて服を着た彼が不思議そうに首を傾げた。

皆がこうなるとは限らない。
というより、彼が特殊なのだろう。
だが、その可能性はきっとゼロではなかった。

「…虐待されて、死んでしまいたいとは思わなかったか」
「え?うーん、どうでしょうね。あの時は、ただその瞬間が終わることを願うことしか出来なかったからなぁ。…けど、今思い返してみても……死ななくてよかったとは思いますよ」
「なぜ?」

死は救済じゃないから、と彼は笑った。

「人に与えられた死なんて、救済なはずないんですよ。俺は、俺が満足するまで殺して。最後に自分を殺すんです」
「は?」
「個性は全て消す。この体の中にある個性も含めて…」

宗形さんは最後の方にしてあげますね、と彼は言う。
笑ったその顔に狂気を感じた。

「荼毘の大切な人みたいだし。…何より、宗形さんは優しい人みたいだから」
「優しい…俺がか…」
「他に誰がいるんですか?…それじゃあ、今日はありがとうございました。荼毘のこと、よろしくお願いしますね」

途中で飽きたのか、出ていってしまった荼毘は知っているのだろうか、
彼の望む終焉を。
今日名前を刻んだ 死柄木弔 という人物は、知っているのだろうか。

「……なぁ、」
「はい?」
「もし、虐待されているお前を…捨てられる前に助けてくれる人がいたら…何か変わってたか」

この質問に何の意味があるのか。
だが、自然と口から零れ落ちた。

妹と重ねているのかもしれない。
あの日の自分を、正当化したいのか。
それとも、責め立ててほしいのか。
わからなかった。

彼は歩みを止めてゆっくりと振り返る。

「変わっていたと思いますよ」

ずっと笑っていたハートイーターが少しだけ泣きそうな表情に見えた。

「けど、たらればなんて意味無いんです。俺はハートイーター。個性を持つ人間の心臓を喰らう者。それ以外何者でもないんです。宗形さんが何を考えているのかはわからないですけど」

貴方は貴方が選んだ道を受け入れる以外ないですよ。

そう言って彼はフードを被って部屋を出た。

ハートイーターは、俺よりもよっぽど大人なのかもしれない。
きっと過去を振り返ることも、ないんだろう。

「あぁ、そうだ」

閉じたドアの向こうから声が聞こえた。

「煙草もSEXも殺人も。嗜好品になってしまった時点で負けですよ。手放せないのなら それは最早、愛と呼んでも 差し支えない」

俺は殺しを愛してる。
彼はそう最後に言い残して、外の階段を降りていった。


使っていた器具を片しながら、煙草に火をつけた。

「あれ…帰ったのか?なまえ」
「あぁ、」

戻ってきた荼毘がきょと、と俺を見つめた。

「なんか言われたか、アイツに」
「いや、別に」

彼の言葉は妙に耳に残った。

「荼毘、」
「ん?」

伸ばした手が彼に触れる。
擽ったそうに目を細めて、その手に彼は擦り寄った。

「どうした?」

そうなのかもしれないと。
少しだけ、思った。

「なんでもない」




戻る






TOP