以上でも以下でもない


「ねーぇ、俺と遊んでよ」

ヒーローを何だと思っているのか。
現場にちょくちょく現れた彼に振り回されるのにはもう慣れてしまった。
出会いは最悪。
彼に誘拐 監禁されたことが始まりだ。
彼の個性の為に俺を知りたいのだと 訳のわからないことを宣った彼は 俺のことを根掘り葉掘り調べ上げた。
危害を加えられることなく、数日後解放されたが その時にはもう彼は俺を演じ上げることができるようになっていた。

「帰れ、便利屋。捕まえんぞ」
「えー、捕まえても すぐ釈放されるよ。俺」

そう、彼のことは何度か捕まえた。
だがすぐに証拠不十分で釈放された。
3度目あたりからはもう、中に彼の味方がいるのだと悟った。
裏社会の便利屋。
金さえ積めばどんな依頼もこなす。
そりゃ、警察やら何やらが 裏で彼と繋がっていても頷ける。

「お前に構ってられるほど、暇じゃねぇんだ。こっちは」
「ほんと冷たいなぁ。そんなんで、先生になれるの?」

ニヤリ、と彼は笑う。
まだ知ってる奴が限られているはずの情報を何故彼が手にしているのか。

「優しくしてよ、せーんせ?」
「お前みたいな問題児は即退学だ」
「酷いなぁ」

白いパーカーに黒のチノパン。
ミリタリーブーツに、いつも咥えた棒突きキャンディ。
幼い容姿に反して、彼は大人びた雰囲気を持ち合わせている。

「けどまぁ、やり直す気があんなら 来い。面倒見てやる」
「やり直すって 何をさ。もう、手遅れだよ」

彼は飴を噛み砕いて、ひらりと 建物の2階に舞い上がる。

「こっち側に引きずり込むことは容易だけどね。一度汚れた人間は、そっちにはいけない」
「…やり直す気があるなら、可能性はゼロじゃねぇだろ」
「どうかな」

じゃあ、また遊んでねと 彼はひらりと手を振って 消えていく。
遊んで遊んでと言う割に、自分が満足すれば彼は姿を眩ませる。

「なんなんだ、アイツは…本当に」

アイツのやる事は合理的じゃない。





「あーぁ、久々に会いに来たのに死にかけじゃん」

雄英襲撃の頭数を揃えているという情報を手に入れて、そこに乗り込んだはいいが。
俺が遊んで欲しかったイレイザーヘッドは血塗れボロボロ。
先生になってから通常のヒーロー業をあまり請け負わなくなったのか、会う機会がグンと減って。
雄英襲撃の話を聞いて 行けば彼がいるのではないかとつい乗っかってしまった。
会いたかったのかと言われるとわからないけど、退屈していたのは事実。
彼以外、俺と遊んでくれる人はいないから。

「それ、生きてんの?」

イレイザーヘッドを抱えた生徒2人の横に降り立てば、2人の体が強張るのがわかった。
まぁ、そりゃそうか。

「イレイザーヘッド」

背負われた彼の名前を呼べば薄く開いた目。
俺を見た彼は なんでいる と掠れた声で呟いた。

「アンタに会えると思って遊びに来たのに。何?そのザマは」
「………馬鹿、か」
「一丁前に先生してるんだね。カッコいいじゃん」

貴方、相澤先生の何と怯えながらも毅然とした態度で 少女は言った。
俺を睨みつける目に にこりと笑ってあげる。

「俺は便利屋。イレイザーヘッドとは 昔からの顔馴染みでね」
「適当な事、言うな」
「嘘じゃないでしょ?3日も一緒に寝泊まりした仲じゃん」

それはお前が監禁したからだ、と言った彼に俺はクスクスと笑った。

「最近さぁ、退屈なんだよね。アンタが構ってくれないから。たまには俺とも遊んでよ。でなきゃ、何しでかすかわかんないよ。俺」
「…お前と違って、暇じゃねぇんだ」
「それ、前も言ってた」

まぁ、良いけど。
彼の傷に手を添えて、個性を発動させる。
みるみるうちに塞がっていく傷口に生徒2人は目を丸くする。

「俺は前払い制なんだけど。今回はツケといてあげるから。払いに来てね、ちゃーんと」

意識がなくなった彼にその言葉が届いたかは わからないがまぁいいか。

「ごめんね、少年少女。イレイザーヘッドの傷は死なない程度治したから。リカバリーガールに後は 治してもらって」
「…何が、目的なの」
「イレイザーヘッドに遊んで欲しいだけだよ。じゃ、ここでお暇させてもらうね。捕まるのは嫌だから」





「夢じゃなかったのか、」

怪我から復帰して蛙吹が話してくれた便利屋のこと。
アイツが何を考えているのか これっぽっちもわからない。

「あの人も、敵なのかしら」
「…括り的に言えばな」
「そう、残念ね。素敵な個性を持っているのに」

あの治療の個性は 彼の持つものではない。
だが、それをわざわざ伝える必要もないかと口を閉ざした。

「先生に遊んで欲しいって、」
「…アイツは昔からそうなんだよ」
「先生のことが好きなのね。きっと」

蛙吹の言葉に俺は それはないよと 答えた。

「どうして?」
「俺とアイツは、そういうんじゃないからな」

腐れ縁、とでもいうのか。
最悪な出会いに始まり、現場で何度も顔を合わせて。
助けられたことも正直言えば今回だけではない。
だが、俺たちの間には何もない。
ヒーローと敵。
それ以上も、以下もない。

「…敵じゃなければ、いいお友達になれたかもしれない?」
「想像つかないな」

蛙吹がいなくなり、自然と溢れた溜息。
友達か、そんなもん なれるわけがない。
お前はそこからは 逃げられないんだろ?
誰のことも信用できず、心を開けず。
それでもお前の周りには人が集まる。
お前を利用したい 表の人間も裏の人間も。
そりゃ、お前を利用しようとせずに 自分を見てくれる人が欲しくなるだろう。

「俺じゃなくても、よかったんだろ」

俺に執着するのは ただ都合が良かっただけ。
俺じゃなくてもよかった。
俺よりいい人間に出会えば、俺などお前には不要になる。

「…この考え方じゃ、必要とされてぇみたいじゃねぇか」

包帯でぐるぐる巻きの腕で目を覆い隠す。
別に、お前なんかいなくたって変わらない。
寧ろ、仕事する上ではお前がいるのは厄介でしかない。
ただまぁ、お前が絡んでこない仕事は 退屈かもしれない。

「…ツケは払いに行ってやるよ」

別に会いに行くわけじゃない。
敵に借りがあんのが嫌なだけだ。
まるで言い訳みたいな感情に なんだか嫌気がした。





お前、敵だろ。
俺の言葉に 彼はヘラッと笑った。

「何で体育祭見に来てんだ」
「いいモデル探しにね。あの、常闇くんの個性良くない?欲しいんだけど」
「やめろ」

あと、轟くんもいいね と彼は俺の言葉を無視してペラペラと話し続ける。
黙って話を聞け、と少し強めに言えば彼は口を閉ざし、俺を見た。

「俺の生徒に手を出すな」
「なんだよ、つまんないの」
「…教師っていう立場がある。わかれよ」

包帯でぐるぐる巻きの手を彼の頭の上に乗っけて、ポンポンと撫でてやれば 彼はぽかんとした顔で固まった。

「悪いことしなきゃ、遊んでやるから」
「…子供扱いかよ」
「俺から見りゃ、まだ子供だろ」

冗談よせよ、と彼は笑い飛ばす。

「俺はアンタの生徒じゃない」
「知ってる」
「じゃあ、一緒にすんな」

そういうのはいらない、と彼は言う。

「じゃあ何が欲しい?」
「とりあえず、この間の仕事分の手間賃は回収したい」
「敵に金は渡せない。それに、お前がいたことを警察には伏せたんだ、差し引きゼロだろ」

バレたところで困らなかった、と言う彼に お前が治さなくても困らなかったと俺が言い返せば 彼は めんどくさそうに眉を寄せた。

「まぁ…けど、感謝してないわけじゃない」
「感謝はお金にならないから、いらない。そんなもん、何の役にも立たないじゃん」

今日のアンタはつまんないから、もういいよ。
彼はそう言って 踵を返す。

「なぁ、便利屋」

彼はこちらを向かない。

「金は、払えないけど。飯くらいは奢る」
「は?」

足を止めた彼が振り返った。

「俺も、お前を知りたい。お前だけ知ってるのは 不平等じゃないか?」
「…何言ってんの、アンタ」
「俺の包帯が取れる頃、また来い」

彼は目を瞬かせてから 吹き出して 腹を抱えて笑い出す。

「なんだ」
「あー、おもしろ。ヒーローと敵が一緒にご飯って。そりゃないよ」
「嫌なら来なきゃいい。そこは、お前に任せる」

彼は笑うのをやめて、ふわりとその場から姿を消した。
また新しいものを演じられるようになったのか。
そんなこと考えながら、放送席に向かう。

1ヶ月後。
お金がないからご飯奢ってよ、と少し照れくさそうに俺の元に彼が来ることを この時の俺は知るはずもなかった。




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