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{emj_ip_0615}この作品は 『心臓を喰らえ』の主人公が オールマイトに出会う前の緑谷出久と出会っていた というIFストーリーです。
原作にも、連載にも関係ない作品だとご理解いただけた方のみお読みください。



偶然 通りすがった中学校だった。
小学校にも通っていない俺からすれば外から見ることしか出来ない場所だった。
楽しそうに笑う同年代の子たちの中にはやはり、暗く俯く人たちがいる。
背中を丸め、自分を隠すように歩くその姿は昔の自分の姿を思い出させた。
学校ってやつは超人社会の根幹にある機関だ。
テレビでもよく見かける 無個性いじめ。
自殺する人がいる中でも、学校とやらは 知らぬ存ぜぬで突き通すことが多い。
無個性ってだけで何故、淘汰されなければならないのか。

「あ、」

そんなことを考えていた時に 見つけてしまった少年。
もじゃもじゃ頭の少年は俯き池を見つめていた。
そこには黒く焼け焦げたノートが浮かんでいた。

「言ったそばから」

フェンスを飛び越えて、彼の元へ。
池に浮かんだノートを拾い上げてやれば、彼が「え、」と顔をこちらに向けた。

「将来の為のヒーロー分析…」

ノートを開けば 事細かにヒーローの特徴や考察が書かれている。
絵はお世辞にも上手くはないけど、凄くわかりやすい。
よく調べているのだろう。

「か、返して!!」
「あ、ごめんね。はい、」

ポタポタと水滴の落ちるそれを彼に差し出せば彼は目を丸くさせて固まる。

「大丈夫?」

震える手がリュックの紐をぎゅっと握りしめた。

「…いじめ、って言うんだっけ…こういうの。」
「ち、ちがう!いや…多分、違うと、思う…」

尻すぼみになっていく自信なさげな声、
僕が無個性だから、いけないんだと 彼は言った。
どうやらビンゴみたいだ。

「無個性なことは、いけないことなの?」
「え、」
「俺も、無個性だよ」

顔を上げた彼は目を見開く。

「無個性なことが、いけないことなら。生まれた時から人口の2割は悪人じゃない?けど、ニュースを見てよ。犯罪を起こすのは 善人であるはずの8割の個性を持った人たちだ」
「そ、それは…たしかに…そう、だけど」
「なんで、俺たちが迫害されるの?なんで、無個性に生まれただけなのに、苦しまなくちゃいけないの?」

もう一度濡れたノートを彼に差し出せば、ありがとうと そのノートを彼の震えた手が受け取る。

「君にこんなことをした人たちは…個性を持ってる?ヒーローを目指してる?もし、そうならさ…人をこうやって傷つける人たちが本当にヒーローになんかなっていいの?」

彼がゆっくりと顔を上げた。
彼の目に映る迷い。

「ヒーローってさ、人を助ける人たちのことでしょ?そんなヒーローに、君はなりたかったんじゃない?だから、こうやって頑張って研究してるんでしょ?いいの?君を傷つける人たちがヒーローになる、そんな未来」
「だ、だめだ。いや、だ…そんな未来。僕は、オールマイトに憧れた…笑って、沢山の人を救えるヒーローに…誰かを傷つける人なんて、」
「素敵じゃないか。笑って人を救う。けど、今の社会じゃ無理だ」

無個性いじめ。
それの加害者の多くは将来有望な個性を持った生徒だ。
だがら、隠される。
その将来有望な個性とやらで人を殺しておいて ヒーロー?
笑わせるね。

「考えてみてよ。救えなかった人なんかいなかったように、傷つけた人なんかいなかったように…君を傷つけた人はヒーローを目指すんだ。そして、ヒーローになるかもしれない。そんなの、可笑しいでしょ?ただ、個性を持っていただけの奴が、どんな罪もなかったことにして ヒーローになるの?」

俺は、そんなの許せないと 言った。

「俺ね、捨てられたんだ。ヒーローだった両親に 無個性だからって理由で。彼らは今も、ヒーローを演じてる。俺を 捨てたこともなかったことにして」
「そんな、ひどいよ!そんなの おかしいじゃないか…」
「そう。おかしいんだよ。だがら、俺は 壊すって決めたんだ。この、おかしくなった世界を」

彼に義手の右手を差し伸べる。

「一緒に来ない?君も」
「え、」
「俺は、君を助けたい。俺と同じような苦しみを君に味わって欲しくない」

彼は俺の手と俺の顔を交互に見た。

「俺は、正義の味方になりたい。本当に、苦しんでいる人たちを 助けたい」
「どう、やって…」
「俺を助けてくれた人がいるんだ。その人は、今の社会を正そうと活動してる。俺にとって、どうしようもなくカッコいいヒーローなんだ。捨てられて、死にかけてた俺を助けてくれたんだ。みんなが見て見ぬ振りする中、」

それって敵なんじゃ、って彼の言葉に首を傾げる。

「俺らの正義と、今ある正義…どっちが正しいと思う?敵なんて呼び名、ヒーロー側が暴力を正当化する為につけた名称じゃない?本当に救うべき相手は誰?本当に倒すべき相手は誰?本当に正しい正義って…一体なんだと思う?」

もう一度わかりやすく、彼に手を差し伸べた。

「俺と一緒に、本当の正義の味方になろうよ。ヒーローなんて幻想の姿じゃなく、本当に助けを求めてる人たちを救える存在に」
「僕…僕が…。僕なんかで、いいの?だって、個性もないし…弱くて、泣き虫で、何もできなくて…」
「何もできないなんて、嘘じゃないか」

彼の濡れたノートを指差す。

「君には、優れた瞳がある」
「え…」
「その瞳は、君の武器だ」

見開かれた彼の瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちてくる。

「泣かないでよ、」

彼の涙を拭おうとした右手を彼が両手で握りしめた。

「僕は、誰かを…助けられる正義の味方に…なれますか、」
「うん。なれるよ。俺が、君を…本物の正義の味方にしてあげる」





「弔くん!」

薄暗いバーの中。
顔を掌に隠した男の人が足を組んで、座っていた。
指の隙間から交わった視線に 誰だ?と首を傾げる。

「さっき、スカウトしてきたの。緑谷出久くん。」
「へぇ、」

吟味するような視線から目を逸らし俯けば、怖がらなくていいよとなまえくんが僕の背中を叩いた。

「ようこそ、緑谷出久」
「は、はい!」
「なまえが連れてきたんだから、素質はあるんだろ?」

彼の言葉に 個性はないと伝えればこてんと首を傾げた。

「そんなもん、なくていいさ。なまえと同じか」
「そう。しかもね、凄い観察眼なの」
「へぇ、そりゃ いいな。丁度探してた人材に当てはまる」

探していた人材?
なまえくんの方を見れば彼は笑った。

「俺と一緒に雄英に潜入して欲しいんだ。その観察眼を、貸して欲しい」
「え…ええぇぇ!?!いや、いや!僕個性がないから!!」
「大丈夫だよ。個性は、先生がくれる」

バーカウンターの奥の画面がついて また面白い少年を連れて来たねと 穏やかな声。
その声の主が、先生?

「先生はね、人に 個性を譲渡できるんだよ」
「え!?そんなこと…」
「俺も一緒に個性を貰うことになってる」

そんなこと、できるの?
僕に個性が…

「なまえくん…僕は、」
「うん?」
「助ける…力を手に入れられるの?」

手に入れられるよ、と僕の両手を握りしめた彼が目を細めて笑った。

「助けてあげよう。俺たちみたいに、苦しんでる人たちを」
「っうん!」
「この両手で、助けてあげよう。そして、間違っている敵を…倒すんだ」

正義のために、戦う。
手に入れた力で、雄英に入って。
間違えている人たちを…正す。

「僕は、戦うよ。本当の、正義のために」





「いいのか?家族の元に返して」

弔くんの問いかけに 俺は首を傾げる。

「いいんじゃん?多分彼は、もう向こうには戻れないから」
「どうしてそう思う?」
「俺と一緒だよ。誰かに言って欲しかったんだよ。君が必要だって、君は生きていていいんだよって。君は正義のヒーローになれるよって」

隣に座る弔くんに手を差し出す。

「緑谷くんにとって、俺は初めて差し伸べられた…救い。俺にとっての弔くんみたいに、弔くんにとっての先生みたいに。この手を、たとえ悪とわかったとしても離すことはできないよ」
「なるほどな…」
「個性を手に入れようが、家族が優しくなろうが、自分をいじめていた人たちが手のひらを返そうが 彼の根本にある傷は癒えない」

弔くんが俺の手を4本指で握り返して笑った。

「離すなよ」
「当然」





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