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『突然の活動休止』

そんな見出しが新聞やニュースを飾った。
鳴り止まない電話の家の前のマスコミ。
カーテンを締め切った部屋の中、ぼんやりと天井を見つめていた。
ヒーローになって6年。
そこそこ人気も実績も積み上げてきて、デカい仕事も任せて貰えるようになって。
さぁ、ここからだ と言う時だった。
外野が騒ぐのも無理はない。
だが、数日もすれば 別のニュースが一面を飾る。
俺の存在など、誰の目にもとまらなくなるだろう。
その日を待とう。
この、ワンルームの中で。

携帯の着信音がやっと途切れた。
きっと、充電が切れたんだろう。
代わりに鳴り出したインターホン。
マスコミがここまで来たのか、とその音を聞き流していれば「中にいんだろ!!?」とヤクザの取り立て紛いな声が聞こえた。

「開けろ!!みょうじ!!」

爆豪か。
久々に聞いたな、この声。
ソファから足を下ろして、ペタペタと玄関に向かう。
容赦なく叩かれるドアを開ければ 鬼の形相をした爆豪が立っていた。

「テメェ!!何考えてんだ!!」

近所迷惑な怒鳴り声。
うるさいよ、と返して 背を向ける。

「おい!何だよ活動休止って!!?」
「…ヒーローを、続けられない」
「だから何で!?」

救えなかったんだ、とさっきまでいたソファに体を沈めて 自嘲するように笑った。

「腕の中で、命が消えた」
「……ヒーローは神様じゃねぇ。救えないモンだって、あんだろ。一々、それに躓いてヒーローやめてちゃ 今後救われたかもしれない命まで失うんだぞ」
「わかるよ。それ。俺もそう思ってたんだ」

けどさぁ、と 交わった視線。
家族でも同じこと言えるか と 笑う俺に彼は 固まった。
持っていた紙袋が 彼の手から滑り落ちる。

「…俺は、無理だった。頭ではわかってるんだけど、心が追い付かねぇ。家族救えねぇで ヒーローなんて 無理だろ」

弟が死んだ。
真っ直ぐで気の利く優しい弟だった。
ちょっと前に結婚を前提に付き合っているのだと 彼女を連れてきたばかりだった。

「無理なんだ、もう」

両腕で 自分の目を隠して 笑った。
笑うしかなかった。

「……ヒーローでなんか、いられない」

もう生きる理由がないんだ。
俺の小さな叫びは 君に届いたのだろうか。





みょうじがヒーロー活動を休止して一か月が経った。
連日ニュースを騒がせていたが、気づけばもう 話題は別のものに。
アイツは大丈夫なのかと 活発に動いてた1-Aクラスラインも 既読が1つ足りないまま 鳴りを潜めた。

「あ、かっちゃん」
「あ゛!!?」
「わ!呼んだだけじゃん!?」

怖いよ、と苦笑するデクに舌打ちをする。

「みょうじくんの事、何か知らない?かっちゃんが一番仲良かったよね?」
「知らねぇ」

みょうじは変わった奴だった。
誰とでも仲良くなれる癖に、いつも俺の隣にいた。
何を話すわけでもなく、ただ隣にいる存在だった。
けどそれが 心地良かった。
個性の相性も良かったし、チームアップすることも多かった。
きっと、一番俺の隣にいる存在だった。

「嘘でしょ。爆心地が家に入って行ったって メディアに出てた」

あの日、確かに俺はみょうじに会った。
弟の死を聞かされた。
生きる理由がない、とまで 言った。
けど、何も言えなかった。
何も出来なかった。
弱々しくごめんと笑った彼は 帰ってくれと 俺の背中を押した。
ずっと隣にいたのに、今までアイツが俺の前で弱さを見せた事なんてなかったから。
どうすればいいか、わからなかった。

「アイツ、両親いねぇんだよ」
「え?そうなの?」
「両親は早くに死んだ。残ってた唯一の家族だった弟が、死んだんだ。アイツの 現場で」

活動休止の直前。
彼が担当したのは、とあるグループの一括逮捕の現場だった。
繁華街での抗争。
一般人の怪我人が数名、死者は2名。
巻き込まれたその内の1人が みょうじの弟。
弟は偶然そこに居合わせて、彼の両腕で命を引き取った。

「唯一の家族救えねぇで、何がヒーローだよって」

まるで屍のような彼の 笑顔が脳裏に焼き付いて消えない。
薄暗い部屋のテーブルの上にある 骨壷と写真。
痩せこけた頬と真っ黒のクマが 刻まれた顔。

「みょうじくん、今は?」
「さぁな。それ以来行ってねぇ」
「は!?何で!?何でそんな状態のみょうじくんを放っておいたの!?」
「じゃあ どうしろって言うんだよ!!」

俺の怒鳴り声に、周りの視線がこちらに集まるのがわかる。
また喧嘩してるよ、爆心地とデク。と周囲が騒ぎ立てる。
その声が耳障りで舌打ちをした。

「俺に何ができる?弟の代わりにでもなれってか?アイツが自分でどうにか立ち直らなきゃ どうにもなんねぇだろ」
「そんな状態で1人で立ち直れるはずないだろ!?何も出来なくても、そばにいてやるくらいできたはずだ!!」
「それがなんの力になる!?!」

かっちゃんだけなんだよ!とデクが悔しそうに唇を噛んだ。

「みんな、会いに行った。けど、玄関を開けて貰えたのはかっちゃんだけなんだ」
「は?」
「かっちゃんにしか、助けを求めなかった。それって、どういうことがわかってる!?助けてって、言った相手の手を どうして振り払った!!」

助けなんて、求めてないだろ。
アイツは帰れと言ったんだ。
どうしろと?
嫌だと言えばよかったのか?
無理やり、居座ればよかったのか?
それが本当に 救いなのか?

「助けなんて 求められてねぇ」
「じゃあなんで、かっちゃんにだけ話したんだよ」
「俺が一番最初に行ったからだろ」

そんなはずないだろ、と拳を握って俯いた。

「家族のこと、僕は知らなかった。かっちゃんにしか話してないんじゃないの?みょうじくん、かっちゃんがいる時しか A組の集まりに来ないんだよ。かっちゃんにしか、自分から連絡してなかったんだよ。ねぇ、わかる?かっちゃんはみょうじくんの特別だったんだよ」
「は、」
「ずっとそばにいたじゃん。誰になんと言われたって、俺は爆豪を支えたいってみょうじくん言ってたの 知らないんでしょ?ねぇ、そんな彼が苦しんでる時、誰が支えてあげんの?かっちゃん以外に誰が」

うるせぇな!!と怒鳴った俺にデクは唇を噛んで黙り込む。

「知らねぇよ!ンなこと、今初めて知ったわ!知るわけねぇだろ!?みょうじは 俺の前じゃ何も…何も喋らねぇんだから!!」

気付いたら隣にいたのだ。
自分が弱った時も調子の良い時も 同じ顔して 同じように隣にいた。

「会いに行って。かっちゃん」
「行って、なんになる」
「助けてやれよ、ヒーローだろ」

勝手な奴だ。
俺とアイツのこと何も知らないで 好き勝手言う。
俺たちはお前が思ってるような関係じゃない。
アイツにとって俺は 決して 特別な存在でなんかない。
そうとわかっていても、ここに来てしまった自分は馬鹿なやつだと思った。
あの日のようにマスコミはいない。
鳴らしたチャイムの音。
返事は聞こえない。

「おい!聞こえてるか、みょうじ!」

ドンドン、と叩いた玄関。
やはり返事はなかった。

「そこの人 もういないよ」
「は?」

階段から顔を覗かせた少年は あ、爆心地だ と目を丸くした。

「いないって、」
「荷物ぜーんぶ、捨てて出て行っちゃったよ。その人がね、これ!くれたんだ!」

少年が見せてくれたそれはみょうじが武器として持ち歩いていたジッポライター。

「それ、」
「僕ね!みょうじの大ファンなんだ!だから!すっごく、嬉しくてね!」

それを渡すってことは、ヒーローやめるってことだよな。
活動休止じゃないのかよ。

「それ、くれた人。どこへ行くって?」
「知らなーい。けどね、俺を訪ねてくる人がいたら これ 見せてあげて!って」

彼はジッポライターを俺に差し出した。
アイツは コントローラー。
火も水も 触れたものは思いのままに操れた。
ジッポライターを持ち歩いていたのは、彼自身が 何かを作り出せるわけじゃないから。
傷ついているそのライターは今は火はつかないらしい。
その代わりカラカラと 音がする。
ひっくり返して中を開けば 少しばかり煤けたメモ用紙。

「…ありがとな」
「みょうじって、帰ってくるかな。僕、待ってるんだよね」
「……帰ってくるよ。俺が、連れ戻す」

メモの中には たった一言。

探さなくていいよ

そう、書かれていた。




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