02



1週間。
家の中に引きこもって 結局何も変わらなかった。
そりゃそうだ。
死んだ人は生き返らないし、俺が立ち止まったところで 世界は変わらず進む。
何をすべきかわからなかった。
自分に今出来ることが何かわからなかった。
だけど、俺みたいな顔をして家を訪ねてきた彼女を 放っておくべきではないと思った。
携帯も捨てて、家も捨てて、ヒーローであった自分を捨てて。
彼女を守るべきだと、思った。

「なまえさんっ、」

俺と同じように失意に沈む彼女の涙が、痛かった。
俺に縋り付いて涙を流す彼女が 俺を許してはくれなかった。

「私、どうすればいいか わからなくて」
「うん。俺も、そうだから」

大切な人を 失った。
彼女は俺を責めることはなかった。
ヒーローとて、万能ではない。
神様ではない。
救えないものもある。
それがたまたま、俺の弟で 彼女の恋人だっただけ。
都合のいい話だ。
もし、俺の弟でなかったら 彼女の涙など 俺は見向きもしなかったはずだから。
せめて、彼女が立ち直るまで 側にいよう。
それが、俺の最期の人助けだと決めていた。

彼女と共に暮らし始めて 1ヶ月が過ぎようとしていた。
時折 彼女が笑顔を見せてくれるようになった。
そして、弟とのことを 話してくれるようになった。
奨学金で雄英に入って、寮生になり、卒業後はヒーローに。
弟との顔を合わせるのは年に数回だった。
彼女の話の中には 俺の知らない弟が沢山いた。
もっと会ってやればよかったと思った。
ヒーローなんか目指さず、共に暮らしていればよかったと。





なまえは半年前 行方不明になった。
行き先を誰も知らなかった。
彼の所属する事務所にも、退職届が届いた。
その事は公にはなっていないが、ヒーロー界隈じゃ有名な話だった。

「よ、爆豪」
「おう」
「なまえは、」

久々に現場で顔を合わせた瀬呂が 首を振った俺を見てそうかと項垂れる。

「どこ行ったんだよ、マジで」
「さぁな」

アイツと関わった奴らは、まだアイツを探してる。
勿論、俺も含めて。
だが、何の手がかりもなかった。
そりゃそうだ。
アイツに帰る場所はない。
顔も公開していなかったから、SNSに上がることもない。
警察には届出を出したがヒーローという立場もある。
公の捜査はできなかった。

「なんかさ、一番強かったじゃん。アイツ」
「あ゛!?俺の方が強ぇわ!」
「あー、そうじゃねぇよ。気持ちがっつーの?凹まねぇし、弱音も吐かねぇし。人に頼らねぇし」

人のことはすぐ助けるのにな、と瀬呂は苦笑を零す。
そうだよ。
だから俺は、お前の助け方がわからなかった。
あの時開いた玄関が、本当にお前の助けを求める声だったのか わからない。

「けどさ、きっとアイツも凹んだりしてただろ?あの3年間で」
「…多分な」
「なら、きっと。自分で立ち直ってくんじゃね?って思っちゃうとこあんだよな。一人で抱えて どうにかしてさ。何事もなかったかのように…また、俺たちを助けにくんじゃね?って」

そうかもな、とそっぽを向いたまま言い返す。

「…知らねぇよ、あんな奴。どこで何してようが。勝手にやりゃいい」
「冷たっ」
「冷たくねぇだろ。俺に出来ることなんか、なんもねぇんだ」

俺の言葉に 瀬呂は俯いて そうだなと 呟く。

「帰ってこねぇなら、それまでだ。帰ってくんなら、死なねぇ程度に 殴ってやるよ」
「怖っ!!?」





教え子のなまえの失踪については、嫌という程耳に届いた。
どこにいんだろうな、と隣でぐーたれる マイクに仕事しろ と呟いて 眉間を指で押す。
アイツは 奨学金借りてまでヒーローを目指した。
理由は、知らない。
真面目だったし、成績も悪くなかった。
他の生徒と違い 自分の感情を表にださねぇとこは厄介だったが。

「なぁ、マイク」
「なんだ?」
「今まで、女作って 失踪したヒーローって、いたか」

俺の問いかけに彼は 不倫がバレて高飛びしたやつはいたかも、と首を傾げた。

「なんで?」
「この間、なまえによく似た男が 女連れて歩いてた」

ガタンっと音をさせて マイクが立ち上がる。
視線を集める彼にうるせぇよと言って、携帯の画面を見せた。

「うわー…これは、なまえだわ」
「…だよな」
「え、他の奴には?」

言ってない、と携帯をポケットに押し込む。

「なんか、理由があるのかとか 考えたらどうもな…」
「人妻って感じじゃなくね?女の子。寧ろまだ学生…?」
「どういう事だと思う」

わかるかよ、と彼は言う。
そりゃそうだ、わかるはずがない。

「とりあえず、消太が声かけるのがいんじゃね?…他の奴より」
「…だよなぁ、」


数日後。
写真を撮ったところの近くで 彼を見つけた。
隣に 女の姿はない。

「なまえ」

名前を呼べば 彼は顔をこちらに向けた。

「失踪中の割に堂々としてんな」
「失踪中?俺がですか?」

立ち止まった彼に歩み寄る。
少し痩せた頬が 気になった。

「そうだよ。家は売り払って、携帯も通じず、退職届だけ出して行方知れず。警察にも届出出されてんぞ」
「そうなんですか?すいません。携帯、解約したんです。ヒーローも、もう辞めたので」

普通に生活してるので、届出は取り下げて下さいと 彼は言う。
あの頃となんら変わりない表情で。

「そうはいかんだろ。なんで急に?」
「元々、弟の学費の為にヒーローになったんです。一番稼げるし。…学費、もう払い終わったので ヒーロー続ける理由もなくて」

両親がいない事は知っていたが。
そんな理由でヒーローやってたのか、こいつ。

「…お前を待ってる人がいる。ファンも、お前の同級生も」
「いつか、忘れるでしょ?人ってそうやって出来てるんですよ。だから、忘れて下さい。なまえってヒーローはもう、死んだんです」

なまえさん、と女の声。
写真に写ってたあの女が なまえの隣に並ぶ。

「お知り合いですか?」
「…高校時代の担任だよ」
「へぇ!じゃあ 雄英の!」

彼女、とは思えない距離感だった。

「彼女か、」

俺の問いかけに2人は違いますと 笑う。

「なまえさんの弟とお付き合いさせてもらってたんです」
「へぇ…」
「先生、もういいですか?みんなには、俺の事は探さないでくれって言っておいて下さい」

ペコリと頭を下げて 2人は歩いていく。

ちょっと待て。
お付き合いさせて もらってた?
何で過去形なんだ?

「俺よりも 事情を知ってそうな奴…」

爆豪とか?
活動休止騒動の時、家に入って行く姿が目撃されていたはずだし。
学校にいた頃もよく一緒にいたはずだ。
何度か現場で一緒になった彼の連絡先を 探し発信ボタンを押す。

『…もしもし、』
「爆豪。今いいか」
『何だよ、アンタがかけてくるなんて』

怪訝そうな声に すまんと つぶやく。

「お前、なまえの弟を知ってるか」
『………死んだ』
「は?」

長い沈黙の後、聞こえた一言。

「死んだ…?」
『それが活動休止の理由。それ以上は知らねぇよ。もう、会ってねぇし』
「なぁ、ちょっと時間作れ。会って、話すことがある」





「なまえさんを、探しに来たんですか?」

彼女は不思議そうに首を傾げた。

「いや、久々に見かけたから 声かけてくれたらしい」
「そうなんですね」

失踪か。
そういう扱いをされているとは思っていなかった。
弟の死から 俺はメディアを見るのを止めた。
そこに映る人の死が、受け入れられなくなったから。
そして彼女も、同じだった。

「夕飯、何にしますか?」
「今日は俺が作るよ」
「やった!ありがとうございます」

情報媒体から切り離された生活は 陸の孤島を作り出す。
だが、それが 彼女が立ち直るのに一番だった。
ニュースで 救われなかった人がいることを知るたびに 彼女は弟を思い出し 泣き狂った。
仕方がない。
大切な人の死は、早々に受け入れられるものではないのだから。

「リクエストはある?」
「悩みますね」
「スーパー行ってから 決めよっか」

はい!と彼女は笑う。
この笑顔を どうにか 守らなくちゃいけない。
そうすべきだと、そうしていたいと思っていた。





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