03
「は?なまえが死んだ弟の彼女といる?」
「そうだ」
マイクと来ることの多い行きつけの居酒屋の個室。
向かい側に座った爆豪は なるほどねぇ、とビールを煽った。
「よーするに、アイツは 弟の金の為にヒーローやってて。死んだから もう金はいらない。で、残された彼女といる。…何やってんだか、アイツ」
「ヒーローは辞めたから 探さないでくれ、だと」
「勝手だな」
ヒーローを目指す理由は 何だっていい。
だが、なった後には 色々な責任がついて回るはずだ。
「弟が死んだ後のアイツ。今にも死にますって感じだった。きっと、その彼女も そうだったんだろうよ」
「…だから?」
「なまえは、ああ見えてお節介だ。その女、立ち直らせるまで 支えてやろうとか 思ってんじゃね?…けど、その先は ねぇ」
爆豪は目を細め、舌打ちをした。
「どこだ、それ」
「え?」
「アイツに会った場所。…会いに行く」
会ってどうするんだ、という俺の言葉に彼は 考えてねぇと呟いた。
「わかんねぇんだ、アイツ。ずっと一緒にいたけど」
「なら、」
「けど 会わねぇのも 違う。」
俺が会ったところを伝えれば、何も言わず立ち上がった。
「ありがとう…ございます。教えてくれて」
らしくなく頭を下げた彼は 5千円をテーブルに置いて さっさと出て行った。
「…そんな飲んでねぇだろ。こういう時くらい、可愛らしく奢られとけばいいものを」
まぁけど、確かにわからない。
何故、焔は爆豪の側にいたのか。
今は随分と大人になったが、あの頃のアイツは厄介だった。
すぐに怒鳴り散らし、八つ当たりし。
アイツの意志の強さ故とは言え、目に余るものだった。
それでもなまえが爆豪の隣にいることを選んだのは 何故だったのだろうか。
▽
「やっと見つけた」
時間が空くたびにイレイザーヘッドに言われた場所に行った。
10回目くらいでやっと、彼を見つけた。
「なまえ!!!」
「え?」
叫んだ彼の名前。
キョトンとした彼がこちらを振り返る。
その隣には やはり知らない女がいて 無性に苛立った。
「爆豪、」
「探さなくていいよってなんだ。ヒーロー引退ってなんだ。お前がそんなになんのを、弟が望んでんのか!!?」
「なまえさん?ヒーロー引退って…」
隣に立つ女が目を丸くさせる。
知らなかったんか、この女も。
「テメェのことだ。その女が立ち直ったら、死ぬつもりなんだろ?だがら、家も携帯も解約して。全てを捨てた。あの、ジッポライターも」
「死ぬって、なまえさん!?どういうことですか!!?」
「…どうしたの急に?」
彼は笑った。
いつもと変わらない笑顔で。
「死なせねぇ。何があっても。テメェは、俺の隣にいればいいんだよ」
「やだな。なんでそんな急に暴君みたいなこと言ってるの」
「自分の大事なもんを、みすみす手離すと思うか!?」
俺の言葉に彼はまたきょとんとした。
わけわかんねぇんだ。
いつも隣にいて 何考えてんのかわかんねぇくせに 俺が何考えてるかは 手に取るようにわかってて。
けど、それが当たり前だった。
これからも、そうなんだと勝手に思ってた。
チームアップ要請を俺から出すのもコイツだけ。
独立したら サイドキックとして声をかけようと 勝手に決めていた。
だって、そうだろ?
お前が、俺をそういう風にしたんだから。
「お前は、今までもこれからも 俺の隣にいんだよ。そんな女を侍らせてんのは、違ぇ」
「侍らせるってね。この子、そういうんじゃないんだけど」
「知っとるわ!!けど、それでも!!」
お前がいなくなってもう半年。
隣にぽっかり穴が空いた。
俺にとって こいつがなんだったのか まだわからない。
けど、なくてはならないってことだけは 確かだった。
デクの話が 本当なら、コイツにとって俺もそうだったはずなのに。
「それでも、お前は…俺の隣にいろ。今まで好き勝手 付きまとっておいて、勝手に消えんのは 許さねぇ」
なまえは隣にいる女に 先に帰っててくれる?と首を傾げた。
「え、でも…」
「大丈夫だよ。ちゃんと俺も帰るから」
「それは、優しさか?傷の舐め合いか?なぁ、それが本当に救いなのか?」
爆豪、と 聞いたことのない低い声が 鼓膜を揺らす。
「言葉を選べ。お前、それを遺族に言うのか?」
「っ!」
「あ、あの。なまえさん…怒らないで、あげてください」
女は細い指で 焔の服を掴む。
「大切な人が、側にいない辛さは…わかります。生きて、いるなら…そりゃ、側にいてほしいですよ」
「けど、」
「わかってるんです、傷の舐め合いなの。甘えて、しまってるの。…ちゃんともう、1人で生きていけますよ、私。だから…帰ってあげてください。待ってる人が、いるんですよね?」
そんなこと言わないで、となまえの手が女の頭を撫でた。
やめろ、と 頭の中で声がする。
嫌なんだ、お前がそうやって大事そうに誰かに触れるのが。
俺以外の隣にいるのが。
俺を放って、別の奴を選んだことが。
「そんなこと、言わせてしまってごめんね。甘えたのは、俺も一緒だから。泣きそうな顔しないで」
「ごめんなさい、」
「1人で生きていくなんて、寂しいこと 言わないでよ。俺は、大切な義妹だと思ってるから。家族だと思って、頼ってほしい」
涙を目に溜めた女はこくりと頷いて、ありがとうと笑う。
「、先に 帰ってますね」
「うん、俺もちゃんと 帰るから」
俺に駆け寄ってきた女が あの、と小さな声で 囁く。
「知らなかったんです、なまえさんが ヒーロー辞めてること。家に、テレビもパソコンも携帯も ないんです」
私が見れなくて、と申し訳なさそうな眉を下げる。
きっと、嘘は言っていないんだろう。
よくある話だ、被害者遺族が そう言うもんを受け付けられなくなるのは。
「…ごめんなさい、貴方の…大切な人を奪って」
声が震えた。
涙の膜の張った瞳が 怯えるように揺れた。
嘘なんだ。
きっとまだ、立ち直れてなんか いない。
けど、コイツは俺の為に 強がったのか。
失礼します、と走って帰っていくその女を 焔は悲しそうに見つめていた。
「……ほかに、方法があった」
「何が?」
「あの女の側にいてぇなら、それでいい。けど、消息を絶つのはおかしいだろ。ヒーローをやめるのだって。そんなん、アイツも責任を感じることだろ!?」
あの子の為に辞めたわけじゃないよと 彼は笑う。
何で、笑うんだよ。
いつもと変わらないその笑みは、今 見せるものじゃないはずだ。
「弟を救えなかった時点で、辞めることは決めてた。続けられるとは、思わなかった。……すぐに、死のうと思ったけど、あの子が 苦しんでたから。最期に助けてあげたかった」
「助けるなら、最後まで助けてやれや。救われて、結局お前が死ぬんじゃ アイツはまた 大切な人を失うことになる」
「だから、バレないように死ぬつもりだったんじゃん。君がおおっぴらに言うから」
本当に勘弁してくれよと、彼は自嘲するような薄ら笑いを浮かべた。
見たくねぇんだよ、そんな諦めた面。
「…何で、俺の隣にいたんだよ お前、」
「神様に、一番近い存在に見えたからかなぁ」
「は?」
彼はちょっと場所変えようよ、と歩き出す。
行き先もわからないが後を追えば、彼は どこか遠くを見ながら 話し始めた。
「別にさ、ヒーローになりたかったわけじゃない。どっかのお偉いさんが、俺がヒーローになったら 弟のこれからを保証してやるっつーから、目指しただけ。両親も ヒーローが救いきれなかった人たちだから。ヒーローに、夢なんか見ちゃいなかった」
ヒーローは神様じゃない。
全員を、救い切ることなんかできない。
どれだけ必死に手を伸ばしても、届かない命がある。
「けどさ、お前。馬鹿みたいに真っ直ぐヒーロー目指してんだもん。がむしゃらで、危なっかしくて。けど、お前なら 神様にでもなれんじゃないかなって どっかで思ってた。取りこぼす命なんかなく 救い切れるんじゃないかって、夢みてた。だから、お前の隣にいた」
「なれるわけ、ねぇだろ…」
「わかってるよ。けど、そういう現場だとお前は何の迷いもなく嘘も虚勢もなく、俺は誰も死なせねぇって言うから」
お前の側にいれば俺もそうなれると思ったんだ、と彼は言った。
「俺はさ、アイツを幸せにしてやりたかった。アイツを守ってやりたかった。どんな時も、アイツを救えるヒーローになりたかった。お前みたいになりたかった。けど、なれなかったから」
彼は高台に続く階段を登っていく。
何も喋らなくなった彼の後をただ追っていれば、彼は街が見下ろせる柵の前で立ち止まり こちらを振り返った。
「俺は、多分。弟の神様になりたかったんだ」
彼は笑った。
そして、一筋だけ 涙を流し その体を 柵の向こう側に投げた。
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