05 「悪かったな、急に」
「いえ。仕事はもう終わっていたので」
向かい側に座った彼は 好きな物頼んでいいぞ、とこちらにメニューを差し出した。
烏龍茶と食べ物数品頼んで、先生はと聞けば とりあえず生ビールでいいよ、とメニューも見ずにオーダーを入れていく。
お酒は飲まないのか?という彼の問いかけに 飲めなくなっちゃって、と苦笑を零せば 彼は何か言いたそうに俺を見つめてから目を逸らした。
「昔は、好きだったんですけどね」
「…そうか、」
「それで?お話って?」
急かすことではなかったが、話の切り出し方を分からずそう尋ねれば 彼はあぁ、と逸らしていた目をこちらに向けた。
「…元気に、やれているのか…と思ってな。ヒーローに復帰してくれたのは、まぁ…同じヒーローとしてもお前を教えた先生の立場でも嬉しいことなんだけどな。…無理を、しているんじゃないかと、」
「……相変わらず、お優しいですね」
「いや、」
テーブルに運ばれてきたグラスを両手で包み込んで、そっと目を伏せる。
無理を、しているのだろうか。
「…爆豪に、お前のことを伝えたのは俺なんだ。だから、なんつーか…それが原因でお前に無理をさせているんじゃないかって」
「先生にお会いした時、人に知れ渡ることは覚悟してましたから。大丈夫ですよ」
「それなら、まぁ…いいんだが」
ヒーローに復帰して、また人の生き死にに関わるようになった。
弟のように救えない命も ある。
それでも、なんとか耐えられるようになってきた。
現場で倒れずに、済むようになってきた。
けど、そこまでしてヒーローをすることに 何の意味があるのか。
時々わからなくなる。
▽
俯いたなまえの顔色は窺い知れない。
だが、きっと 思い当たる節はあるんだろう。
弟の死から1年ちょい。
自らの手で救えなかったその命はあまりにも 重たい。
弟の彼女だったというその女性と、本当は逃げてしまいたかったのではないかと。
元々何を考えているのかわからない奴だった。
だが、決して俺の手を煩わせる奴でもなかった。
大人しく見えて、戦いの場では好戦的なところもあり。
爆豪や轟といった扱いづらかった生徒とも 親しく出来ていた。
どんな時も凛として、ブレない真っ直ぐな奴だった。
だからこそ、彼が俺の前で俯く その姿が まずあの頃ならあり得ないと思った。
「…ヒーローで、いる…理由が見つからないんです」
「え、」
「弟の為にお金が必要だった。弟の生活を守りたかった。けど、その弟を失って 貯まるお金の使い道がなくて なんか虚しいなって。緑谷みたいに…誰かを救いたいとか。別に、俺にはないから」
俺はどんなヒーローなんだろう。
目の前で困った顔して笑う彼が 痛々しい。
本当はまだ、戻るべきではなかったんだと 改めて思わされた。
「人を救うのは、煩わしいか?」
「いや、煩わしいとか…別に。けど、そこにやりがいは感じないですね。救えば救う程、救えなかった弟の命が 自分の中で目立って」
「…お前は、まだ 癒えてないんだな」
テーブルを挟んで向かいに座る彼の頭を撫でれば きょとん とした顔でこちらを見た。
「…爆豪は、急かしすぎたんだ」
「え?」
「本当はもっと、時間をかけて癒すべきだった。心の傷は目に見えないから」
この歳になって、撫でられるとはと彼は笑った。
けど、その手を振り払うことはしなかった。
目を閉じて遠慮がちに、俺の手に彼は擦り寄る。
それが やっと手懐けられて野良猫みたいで 少し頬が緩む。
「ねぇ…相澤先生、」
「なんだ」
「俺は、ヒーローになれますかね」
彼の質問に迷いなくYesとは言えなかった。
彼もそう返ってこないことをわかっていたのだろう。
俺の返事を聞く前に 冗談ですよと笑った。
▽
そろそろお開きにするか、と先生が立ち上がる。
その彼を目で追えば 学校でも時折見せていた優しい目を俺に向けた。
「…また、誘う」
「え、あ…ありがとうございます」
「お前も、いつでも連絡してきていいから」
じゃあ、連絡先下さいと新しい携帯を出せば彼は少し驚いた表情を見せてから 携帯を出してくれた。
「先生としてでも、同じヒーローとしてでも…俺は、お前を救ってやりたいと思ってる。迷うなとは言わないけどな、自分を追い詰めすぎるなよ」
ポンポンと軽く頭を撫でた彼は俺に背を向けた。
その背に伸ばした手。
「ねぇ、先生」
「ん?」
振り返った彼に 伸ばした手は宙を彷徨い、その手をそっと下ろす。
彼に伸ばしたその手で何を掴みたかったのか、そして何を言おうとしたのか。
わかっていたけど伝えるべきではないものだと気づいて、言いたかった言葉を飲み込み笑う。
「……ありがとうございました」
「…いや、」
帰り道、携帯を見れば爆豪からの着信が数回と1通のメッセージ。
終わったら連絡しろ、と書かれたそれに既読だけつけて ポケットに押し込んだ。
家に帰ればまた1人。
ずっと一人暮らしだったのに、それが凄く重くのしかかる。
そして、また朝を迎えれば ヒーローにならねばならない。
「…なまえ!」
「!?…先生?」
駅で別れたはずの先生が 何故か俺の後ろにいて。
大きく息を吐き出した。
「忘れ物ですか?」
「俺と、来るか」
「え?」
長い髪を鬱陶しそうにかきあげた彼は もう一度深呼吸をした。
「帰りたくないって、顔してた気がした。間違ってたらすまん」
「先生、ずるいなぁ」
つい溢れてしまった笑み。
そして、頬を伝った何か。
見開かれた彼の瞳。
「泣くなよ、」
引き寄せられ、彼の肩に押し付けた額。
俺の頭をぎこちなく大きな手の平が撫でた。
「カッコつけたけど、教員寮だぞ」
「…行っていいんですか、」
「まぁ、元生徒だし ヒーローだし。…みんなお前のこと知ってるから」
心配もしてる、と彼は言った。
「優しいなぁ」
彼と共にタクシーに乗って、車が止まったのは懐かしい校門の前。
ここで過ごした3年間は 偽物ではなかったはずだ。
だが、自分は 彼らとは違って 心からヒーローなんて目指しちゃいなかった。
その事を 俺はずっと、気付いていた。
「なまえ、」
先生に手招かれ、後を追う。
純粋にヒーローを目指す爆豪や緑谷が眩しかった。
迷いながらも前に進む轟やクラスメイトがカッコよかった。
ヒーローになれば、俺もそうなれると思った。
「教員寮の部屋って、意外と広い…」
「俺は物も少ないからな。着替え貸してやるから、シャワー浴びてこい」
先生は上下真っ黒のジャージと新品の下着を俺に持たせて 部屋の奥のシャワー室に俺を押し込んだ。
「教師として、俺はきっとまだまだ未熟だ。今もまだ、生徒にどう接することが正解なのかわからない。だから、間違っていたら 申し訳ない」
扉の向こうから聞こえる先生の声は どこか自信なさげだ。
らしくないその声を聞き漏らさないように耳を澄ませる。
「…ちゃんと、泣いたか。ちゃんと、弱音を吐いたか。…大人でも、ヒーローでも、独りじゃ生きていけない。強がらなくていい。お前に弱さを自分を曝け出す場所がないんなら、俺がいるから」
本当にずるい。
頬を濡らした涙に 唇を噛む。
「大切な家族だったんだろ。お前が、人生をかけて守ろうとした 大切な人だったんだろ。ちゃんと、泣いてやれ。強がって忘れることは 葬いじゃない」
ねぇ、俺はね。
君の神様になりたかったんだ。
君が苦しまないように、君が何の苦労もせず生きていけるように。
俺はたくさん苦労した。
両親を失って、マスコミのネタにされ、謂れ無い中傷も受けた。
それでも それだから 君だけは 守ってやろうと決めた。
君を守る盾となり、君を護る剣となり、君の生きる道を照らす光になりたかった。
君を失った俺は、一体何に なれるんだろうね。
君を救えなかった俺の両の手で 救えるものは何だろうね。
▽
シャワーの音は聞こえない。
その代わりに押し殺した嗚咽が耳に届く。
苦しそうなそれは、やはりなまえが無理をしていた事を物語っていた。
彼はまた明日、ヒーローにならねばならない。
それを求めたのは俺も含めた周りの人間。
彼の心なんて置き去りにしてしまっていた。
もっと、向き合ってやればよかった。
ヒーローだって、誰かに助けて欲しい時があるんだから。
| 〔
戻る〕
〔
TOP〕