07



「随分飲んだのか?」
「いや、」

差し出したコーヒーを受け取りながら彼はいつも以上に眉間に皺を寄せる。

「記憶がねぇ」
「珍しいこともあるもんだ」
「お前は、何してたんだ」

家でゆっくりしてたけど、と言えば彼はそうか と受け取ったコーヒーを啜る。

「一応、昨日の件は こんな感じで決まった」
「…時期尚早じゃないか?」
「これ以上被害者増やせねぇってことだろ」

わかるけど、と言えば何が引っかかるんだよ と彼はこちらを見る。

「詐欺。全部 被害者の家族や友人からの訴えだ。詐欺られた本人からはない。それってなんでだ?なんで結婚詐欺なんて 手間のかかるもんやってる?かける時間に対して 対価が見合わない」
「要するに?」
「ただの詐欺じゃない」

被害者本人は詐欺られたと思っていない。
それって本当に金を自らの意思で渡したのでは?
もしくは、そう信じ込んでいる?
もしそうなら、個性は 何だ。

「洗脳なら時間が経てば解ける。普通は。けど、それでも尚被害者本人からの訴えがないのは何でだ?」
「解けない個性…。洗脳よりも強固な」
「そう。けど、時間をかけてるってことは、それだけ 個性をかけるのに時間がかかるってことだ」

それなら捕まえるの楽じゃねぇか、と爆豪は言う。
確かにそうなんだ。
そうなんだけど、何だろう この拭えない不安は。

「大丈夫だ」

俺がそう言ってんだから信じろ、と彼は席を立つ。
わかるけど、わかるんだけど。
洗脳よりも強い個性ってなんだろう。
時間をかけるほど強固になる…。





「なまえさん」

ひらひら、と彼女は手を振る。
なんだか久しぶりな気がしますね、と微笑んだ彼女に確かにそうかもねと笑い返した。

「学校はどう?」
「楽しいですよ」
「それなら良かった」

何食べたい?と尋ねれば 少し考える素ぶりを見せてから、なまえさんは?と首を傾げる。

「俺はなんでも」
「なまえさんっていつもそればっかり」
「なんでも食べれるからさ」

じゃあ天ぷらにしましょうと彼女は俺の手を引き歩きます。

「天ぷら?」
「そういう気分なんですよ」

彼女はなまえさん なまえさんと楽しそうに笑いながら 運ばれてきた天ぷらを頬張る。
美味しいもの食べるとキラキラと輝く彼女の瞳を見ながら、あの頃に比べて随分元気になったものだなぁと自分も天ぷらを口に運んだ。

「大学卒業したら何するの?」
「何にも考えてないです。けど、そうだなぁ…爆豪さんに雇ってもらおうかな」
「え、やめときなよ。こき使われるだけだから」

こき使われてるんですね、と彼女は笑う。
否定はしないよ、と答えた俺に それでも一緒にいるんですね?と首を傾げた。

「まぁ、腐れ縁というかね。今更、俺を拾ってくれる人もいないだろうし。…まず、爆豪の元を離れたらヒーローはやめるだろうし」
「ヒーロー、やめちゃえばいいのに」
「え?」

彼女はニコリと笑った。
その笑顔に、どこか違和感を抱く。

「辛そうなんだもん、なまえさん」
「…そうかな」
「そうですよ。本当は辛いのに、どうして続けるんですか?本当は、目を背けたいのに」

じっと彼女は俺を見つめた。
なんだ、この違和感は。
口を開こうとしたとき鳴った携帯。
ごめん、とポケットから取り出せば 画面には相澤先生の名前が表示されていた。

「出てきていい?」
「はい」
「気にせず食べててね」

もしもし、と電話を耳に当てれば 今平気だったか?と彼の声。

「大丈夫です」
『大きなヤマに関わるって聞いたけど、』
「はい」

大丈夫なのか、と彼は問う。
大丈夫ですよと答えれば それならいいんだがと 先生が黙り込む。
その時感じた気配。
後ろに 人がいる。
トイレにでも行く人かとも思ったが、どうやらそこから動くことはしない。

「心配してくださってありがとうございます。次、いつ会えますか?」
『…お前が会いたいなら、いつでもくればいいよ。マイクも会いたがってた』
「そんなこと言われたら、甘えちゃいますよ?俺」

甘えろって言っただろ、と彼は少しだけ笑った気がした。
背後の気配はまだ、消えない。
気配を隠せてないところ見ると素人だし。
ファンかなぁとも思ったが、俺は顔出ししてないから あり得ない。

「ねぇ、消太さん」
『ん、!?』
「本当に、好きです。ありがとうございます。」

たまにヒーロー云々を抜きにして女の子に追いかけられることもあるけど、爆豪に電話して 「勝己 好きだよ」と言ってやるだけで大抵は追い払えるのだが。
どうやらまだ、気配は消えないようだ。

『なんだ、急に』
「いえ、伝えられる時に伝えないと 後悔するので。またすぐに会いに行きますね」
『…あぁ。それじゃ、無理はするなよ』

ありがとうございます、と電話を切り振り返る。
気配は消えた。
俺の電話を聞いてたのか?
なぜ?

「ごめんね、お待たせ」
「いえ!爆豪さんですか?」
「ん?いや、」

じゃあ、恋人ですか?と首を傾げる。
テーブルの上、電話に行く前とまるで変わっていない彼女の料理。
まさかなぁ、なんて思いながら 違うよと微笑む。

「それよりほら、冷めちゃうから早く食べちゃいな」
「はーい」

好きな人とか なまえさんにはいないんですか?と終わったと思った話を彼女は続けた。

「爆豪さんは?」
「そういうんじゃないって、アイツは。好きな人ね、考えたこともないかな」
「なまえさん モテそうなのに」

顔出ししてないから出会いは少ないんだよ、と笑う。
私なんてどうですかと 彼女はじっと俺を見つめる。
やっぱり 変だな。

「弟の大事な人に、俺は手を出さないよ」
「…優しいなぁ、やっぱり」
「俺は、アイツの大切にしてた君を 幸せにできる自信がない。弟さえ、幸せにできなかったから」

そんなことないですよ、と彼女は言う。

「自分のためにヒーローになったなまえさんのこと、凄く尊敬してましたよ。…なまえさんの優しさを一身に受けてたんだもん、幸せだったんじゃないかなぁ」
「その尊敬するヒーローに、救ってもらえなかったなんて。俺はなんて残酷なことをしたんだろうね」
「…そんな風に、言わないでください」

ごめんね、と呟いて 少し冷めた天ぷらを頬張る。
なんだろうな、この違和感。





「なまえ?」

彼女を家まで送って、事務所に戻れば 薄暗い部屋の中に爆豪がいた。

「あの女とご飯って言ってなかったか」
「行ってきたよ。家まで送って戻ってきただけ」
「なんで?」

事件の資料見せて、と言えば怪訝そうな顔をしながらも 彼はタブレットをこちらに差し出した。

「なんだよ、妙に固執すんじゃねぇか」
「…違和感がな、」

事件の時系列を見つめながら ふぅと一つ息を吐く。

「爆豪、悪いんだけど」
「んだよ」
「被害者に会いに行く許可を上に取っておいてくれない?」

なんでそこまで、と彼はこちらを見た。

「ちょっと確かめたいことがある。大丈夫だよ、無茶はしないし迷惑もかけないから」
「…お前の違和感って、俺は好きじゃねぇ」
「ひどいな」

よく当たるんだよ、と爆豪は舌打ちを零す。

「敵連合絡みで、お前の違和感が 何度発動したことか」
「変なセンサーみたいな扱いしないでくれない?」
「当たらずとも遠からずだろ」

けど確かに。
俺はこの違和感に、何度も救われた。

「…もし、この違和感がほんとなら」
「ん?」
「最悪の状況かもね」

は?と彼はこちらを見た。
タブレットに映し出された 事件の時系列。
あぁ、どうして この嫌な違和感を確定付けるような情報なのだろうか。

「…それって、どういう…」
「爆豪」
「んだよ、」

神様ってどうして全員を救わないんだろうなと呟けば はぁ!?と彼は呆れたような声。

「神様が全員を救えるなら、この世は誰も死にゃしねぇだろうよ」
「…うん、確かに」
「信じれば救われるなんて、嘘だ。救われてぇなら、テメェで足掻け。蜘蛛の糸だろうがなんだろうが、掴む為にがむしゃらになれ。神様助けてください、なんて人任せなもんは俺は好かねぇ」

お前は強いねと言えば で?何が言いたい、と彼が舌打ちをした。

「俺は神様にはなれなかったけど。もう、失いたくないと思っていたんだよ。大切なものは」
「…なまえ、」
「けど 天秤にかけなきゃいけないらしい」

タブレットの画面の電源を落として、爆豪の方に視線を投げた。

「この最悪が、当たらないことを願うよ」
「わかるように話せ」
「今はまだ、できない」

ありがとう、とタブレットを爆豪に返して 帰るねと事務所の玄関に向かう。
一人で突っ走るなよと背中に投げられた言葉にひらりと片手を上げた。

「大丈夫だよ。おやすみ、爆豪」






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