普通科先生と相澤消太


後に神野事件と呼ばれる 象徴を失った日。
俺の目に写っていたのは、失われた象徴ではなく頭を下げたスーツに身を包んだ彼だった。
いつものヒゲは綺麗に剃られて、何も手を加えられていない髪は綺麗に結われてハーフアップになっていた。
誘拐された爆豪勝己という生徒の為に、彼は無数の悪意の中にいた。
人より言葉には敏感だ。
彼に向けられる言葉は武器を持たぬ彼を一方的に攻撃し続けた。

「言葉は、暴力だな」

画面の中、1人の生徒を語る彼の言葉は真っ直ぐだ。
無数の悪意を跳ね除けて、彼は真っ直ぐ きっとその少年を見据えていた。
誘拐された生徒はいつだったか俺が注意をした少年らしい。
まるで呪いのような自分の言葉にうんざりしながらも、無事帰ってきた彼はきっと強く逞しくなるだろうと思っていた。

神野事件がもたらした新時代に世間がまだ動揺を隠せていない中。
仕事を終えた俺の携帯に着信が届く。
だが、それはたったワンコールで切れてしまった。
普段なら間違い電話だろうか、と考えていたかもしれないがその日はそのワンコールの意味が違う気がした。
メッセージを送っても既読にはならない。
電話をかけてみれば 数コールの後、もしもしといつものような彼の声。

『すいません、かけ間違えまして「今どこですか」…え?』
「飲みに行きましょ」
『え、いや…』

そんな気遣いは、と言いかけた彼に「俺が行きたいので付き合ってください」と重ねれば受話器の向こうは静かになる。

「相澤先生、俺の我儘に付き合ってくれませんか?」
『…ずるいですね、みょうじ先生は…』

放っておいてはいけないと、直感的にわかったのだ。
責任をとって辞職、なんてことにはならなかったらしいが。
それでも彼は背負いこんでいるのだろう。
合宿先。
自分がそこに、いたはずなのに守れなかったことを。
ヒーローとしても、先生としても。
彼は彼自身を許せはしない。
彼はきっと、そういう人なのだ。






「ちょ、大丈夫ですか!?」

随分と飲んでたからな。
お店から出て、ふらりと傾いた体を抱きとめる。

「意外と、鍛えてるんですね」
「相澤先生にはお見せできない お恥ずかしいレベルですけど」

支えた彼はすいません、と顔を上げた。
思いの外至近距離で交わった視線。
お酒のせいか少しばかり熱を帯びた目が細められる。

「みょうじ、せんせ…」

どきり、とした。
どこか弱ってる彼を連れ出したことに、下心がなかったのかといえば嘘になる。
彼の弱みを見せれる存在になれば、と。
彼の弱さを見てみたいっていう そんな気持ちだった。
そんな感情飲み込んで、いつもみたいに微笑む。

「大丈夫ですか?」

飲みながら彼が話したのは 自分のせいで生徒を追い詰めてしまったことへの後悔。
生徒を守るには 自分じゃ力不足だと。
何度も危険に晒してしまった生徒たちへの懺悔。
1人で20人を守りきり、巨悪と戦うなんて オールマイトですらきっと難しい。
それでも守りたいと言う彼はヒーローでしかなかった。
ただ、それでも。
彼だって、ただ1人の人間なのだ。
どんな力があろうと、人は1人では生きていけない。
ヒーローにだって、助けてほしい瞬間ってあるはずだから。

彼の両手が縋るように、なのにどこか遠慮がちに支えた俺の背に回る。

「魔が、さしたんです」
「はい?」
「…貴方なら、って」

肩に乗せられた額。
いつもは生徒を導く背中が、今日はいつもより小さく見えた。

「いいですよ、俺でいいなら」

その背中をとんとん、と摩ってやれば 彼は貴方の言葉は麻薬だと呟く。

「一度ハマれば抜け出せない。聞けば聞くほど、気持ちがふわふわする」
「そうなんですか?」
「その声が、聞こえなくなると不安になるんです。その声が、俺を責めたらと考えると、怖くなる」

だから電話をかけれなかった、と小さな声で言った。
助けを求めたかった。
けど、助けを求める手を振り払われたらと 考えていたんだろう。

「そんなこと、しませんよ。相澤先生?」
「は、い」

顔を上げた彼の頬に手を添える。
指先に伝わる熱が、妙に愛おしい。

「今日だけは、ヒーローも先生も、やめていいんですよ」

貴方はずるい、と彼は言って 目を閉じた。
どっちが、と思わないでもないけど。
それ唇に自分の唇をそっと、重ねた。

「やめるなら、今ですけど?」
「…野暮な事、言わないで下さい。言の葉みょうじ先生、」





額に滲んだ汗を拭った彼に ひゅっと息がつまる。
いつもの優しい先生が、こんな表情をしてるなんて。
熱と欲を滲ませた瞳に、泣きそうな自分が映り込む。

「相澤先生、」

態とらしく耳に吹き込まれた名前。
瞳は瞼に隠されて、唇が重なる。
口の中を優しく擽られて、自分の後ろの中に入れられた指が一番良いところを優しく撫でる。
絶妙に物足りない刺激に んっ と喉が鳴いた。

「考え事してるなんて、余裕ですね」
「ち、が」
「もっと、していいですか?」

3本目の指が態とらしく音をさせながら 体の中に。
痛みなく受け入れたその指が今までの優しさが嘘みたいに激しく自分の中をかき混ぜ始める。

「ぁ、待って、っあ、」
「嫌ですよ。俺のことだけみて、俺のことだけだけ考えてくれないと」

そんなこと言うキャラじゃないだろ、って反論したくても口から溢れるのは嬌声だけ。
決して自分のものとは思えないその声が、みょうじ先生の声と混ざり嫌に耳を刺激する。
声を我慢しようと唇を噛めば、痛いでしょの彼の指が唇をなぞり口の中に。

「ひぁ、ぁっ、」

猫の喉を擽るみたいに、上顎を擽り彼は その目を細める。
可愛いと彼は呟いて、首を横に振る俺の耳に直接もう一度 可愛いですよと吹き込んだ。
ぞわぞわと背中を走る快楽の波。

やっぱりダメだ、この声。

「相澤先生、中入っていいですか?」

ここまで好き勝手やってきたくせに、全ての動きを止めて彼は問うのだ。
どうして欲しいですか?と浅い呼吸を繰り返す俺に聞き直す。
言って欲しいな、って 彼は微笑んで耳に口を寄せる。
その動作だけで 腰が疼く。
吹き込まれる彼の声に、期待してるんだ。

「消太さん」

ひっ、と情けない声が出た。
あぁ、くそ。
こんなずるい男が他にいるだろうか。
散々、相澤先生 相澤先生と呼んでいたくせに なんで急にそんな 切ない声で名前を呼ぶんだ。

「なまえ、」
「え、」
「ほしい、から。はやく、しろ」

精一杯の仕返しのつもり。
彼の首に手を回し、引き寄せて彼の真似して呼んだ名前。
びっくりしたのか震えた肩にざまぁみろって思いながら、さっきの余裕が消えて 奪うように口付けた彼にしがみついた。





少しぼさついた髪を振り乱して、彼はシーツに縋り付く。
シワになった白いスーツに散らばる彼の髪が妙に心を擽る。
ヒーローの彼が、自分の下涙を滲ませ啼いている。

「気持ちい?」
「っ、聞く、なぁ、んっ」

ベッドの軋む音といやらしく響く水音。
仰け反った首に浮かび上がる喉仏に舌を這わせれば 後ろがぎゅっとキツくなる。

「んんっ、」

普段、急所を晒すことなんてない。
弱さを晒すことなんてない。
そんな彼が喉を晒して、涙を浮かべて、ただ快楽に溺れているのはどうしようもない優越感を抱かせる。

「消太さん、」

彼の頭を抱き寄せれば、背中に回された腕。
遠慮がちだった初めとは違って、しっかりと縋り付くように両腕は俺の背中に爪を立てる。

「辛くなったら、俺のところに来てくださいね」
「な、にっ、?」
「一人で苦しんじゃダメですよ」

嬌声に俺の小さな囁きは飲み込まれて、俺の声が届いているかはわからない。

「ぁ、あ、イくからっ、」

良いところだけをピストンを早め擦れば、彼の声は大きくなる。
ギリギリまで引き抜いて、最奥まで貫けば叫びにも似た声とお腹に濡れた感覚。
喰い千切るみたいな締め付けに、自分自身も彼の中で欲を吐き出した。
背に回っていた腕から力が抜け、離れそうになるのを両腕で抱きとめる。

「なまえ、」
「このまま眠っていいですよ、消太さん。大丈夫、明日の朝になればまた…"貴方は先生に、そしてヒーローに なってます"」
「そう、だと…いいな…」

彼は少しだけ笑った気がする。
腕の中で眠った彼をそのまま抱き上げて、お風呂に向かう。

「大丈夫ですよ。貴方のせいじゃない。貴方は間違ってなんか、いない。貴方は貴方の出来る最善のことをきっと、したのでしょう?なら、許してあげてください」

彼の髪を撫でながら、イレイザーヘッド と彼のヒーロー名を呟く。

「もし、また貴方が無数の悪意に晒されるならその時は俺が"貴方を守ります"」







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