If〜善意の第三者〜



「俺はね、たぶん。出会った時から なまえが好きだよ」

やらかした、と思った時には遅かった。
文化祭の雰囲気に飲まれたのか。
手も口も思考が追いつかない。
溢れでた告白を彼はいつもと同じ優しい表情で受け止めた。

「入試の時?」
「そう。カッコよかった。そのあと、話して もっと 好きになった」

何言っちゃってんの、俺。
男が男に告白なんて。

「怪我してばっかだし。無理してばっかだし。ヒーロー科にいない俺じゃ なんもしてあげられないのがいつももどかしくて」
「そんなこと、思ってたの?」
「そうだよ。だから、今必死に這い上がってる」

気持ち悪いって思われる、絶対。
嫌われるかもしれない、もう喋って貰えなくなるかもしれない。
そう思ってるのに俺の手はゆっくり、彼を引き寄せる。
それに逆らうこともせず、なまえは目を閉じた。

待って、いいの?
なんで拒否しないの。
拒めばいいのに、だって。
こんなの、普通 むりだろ。
友達だった奴にこんな感情向けられて、気持ち悪くないわけが…

「しないの?キス」

固まってしまった俺に痺れを切らしたのか、なまえは目を開けて真っ直ぐ俺を見つめた。

「し、ないの…て、お前…だって、」
「なに?」
「普通、むり…だろ…?俺、男なのに…友達、だったのに…なんで、そんな…」

なまえは首を傾げた。

「人を好きになることは、普通じゃないの?」
「違っ!男が、男を好きになるのが普通じゃないんだよ!?」
「どうして?」

俺にはわかんないな、と呟いてなまえは俺の頬に手を添えた。

「男とか女とか、そのカテゴライズに意味があるの?対象がなんであれ、好きって感情は…尊いものだよ」

重なった唇。
目の前に目を閉じた彼の顔。
頬に添えられていたのと反対の手がそっと俺の背中に回された。

「…っ、」
「顔、真っ赤だ」

そっと離れた彼が笑って頬を撫でる。
触れられたところが熱を持って、バクバクと心臓の音がする。

「俺、好きとか…恋愛とか、ちょっと難しくてわかんないけど。人使を傷つけるものなんて、全部消してあげる」
「は…?なに、それ」
「だから、俺のものでいて」

恋人になれば、人使は俺のものだよね?と彼は微笑みながら首を傾げた。

「っじゃあ…なまえも、俺のもの…なの?」
「うん。全部あげる。血の一滴も残らず、人使に捧げてあげる」
「…それは、重い」

そう?って笑ったなまえが俺から一歩だけ離れてそれくらいの気持ちってことだよと言った。

「俺を、俺にしてくれた人使にだから。全部捧げてもいい。人使を傷つける、苦しめる普通なんて、俺が全部壊してあげる」
「…かっこいいなぁ…なまえは」

何も言わず両手を広げた彼の胸に飛び込んで、小さな声で好きだと呟けば「ありがとう」と彼は笑った。

「俺も、人使が好きだよ」
「…恥ずかしげもなく、言うなよ」
「恥ずかしいことなんて、何もないよ」





「落ち着いた?」

真っ赤になっていた顔は薄紅色まで戻って、彼はこくりと頷いた。
冷めてしまったたこ焼きを彼に差し出せば、ぱくりとそれを食べて満足げに目を細める。

「美味しい」
「よかった。人使が買ってきたやつだけどね」
「ただ、足りない」

なんか食いに行こう、と人使は俺の手を引いた。
その手に視線を向ければ、慌てて人使は手を離す。

「わ、悪い!?別に、そう言うんじゃ」

あぁ、俺に温度がわかれば。
触れたあの手の温かさがわかったんだろうな。
赤く染まった頬の温度も、きっと。
叶わないそんなことを考えながら、離れてしまった彼の手を掴む。

「っ!」
「迷子にならないように、繋いでて。俺こういうお祭り的なの初めてだから」
「…ずるいんだってば、なまえは…」

目を逸らしながら、握り返された手。
伝わらない温度の代わりに、彼の緊張は伝わってくる。

「何食べたい?」
「…お腹にたまるもん」
「焼そばとかあったっけ?行ってみようか」

屋上からお祭り騒ぎの校舎に戻れば、楽しそうな声があちこちから聞こえた。
手を繋ぐ俺たちを不思議そうに見る人もいたけど、すぐに意識は他のところへ向いた。
なんかの罰ゲームかな、と上級生の女の人たちが微笑ましそうに俺たちを見ていたりして。
人使は相変わらず恥ずかしそうにしてたけど、恐らく思っていたよりも異質なものを見るような目を向けられなかったからかほっと息を吐いた。
だがそれも束の間。
俺の名前を呼んだクラスメイトの姿に気づくと繋いだ手を慌てて離した。

「あー!みょうじ!」
「芦戸と葉隠」

2人はどこ行ってたの、と俺たちに駆け寄ってちらと隣に立つ人使を見た。

「あれ、C組の?」
「仲良いんだね!」
「俺の大切な人だから」

なにそれ意味深、って2人は笑うが隣に立つ人使はなに言ってんの、小さな声で言った。

「さっき切島たちが探してたよ。一緒に回りたいって」
「今日は人使といるって決めてるから。普段一緒にいられない分、今日くらいは一緒にいたいし」
「…大切にされてるんだね、心操くん」

芦戸が何故か嬉しそうに笑って人使を見た。

「みょうじにそんなこと言わせる人初めて見た!」
「いいね、仲良しなんだね!」

みょうじのことよろしくね、と葉隠は言って人使の手を握りぶんぶんと上下に揺らす。
困惑する人使に「大丈夫だよ」と呟けば不安そうな目がこちらを見た。

「A組のみんなは、俺の大切なものを馬鹿にするような人じゃないよ」
「…そう、か」

校舎の放送が舞台の公演を伝えれば、2人は行かなくちゃと顔を見合わせた。

「じゃあ、またね!!」
「楽しんでね」

2人が手を振るのに振り返して、自分達もお目当ての場所に行こうと歩き出したのだが何故か芦戸がこちらに駆け寄ってきた。

「ごめん、一個忘れてた」

芦戸は俺の手を引いて耳に口を寄せる。
小さな声が伝えたことに目を瞬かせれば、彼女はにっこりと笑った。

「みんなには内緒にしとくから、安心してね。みょうじが幸せそうで私は凄く嬉しいよ」
「…ありがとう」

早くー!と葉隠が声をかければ芦戸は手を振って彼女の元へ戻っていく。
なんだったの?と首を傾げた人使になんでもないよと笑って、離されてしまった手を繋ぎ直した。

「手…」
「人使が嫌なら、無理強いはしないけど。俺は、この方がいいな」
「……嫌では、ない」

恥ずかしそうに俯いた彼の頭を撫でて、窓の外に視線を落とした。

女の子って鋭いよな、そういう話は。
別に隠す気もないし、いいけど。





あれもこれも、と食べ物を買って。
出し物を楽しんでいれば時間はあっという間に過ぎてしまった。
繋がれたままの手は何度か俺は離してしまった。
なまえや俺のクラスメイトが近くにいた時や先生の姿があった時。
けど、彼はそれを気にした様子もなく受け入れていた。

「もう終わっちゃうね」

最後に買った綿菓子を食べながら噴水の前に腰掛けてなまえが呟く。

「…楽しかった、」
「ん?俺も楽しかったよ」
「……ごめん、手…離して」

彼は目を瞬かせてから笑った。

「大丈夫だよ。今はまだ、無理でも。いつか堂々と手を繋げるようになったらいいね」
「…うん。…ね、なまえ」
「ん?」

初めは、憧れだった。
ヒーロー向きの個性を持って、正しくヒーローのように俺を助けてくれた。
話してみれば、彼の言葉は俺が欲しいものばかりだった。
暗闇にいた俺を、引き上げてくれた。
そして、ヒーローへの道を照らしてくれた。
いつも凛としていて、傷を負っても恥じることなく前を向く彼に惹かれるなという方が無理な話だった。
好きになるのは、必然だったんだ。
ただ、彼に見合う人間かと言われればそうではないと思っていた。
人としても、ヒーローとしても彼にはまだ遠く及ばない。

「…俺、強くなるから」
「うん」
「だから…もうちょっと、待っててね」

人として、ヒーローとして、恋人として 彼の隣に堂々と立てるようになったら。
繋いだ手を離すことはきっとしないから。
人の目なんて気にせず、ただ好きでいるから。

「いくらでも待つよ。俺は、人使のものだって言ったでしょ?」

文化祭の終了を告げる放送が流れ、歓声のような声が上がる。
妙に人が多い噴水の周りに俺はこの時気づいてもいなかった。
後ろの噴水が大きく水の柱を作り、そのタイミングで花火が上空に上がる。

「あ、花火」

空を見上げた俺の頭の後ろに彼の手が周り、引き寄せられる。
顔の横に大きな綿菓子が並んで、目を閉じた彼が俺にキスをした。
急なことに目を見開けば彼はそっと目を開いて、微笑むように目尻を下げた。

花火の音が消え、噴水の水が下がっていくと彼は名残惜しそうに俺の唇を舐めてから距離を取る。

「な、な!?!何して!?!!!」
「文化祭の最後の花火が上がる瞬間、噴水の前でキスすると幸せになれるんだって」

彼はそう言って笑った。
美味しい、と綿菓子を頬張って、食べる?と首を傾げる。

「食べてる場合じゃないだろ!?誰かに見られたらっ」
「大丈夫だよ、ここにいるのはみんな同じ目的の人ばかりだから。その瞬間は愛しい相手のことしか見えちゃいない」

彼の言葉に周りを見れば確かにカップルらしき人たちばかり。
ただ、中には男女じゃない人たちもいた。

「芦戸がさっき教えてくれたんだよ。幸せになってね、って」
「っ…!」
「人使が人の目を気にするのは、仕方ないことだと思う。けど、皆が皆お前を…俺たちを否定するわけじゃないんだよ」

大きな手は俺の頭を撫でて、「そのことだけは忘れないでね」と微笑んだ。

「お前を傷つけるものからは俺が守ってあげる。だけど、向けられる優しさは人使が気付いていってね。それは、俺にはわからないものだから。」

頷くことしか出来なかった。

「なまえ、」
「うん?」
「…好きだ。本当に、」

大好きだって言葉が少し震えた。
俺もだよって彼は俺の目の下をさすりながら言った。

「泣かないで」
「まだ、泣いてない」
「まだってなんだよ」

大丈夫だよ、と彼は言った。

「ちゃんと全部、届いてる。だから焦る必要もないし不安になる必要もないよ。俺はいつまでも待ってるから。俺にとって、人使が特別なことはこれから先も変わることはないからね」
「…それは、俺だってそうだよ」

おずおずと手を彼に差し出せば彼は微笑んでその手を取った。

「…校舎に、戻るまでの間だけ…」
「うん」




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