1匹狼の穏やかな日常


聞こえたのは耳障りな悪口だった。
村上がいるからB級上位にいるというもう聞き慣れてしまったのような話。

「…めんどくせぇ…」

体を起こして、頭元に放り投げていた煙草を口に咥えて火をつける。
まぁ上の人間を羨んでしまうのは仕方ないことだ。

「村上出れないようにして、ランク戦すりゃいんじゃね?」
「うわ!それ頭いいわ」

汚い笑い声だった。
羨むとこまでは、いいさ。
それで文句を言うくらい可愛いもの。
だが、そこなら姑息な手を使おうとするなら話は別だ。
この煙草を吸い終わるまでにやめたら見逃してやろう。
ポケットの中の端末には「本部にもういる?」と来馬から連絡が入っていた。
「いつもの喫煙所。ちょっと模擬戦するわ」と送れば 了解と一言。
さて、彼が来る前にどうにかするかと短くなった煙草を灰皿に擦り付けた。
静かに喫煙所のドアを開け、盛り上がる彼らに視線を投げる。

「やぁ、お兄さん方」
「は?」
「なんだよ」

ちょっと俺と模擬戦しない?と笑ってやれば彼らは怪訝そうな顔をしたが頷いた。

「なまえ!」

模擬戦は瞬殺で終わった。
あそこまで弱くてよく人の悪口を言えたものだ。

「来馬。悪ぃなここまで来させて」
「大丈夫だよ」

ブースから出てきた2人が顔見合わせていた。
チクられるとか思ってんのかねぇ。

「なぁ、お兄さん方知ってるか?」
「「は、はい!?」」
「鈴鳴の一匹狼は怒らせちゃいけないって話」

彼らの表情はみるみる青ざめていく。
うん、あの表情見れただけ満足した。

「口は災いの元だぜ?気をつけろよ」
「一匹狼って自分で言っちゃうんだね」
「俺の名前より広まってからなぁ…」

元々は隊を組んでいたが歳上と組んでいたこともありその人たちが卒業するタイミングで解散。
ソロ狙撃手としてフラフラしていたが学校が忙しく訓練とかも出られなくなっていて、辞めることも考えていた折に来馬に声をかけられた。

「珍しくね?本部招集」
「鋼が荒船くん達と模擬戦の約束してたみたいで」
「なるほどね」

隊に加入する話も出てはいたが、学校が忙しいという理由で辞退。
結果 鈴鳴の一匹狼という可愛げもない名前がついた。

「来馬先輩!みょうじ先輩!」
「お疲れ様、今ちゃん」
「お疲れさん」

駆け寄ってきた彼女の頭を撫でようとしてピタリと手を止める。

「どうしたんですか?」
「いや、この間 加古に女の子の頭撫でんのセクハラだって言われたから」

今まで気づかなくてごめんなーと行き場を失った手を下ろそうとすれば今が笑った。

「嫌なら嫌って言いますよ。私」
「年上だと言えないもんじゃね?」
「みょうじ先輩になら言えます」

それはそれで悲しくね?と笑いながら、下ろそうとした手で彼女の頭を撫でる。

「好きですよね、頭撫でるの」
「癖なんだよなぁ、多分」
「そう言えば太一は?」

来馬の言葉に沈黙。
そして、顔を見合わせた俺と今。

「嫌な予感しかしねぇんだわ、俺」
「安心してください。私もです」

支部の方行ってんじゃね、と言えば今がLINEを送ってくれたようで。
帰ってきたのは予想通りの返信だったらしく大きく溜息をついた。

「太一、もしかして…?」
「鈴鳴にいます…」
「あらら」

鋼はまだ来る時間じゃないし迎えに行ってくるよ、と怒りもせず言った来馬に私が行きます、と今が言った。

「2人はここで待っててください」
「女の子1人で行かせらんないでしょ。俺も行くわ」
「あ、待って。荒船くんなまえに会いたがってたから。ここで待っててあげて」

それなら仕方ない、と答えて2人を見送った。

「なまえ先輩、お待たせしました」
「お?お疲れさん」

ロビーのソファに座って鋼を待っていれば、荒船と影浦と共に彼は歩いてきた。
相変わらず同年代で仲が良いようだ。

「来馬先輩は?」
「太一が鈴鳴行っちゃって。今と迎えに行ってるよ。荒船と影浦は久しぶり」
「お久しぶりです!ここの所全然お会いできてなかったので、会えて嬉しいです」

俺、夜勤専従だから時間被らないもんな、と帽子の上から頭を撫でる。
その隣、影浦はマスクを上げて視線を逸らした。

「本部には戻らないんですか」
「鈴鳴は居心地いいからな。戻る予定はねぇよ」

本部にいた頃荒船と関わることは多かったし、こうやって寂しがってくれるのは可愛らしい。

「訓練なら声掛けてくれりゃ参加するから。つか、会いたいなら普通に連絡くれていいよ。連絡先知ってんだろ?」

それは恐れ多いです、と背筋を伸ばした彼に苦笑する。
そんな風に思ってもらう存在じゃないんだけど。

「まぁ、なんかありゃ鋼伝手でもいいから言って」
「……なまえさんって」
「うん?」

ずっと黙っていた影浦の視線がこちらに向く。

「なんでわざわざ県外の大学行ってんすか」
「三門に医学部ないからね。医者になる気はないんだけど、トリオンの医学分野の発展の為に?いつか、お前のサイドエフェクトも、軽くしてやるよ」

ポンポン、と意外に柔らかい彼の頭を撫でてやればまた目をそらされた。

「なまえ先輩。来馬先輩、着いたみたいです」
「おっけー。んじゃ、お二人さんはまた今度」





「なまえさーん!」

今と来馬と共に来た太一が手を振りながら駆け出す。
あー、嫌な予感するなって思った瞬間に 足が縺れて彼の体は傾き手にしていた携帯は真っ直ぐこちらに吹き飛んできた。

「太一!?」
「危ねぇぞー」

携帯はキャッチして、太一を受け止めればすいません!!と彼の声。
いい加減にしなさい、って今の声を聞きながら相変わらずだなと笑うしかない。

「お疲れさん。お前は相変わらずおっちょこちょいだなー」
「そんな可愛い言葉で片付かないですよ…」
「今もお迎え行ってくれてありがとな」

予約したお店は二宮おすすめの焼肉屋さん。
あれこれと準備してくれようとする太一を今が見てくれてる間に、鋼が準備をしてくれている。
まぁ、これも見慣れた光景だ。

「なまえは飲む?」
「飲んでいいなら飲みたいけど。主役はお前らだろ?」
「え?関係ないよ!なまえも仲間でしょ?」

恥ずかしげもなくよく言うよ、って思うけど。
彼のこういう所に惹かれて、鈴鳴に行ったようなものだからな。

「サンキュ、じゃあ生1つ」

お肉を焼きながら、あれこれと人の皿に放り込む俺を見て 自分も食べなよと来馬は言う。

「酒飲んでりゃ、つまみは少しでいいんだよ。そういや、最後の試合面白かったって聞いたけど?」
「このままじゃ、ダメかなって…思ってね」
「ふぅん。まぁ、いんじゃね?元々みんな弱いわけじゃないし、上を目指すのも面白ぇよな」

後でログ見ておこう、と呟けば「なまえさん!!俺に稽古つけてください!!」と太一が立ち上がった。
その拍子に箸が落ちたのは、もういつものことか。

「全然いいけど」
「そしたら、自分も…」
「いや、鋼はアタッカーじゃん」

まぁけど、こういう風に動く彼らを見るのは初めてかもしれない。
活きのいい部隊がいるって噂は聞いてるし、その子らが理由か?

「んー、そしたら戦略とか戦術教えるか?今までは来馬が組み立てること多かったろ?お前も頭使って戦っえよ。そうすりゃ来馬も動きの幅広がるだろうし」
「…是非、お願いします」
「いいの?なまえ。忙しいのに」

申し訳なさそうな来馬に笑う。

「関係ねぇよ。お前らの力になれんなら どうにでもするよ」
「それなら!もういっそのこと入っちゃえばいいのに」
「そりゃ、無理なお願いだわ。」

ちぇ、と口を尖らせた彼の皿に焼きあがったお肉を取り分ける。
俺が医大になど行っていなければそんな未来もあったのかもしれない。
あの頃のチームメイトと過ごした時間が少し、懐かしい。

「それでも俺は鈴鳴所属だから。全力で贔屓してやるよ」
「ありがとう、なまえ」
「お前も。なんかあったら頼れよ。うるさい外野黙らすのとか、得意だし?」

それはダメです、って今に怒られたけど。
こういう雰囲気も、まぁたまにはいいだろう。





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