自分の物には名前を


帰る、と連絡をしてきた彼は噎せ返るほどの血の匂いを纏って、帰ってきた。

「…何人だ」

俺の問いかけに彼は妖艶に微笑んだ。

「両手には収まるよ」
「…片手には収まらない、と」

ふふ、と笑った彼が手袋を外せば 義手からは血がぽたりぽたりと落ちてくる。
彼の血ではないんだろうな。

「風呂に入れ。何の為に帰ってきたんだよ」
「そんなの、弔くんに会うためにだよ」
「それにしては寄り道しすぎじゃないか?」

そうかな、と彼は首を傾げた。

「お風呂、どこにあるの?この建物」
「1階」
「広い?弔くんも行こう?」

なんで、と思わないでもないが。
先日の戦いから自由に動けもせず、満足に風呂にも入れていないことを思い出す。
この状態のなまえと、ってのが少し怖いが まぁいいか。

「わかった」
「…意外にすんなり。抱っこする?」
「血腥いから近付くな」

はーい、と注意された子供みたいに不貞腐れた返事をして、彼はマスクをつけ直した。
扉を開けて こちらを振り返る。
自由のきかない体も慣れたものだ。
足が縺れることも減った。

「そろそろ、ドクターのとこ行っちゃうんでしょ」
「…あぁ、」
「寂しいね」

帰ってくる、と答えて彼を見れば マスクから覗く瞳が薄らと細められた。

「疑ってんのか」
「んー、いや。大丈夫。信じるって、約束したし」
「…ならいい」

首輪でもつけるか?と呟けば彼はこちらを振り返り首を傾げる。

「構わないけど」
「…少しは嫌がれよ」
「弔くんがくれるものならなんだって嬉しいよ、俺は」

階段を降り切ったところでトゥワイスとホークスと遭遇した。

「リーダー!どこ行くんだ!?なまえ、おかえり!!」
「ただいま、トゥワイス。これからお風呂」
「…2人で?」

驚いているホークスになまえは「邪魔しないでね」と笑った。

「相変わらず仲良しだな!そんなはずねぇさ!!」
「おかげさまで」

ホークスの驚いた顔を知ってか知らずか、なまえは俺の腰に手を回し歩き出す。

「…お前、ホークスへの態度あからさまだな」
「うん?まぁ、疑ってるからね」
「そうか」

話は事前に聞いてはいたけれど。
まぁ、仕方ないか。
元々誰よりも人を信じられない人間だ。
俺でさえ、信じきれないのだから。

それでも、あの日でさえも。
俺が与えたピアスを付けていたのだから 素直ではない。

「うわ、広」

貸切の札をぶら下げて、風呂の中に入った彼はマスクを外しながら呟く。

「大人数で入ることもないのに、無駄だろ」
「うん、確かに」

血に汚れた服を洗濯機に放り投げて、前を歩く彼の体には無数の傷。
左腕に描かれた刺青は彼の白い肌には妙に浮いて見える。

「弔くん痩せたね」
「…お前もな」
「そう?」

拾った時に比べれば肉付きは良いのだが。

「飯、ちゃんと食べてるのか」
「まァ、一応。時々抜いたりもするけど」

シャワーを浴びれば流れる薄い赤。
やはり見えないだけで血塗れだったんだろうな。
義手の仕込みを開いてバシャバシャと雑に流す姿は結構異様だ。

「お前いつもそんな適当なのか」
「お風呂上がったらちゃんの手入れするよ。けど、血流すのはこれが1番楽。あ、髪の毛洗っていい?」
「…俺の?」

他に何があるの、って笑った彼は俺の後ろに立つ。

「髪伸びたよね」
「切る暇もなかったからな」
「後で痛んでる毛先だけ切ろっか」

さっきまで人を殺していたとは思えない優しい手が髪を撫でる。

「…なぁ、」
「うん?」
「楽しいか、学校」

まさかって彼は笑った。
どこか不安はあったのだ。
元々俺に拾われたから、こちら側に来たのではないかと。
ヒーローに拾われていれば、彼は正しくヒーローを目指したのではないかと。
俺からの裏切りを感じ、ヒーローたちの中にいれば心が動いてしまうのではないかと。

「目、閉じて。泡入っちゃうよ」
「…ん、」
「どんな場所で、どんな時間を過ごしたって。俺は弔くんが好きだし。個性が嫌いなことには変わりないから…それは、信じてよ」





目を閉じた弔くんはそうか、って穏やかな微笑んだ。
裏切られるのではと不安に思っていたのは俺だけではなかったんだな。

「お湯かけるよ」
「あぁ、」

少し甘い香りのするジャンプーを流して、長くなった髪を掬い自分の口を寄せる。

「…なまえ?」

不思議そうな声で俺を呼んで、振り返った彼の唇を奪えば 目を丸くさせた。

「な、んだ…急に…」
「したくなった」
「…先に言えないのか、お前は」

呆れた顔をしたけど、仕方ないなって彼は笑った。
伸びてきた手は頬を撫でて、そのまま首に降りていく。

「なぁ、やっぱ…首輪つけていいか」
「いいよって、さっきも言った。…なんなら、一生とれないやつにする?」
「一生とれないって?」

刺青、と答えれば 彼は目を瞬かせてから 「いいなそれ」と笑った。

「道具あるのか、今」
「寮にあるけど、取りにいけるかな」
「…あの金持ちのおっさんに用意させるか」

リ・デストロの扱いはどうやらお財布のようだ。
まぁお寿司を奢ってもらったって話も聞いたし 皆そんな感じなんだろうな。

「俺でもできるもんか」
「まぁ、俺は痛みないし。大丈夫かな。デザインどんなのにするか、後でカタログ見ようか」
「…そうだな」


そこまでやらなくていい、という言葉を突っぱねて 彼の髪をドライヤーで乾かしていれば部屋にノックの音。
マスクを付けてドアを開けばリ・デストロがいた。
その手には刺青の道具。

「ご用意致しました!!」
「ありがとう、助かるよ」

それを受け取れば、逃げるように彼はいなくなる。
随分と人が変わったらしい。

「仕事が早いね」
「まぁ、そういうところは便利だな」

髪を乾かされながら携帯でデザインを見ていた弔くんはこれがいい、と1枚の写真をこちらに見せた。

「シンプルだね」
「…派手にする必要も、ない」

ひとまずの使い方を彼に教えれば、失敗したらすまんと彼は小さな声で言った。

「いーよ、気にしなくて」
「…気にしろ、首だぞ」
「弔くんになら殺されてあげるよ」

物騒なこと言うな、と呆れたように彼は溜息をついた。
痛みをなくし、喉元をさらけ出す。
下書きしたラインに沿って線を引くのだが、喉の近くで彼の手が止まる。
どんな表情をしてるのかわかんかいんだよなぁ…。

「なまえ、」
「うん?」
「ほんとにやるからな?」

いいよ、と彼の頭をぽんと撫でれば 痛みはないが肌が焼ける香りがしてきた。





「二度とやらない」

彼の首に刺青をいれ終えて言った一言になまえは目を瞬かせてから笑った。

「鏡みーせて」
「ん、」
「あ、すごーい」

首をぐるりと一周する細めのラインとシンプルな飾り。

「ありがとう、弔くん」

指でそれをなぞりながら彼は幸せそうに表情を綻ばせる。

「もう、信じられなくて勝手なことするとか…なしだぞ」
「うん。約束する。…もし俺がいらなくなったらさ、この首から壊してね」

優しい目が俺を見上げた。
裏切るなって話をしてるのに、何故捨てられる可能性が生まれるのか。

「いらなくなんてなんない」
「……うん、」

よくもまぁ、こんなことを自分の腕にできたものだ。
自分の体に対して、道具視してるところもあるし仕方ないのだろうけど。
俺と戦った時だって、両腕があれば治せるからと頬が崩壊することに動揺もしちゃいなかった。

「なまえ、疲れた」
「お疲れ様」

ベッドに座りそう声をかければ彼は微笑みながらそう返事をする。
ぽん、と自分の隣を叩けば彼はきょとんとして俺を見た。

「まだ時間あんだろ。ちょっと付き合え」
「…お昼寝に?」
「枕になれ」

大事にしたいと思っていることは彼には伝わらない。
俺がお前を裏切らないっことも。
俺がお前を不要に思うことなんかないってことも。
お前にはイマイチ伝わりきらない。
仕方ないとは思うが、どこかムカつくのも事実だ。

ベッドに寝転んだ彼が腕を伸ばす。
そのに頭を乗せれば、両腕が俺を抱きしめた。

「…起きたら、みんなのとこ行こっか」
「トガとトゥワイスが出前頼むって張り切ってた」
「ほんと?ピザがいいなー」

後でな、と答えて彼に擦り寄れば義手が髪を撫でた。

「今度こそ…起きるまでいろよ…」
「うん、約束する。おやすみ、弔くん」
「………おやすみ、」





弔くんや連合のみんなと久々に過ごせた休日が終わりまた学校へ逆戻り。
憂鬱だが、着た制服から覗く首の刺青に少しだけ気分がいい。

「どうしたん!?それ!!」

そっこー見つかり問い詰められるのを適当に流していれば「t.sってなに?」と上鳴が首を傾げた。

「首の後ろんとこ、それだけ白抜きされてる」

そんなデザインではなかったはずだ。
t.s?
……弔 死柄木…?

「大事な人のイニシャルかな」
「はぁ!?お前!!彼女いんのか!?!」
「違うけど」

可愛いことをしてくれる。
…ヒミコちゃんがニヤニヤしてたのもそういうことだろう。

「自分の物には名前書くだろ?…多分、そういうことだよ」



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