家族ごっこ


「次!あれ見ましょう!」

ひらりと黒いスカートをはためかせた少女はこちらを振り返り笑顔を見せる。

「急がなくても、お店は逃げないよ」
「知ってますよ」

朝、たまには普通にお買い物がしたいと呟いたのはトガだった。
俺と彼女、黒霧しかいないアジトの中で 彼女の声は随分とはっきり聞こえた。

「俺とで良ければいく?ショッピング」
「え!?いいんですか!?」
「いいよ。ただ、流石に制服の女の子平日の昼間から連れ回せないから…どこかで着替えようね」

指名手配された俺たちに自由はない。
まぁ、案外マスクひとつと髪型を変えるだけで見つからないものではあるのだけど。

「黒霧、死柄木たちに伝えておいてくれる?」
「かしこまりました」
「どうせ、昼過ぎに起きてくるだろうから。何か食べれそうなものも買ってくるよ」

早く早く!と嬉しそうな彼女にすぐ行くよと笑いかけ、黒霧に後は頼むなと伝えた。

「お出かけさせるのも久しぶりでしょう?なまえさんも楽しんでいらして下さい」
「ありがとう」

そんなわけで彼女と2人、ショッピングに来ているのだが。
男ばかりの環境にストレスもあったのだろうか。
ストッパーが外れたように、彼女はあれもこれもお店の中を覗き あれも可愛いこれも好きと手を伸ばす。
彼女も普通の女の子なのだ。
眩しいくらいの笑顔を眺めながら試着室に入った彼女を待っていた。

「可愛らしい彼女さんですね」

そう声をかけてきた店員に目を瞬かせてから笑った。

「え?あーそうですね。自慢の」
「なまえさん!どうですか!?」

試着室から出てきたトガに「可愛いね、よく似合う」と言えば 彼女は嬉しそうに笑った。





昼近くに起きれば妙にバーは静かだった。

「おはようございます」
「…トガとなまえは」
「お2人でお出かけになりましたよ」

あぁ、またか。
そう思ってしまったのは仕方ないだろう。

「またかよ」

俺の気持ちを代弁するかのようにそう言って1つ席を空けて椅子に座った荼毘が何か飲み物くれと頬杖をついた。

「あいつ、なんでヴィランなんかやってんの?典型的な善人じゃん」
「…言いたいことはわかる。けど、あいつはどうしようもなくヴィランだぞ」

なまえという男は間違いなくヴィランという分類の人間であり、敵連合に所属している。
だが、荼毘の言う通り善人なのだ。
あれが欲しい、と言えば次の日には買ってくるし、どこかへ行きたいと言えば車を出してくれ、あれが食いたいと言えば 器用に作ってくれる。
今日もどうせトガに買い物に行きたいとせがまれたのだろう。

「ただいまぁ〜!!」

静けさをぶち壊した声。
振り返ればトガは楽しそうに表情を緩め、その後ろなまえは微笑みを浮かべていた。

「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、トガさん なまえさん」

大きな袋を持ち、そのままカウンターに入ったなまえはただいまと俺たちに声をかけた。

「……甘やかすなよ、あんまり」
「え?そんなつもりなかったんだけどなぁ」
「自覚ないなら、それはそれでやべぇぞ」

荼毘の言葉になまえは苦笑を零す。

「お腹は空いてる?ちょうど美味しそうなサーモンが売ってたから、クリームパスタでも作ろうかと思うんだけど」
「私はいただきます」
「トガも食べます!」

2人はどうする?と首を傾げた彼に荼毘は一言食う、と答えた。

「死柄木は?」
「…食べる」
「じゃあ、全員分作るね」

自分用に買ったエプロンを付けた彼はカウンターを挟み俺の前に立つ。
慣れた手つきで野菜を洗い、切る姿を見ていれば 「見てください」とトガが後ろで声をかけた。

「…なんだそれ」
「なまえさんが買ってくれた新しい洋服です」

普段制服を着てるトガが身につけたのは普通の私服。
やっぱり良く似合うね、と甘い優しい声でなまえは言った。

「なまえ、甘やかしすぎだ。あれこれ買ってやるな」
「制服着てる女の子とおっさんが一緒に歩いてると目立つだろ?」
「…だとしてもだ」

この男は自覚が無さすぎる。
文句を言いたくなる気持ちが伝わったのか荼毘が隣で笑った。

「俺にもなんか、買ってくれよ」
「え?いいけど。何かを欲しいものあるの?」
「なまえ、甘やかすなって言ってんだろ」

そんなつもりないんだけどなぁと、彼はやはり苦笑を零した。

「なぁ、なまえ」
「うん?」
「お前ってなんでヴィランなんかやってんの」

荼毘のその問いかけに彼は首を傾げた。

「どうしたの急に」
「ふと、気になった」
「そういえば、私も知らないです」

トガも話に食いつくと、話したことなかったっけと彼は俯きながら笑った。


自分が高校生になった頃、双子の弟妹が生まれた。
腕の中に収まる小さく力強い命にあの時、感動して涙が止まらなかったのを覚えている。
2人はすくすくと育った。
学校が終われば友達と遊ぶよりも家に帰って、2人と遊び。
2人にプレゼントを買ってあげたくてバイトまで始めた。
それぐらいまで溺愛した、それこそ目に入れても痛くない弟と妹はヒーローの壊した建物の下敷きとなり 4歳という若さで亡くなった。

メディアを意識した派手なパフォーマンスじみた攻撃が工事現場の足場を壊し、2人を連れて買い物に行っていた母諸共押し潰したのだ。
愛する妻と我が子を亡くした父は葬儀を終えると後追い自殺し、その喪主を1人残された俺がすることとなる。
その頃にはもう、涙など枯れ果てていた。

愛する家族を失ったのだ。
それが、大学2年生の夏だった。
それから学校を退学し、朝から晩まで働いた。
生きる意味もわからず、でも死ぬ気力もなかったのだ。
そんな風に何年も過ごした頃、自分の家族を殺したヒーローが何の偶然か俺の働くお店にやってきたのだ。
4人の命を奪った癖に、そのヒーローはへらへらと笑っていた。
俺はヒーローなんだ、と店の若いバイトの女の子に声をかけ 見るに堪えない姿を晒していた。
助けてください、と涙目で俺に縋ったバイトの女の子に あの時なんて声を掛けたのか。
気づけば店の裏で、そのヒーローを殴り殺していた。

「で、そっからめでたくヴィランデビュー。先生に声をかけられて死柄木の世話係になったんだよ」

荼毘もトガも言葉を失ったのか黙り込み、当の本人は穏やかに笑ってから料理を進めていく。

「…ヒーローを恨んでるのか」
「いや、そういう感情は別にないよ。俺が恨んでたのは殴り殺したヒーローだけだし。けど、アイツを殺したということに罪の意識はないから。捕まる気もない」

私たちを甘やかしてくれるはその代わりですか、と尋ねたのはトガだった。
驚いた顔をしたなまえはすぐに表情を緩める。

「あの子たちに、してあげたかったことをしてる自覚はあるよ。けど、みんなの事は弟妹とはまた別で 大切に思ってる」

君たちの為なら、なんでも買ってあげたいし何でもしてあげたい、と彼は平然と宣う。
予想通り荼毘は「殺しでも?」と尋ねた。
愛おしいそうに、狂気を含んだ彼の瞳と薄い唇が綺麗な弧を描く。
そして「誰を殺して欲しい?」と囁くように言った。

ビクッと体を硬直させた彼らを見て だから言っただろうと溜息を吐く。
この男は愛する家族を失ってから、壊れたのだ。
罪の意識などなく、愛の為に人を殺せる。
人を殺し汚れた両手で、愛していると俺たちを包み込む。
それをヴィランと言わず、なんと言う。

「とりあえず聞いただけだ」
「なんだ。誰か殺して欲しかったら言ってね」

お湯からあげられたパスタが白い煙を上げる。
もうできるから座りな、と彼はいつも通り笑って声をかけた。





食器を洗う黒霧の傍ら、いれたコーヒーを飲みながら各々に過ごす彼らを眺める。

「まるで親のそれですね」
「うん?」
「子供を見つめる目をしています」

黒霧の言葉に俺は笑って、こんなに手がかからない子供はいないよと呟く。

「けど、こんなに愛おしいのだから 子供でもいいのかもしれないね。黒霧はお母さんかな?それで、トゥワイスが長男かな。死柄木と荼毘は反抗期の双子?長女がトガ…先生はおじいちゃんかな?」
「おや、面白い話をしてるね」
「あ、先生…すいません。お父さんの方がいいですか?」

いや、そのままでいいよと彼は笑った。

「俺、長男でいいのか!?俺以外誰がいるんだ!!」

先程帰ってきたトゥワイスが嬉しそうに笑った。

「ふざけるな、これの弟もリーダーの双子も勘弁してくれ」
「それはこっちのセリフだ」
「あれ、残念」

トガは長女はマグ姉がいいです、と少し寂しそうに笑った。

「そうだね、それがいいね」
「俺がリーダーなんだから、長男は俺だろ」
「精神年齢的に言えば俺だ」

睨み合う死柄木と荼毘にそういう所が兄弟っぽいとは言わなかった。
言ったら多分、怒るだろうし。

けど家族みたいに一緒にいたいな、と言えば彼らは一様に口を閉ざし 死柄木は大きな溜息をついた。

「言われなくとも、そのつもりだ。家族ごっこなんかしなくとも、」
「そうか、嬉しいな」





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