IF~HERO~


学校が始まり、最初の戦闘訓練。
ペアに分かれて行う屋内戦だった。
チーム分けは緑谷、麗日vs爆豪、飯田、俺。

「チーム離れちゃったね」
「う、うん」

大丈夫だよ、と微笑んでやれば緑谷は目を瞬かせてから笑った。

「ちゃんと強くなってるから。けど、まだ無理はしないようにね。体は出来上がってないし。けど、ギャフンと言わせてやるくらいはいいんじゃないかな」
「なまえくんって結構、そういうとこあるよね」
「え?」

意外と好戦的、と彼は言う。
好戦的なのは否定しないが、意外だったのだろうか。

「デクくん!」
「うう麗日さん!!?」
「じゃ、また後で」

麗日と呼ばれた女の子は俺を見て、2人って仲良いんやねぇと表情を緩める。

「入学前から友達だから」
「て、ことは爆豪くんも?」
「爆豪は違うよ」

俺が友達なのは緑谷だけだから、と答えて 作戦会議をしようと声をかけてきた先に建物に入っていた飯田に返事をする。

「なまえくん!」
「ん?」
「が、頑張るね!ギャフンと、言わせる!」

少しずつだが、俺の前では自信なさげにすることはなくなってきた。
だが、爆豪がいれば話は違う。
植え付けられたトラウマとでもいうのか。
体に染み付いた恐怖が やっと手に入れ始めた自信を抑え込む。
俺が連れてきてから、彼は爆豪たちにやられたことを教えてくれた。
ヒーローのことを語らせれば饒舌な彼だが、そのこととなるの途端に言葉を詰まらせる。

「ただ、個性を持っていただけの人間が。…何様だよ」

クラスメイトでなければ、速攻で喰い殺すのに。

ハリボテの核をポンポンと叩く。

「訓練とはいえ敵になるのは心苦しいな…これを守ればいいのか…」
「オイ、デクは個性があるんだな?」

爆豪は俺たちに背を向けながらそう、問いかける。

「あの怪力を見ただろう?どうやらリスクが大きいようだが…しかし君は緑谷くんにやけにつっかかるな」
「この俺を騙してたのか…!?クソナードが!!」

騙していた、という言葉を聞く限り、自分は緑谷の全てを知っていて当然だとでも思っているのだろうか。
まるで、自分の所有物のように彼は話す。

そろそろ5分が経つ。
ヒーロー組が潜入してくる頃だろう。
作戦という作戦も立てず 爆豪は飛び出していった。

「爆豪くんめ!勝手に飛び出してしまった…なんなのだ彼は!もう!!」

通信機で声をかけるもぷつりと音が切れる。

「いーよ、放っておいて」

俺はそう呟いて フロアに行くつかの錬成陣を書いていく。

「とりあえず、あの麗日って子。触れることで個性を発動させてたから この部屋にあるもの全部 別のところに運んでもらえる?」
「あ、あぁ。」

緑谷のあの爆豪に対する恐怖感は正直、邪魔だ。
今後の作戦で爆豪を敵に回すことは確実。
早めにあの苦手意識を取り払っておきたい。
ともなれば、今日の訓練で緑谷を勝たせるか 爆豪を大人しくさせるかの二択だろう。

「これで一通り片付いたな」
「おそらく 麗日一人でここへ来る。 爆豪は緑谷に執着してる。麗日にもこの試合の勝敗にも、興味はないだろうから」
「そ、そうだな…。君は意外と、真面目なのだな」

彼の言葉に俺は笑った。

「真面目不真面目だったと言われれば、不真面目なんじゃない?けど、緑谷に爆豪と向き合う舞台を用意してあげたいから」
「そ、そうか…」
「そう。だから、俺たちは麗日の相手してればいいよ」

だがしかし、敵になるとは難しいなと彼は一人でブツブツと話し始める。

緑谷は勝てるだろうか。
あれだけ爆豪のことを調べ上げているし、太刀打ちできないとは思わないけど。
まだ個性は未完成。
正直、厳しいか。
けど彼にも言ったが、ギャフンと思わせてほしい。
勝つのは今じゃなくてもいいから。
まずあのトラウマを、少しでも壊さないと。

予想通り現れたのは麗日1人。
緑谷はきっと爆豪と戦闘中だろう。
自分もそろそろ戦闘に加わったほうがいいか、と錬成陣に両手をつこうとした時、建物に大きな揺れ。

「何だ!!?爆豪くんか!?何をしているんだ彼は!」

その揺れに飯田が気を取られた隙に体を浮かせて核に触れようとした麗日を壁を錬成して防いだ。

「ぎゃん!」
「飯田、集中」
「す、すまない」

核の前に錬成した壁を消して、溜息をつく。

麗日は小さな声で通信機の向こうの緑谷と言葉を交わし、急に柱に抱きついた。
そして突然割れた地面。
飛び散る破片を眺めながら頬が自然と緩む。

観察眼を求めて拾ったけど、このパワーがノーリスクで使えるようになったら凄いだろうな。

「二人とも!ごめんね即興必殺彗星ホームラン!!」

折れた柱で破片を打った彼女に 滅茶苦茶だなと思いながら、仕込んでいた核を囲む大きなもう一つの錬成陣に両手をついた。
柱のようなものが丸々核を覆い隠し、彼女が打ち込んだ破片を弾いていく。
嘘!?と目を丸くさせた彼女に一気に距離を詰め、柱に仕込んでいた錬成陣に触れ そのまま地面に押さえつけた。
そして、大きく開いた穴に飛び込み、倒れる緑谷の近くに降り立つ。

最終的には爆豪との勝負ではなく、この訓練の勝敗を優先したのか。
気を失った彼を見下ろしながら『敵チーム WIN!』という放送を聞き流す。
爆豪はというと呆然と立ち尽くしていた。

「緑谷、大丈夫か」

肩を揺らし声をかければかすかに瞼を震わせた。

「かっこよかったよ」

彼は少しだけ表情を緩めた気がした。
ギャフン、とは言わせられてないけど それくらいのインパクトはあっただろう。
まぁ、これで緑谷が立ってれば尚良しなんだけどまだ出来上がってない体じゃ仕方ないか。
次は爆豪を見下ろして笑ってもらおう。

「お疲れ」

彼の頭を撫でて、こちらを睨みつける爆豪に視線を投げる。

「テメェ、クソデクの何だ」
「お前は、完敗だね」
「あ゛!?!」

態とらしく笑顔も貼り付けてやれば彼は目を見開き俺の胸倉を掴んだ。

「緑谷をずっと見下してきた。弱いと決めつけてきた。そうしなくちゃ、お前は上には立てなかった。暴力で他人を押さえつけて、踏み付けて、なんとか保ってきたその場所が 揺るがされた。どんな気分?」
「黙れ、」
「他人をいじめておいて、ヒーロー?傷つけておいて、ヒーロー?まずさ、そんな態度でヒーロー?笑わせる。ただ、個性を持っていただけの人間のくせに。随分とお花畑な頭だな」

お前じゃヒーローにはなれないよ。
胸倉を掴む彼の手を力を入れて握り締める。

「けど、まぁ俺も鬼じゃないから。お前みたいなやつでもヒーローになれる方法教えてやるよ」
「は、」
「来世に期待して、ワンチャンダイブ」

緑谷によって破壊された建物から見える青空を指差す。

「その腐り切った性格じゃ、ヒーローになんかなれない。だからさ、次こそは良い人になれるように 死んでやり直せよ」

目を見開き固まった彼にどうした?と態とらしく笑った。
どうした?なんて。
忘れるはずないよな、お前が緑谷に言った言葉。

「飛べないってんなら、俺が押してやろうか?その背中」

なぁ?と俯いてしまった彼の目を覗き込みニィと口角を上げる。
引き攣った爆豪の表情を 緑谷に見せてあげたかったと そう思った。

「そこまでだみょうじ少年、爆豪少年」
「手、離せよ」

離れた手。
微かに震えて見える指先。

「爆豪。無個性だった緑谷に個性があった。個性というアドバンテージはなくなった。お前は一体、緑谷の何に勝てるのかな?」

耳元に口を寄せ、オールマイトに聞こえないように囁いた言葉。
怒りに震えた手は俺に掴みかかることはなかった。





「よ、お目覚めかな」

ベッドサイドの椅子に足を組んで座ってたなまえくんがにこりと笑う。

「体力が足りなくて、体すぐには治しきれてないって」
「…そっか、」
「けどまぁ…百点満点とはいかないけど、合格点じゃない?」

緑谷が爆豪に向かっていった。
それが何よりもの成長なのだ。
心理的な傷はそう易々と治るものではないが、そこに向かう第一歩であったことには違いない。

「立ち向かえたじゃん。面と向かって」
「…うん。けど、まだ…扱えなかった」
「大丈夫だよ、時間は まだある」

俯いた緑谷の頭を撫でて立ち上がる。

「動ける?帰ろ」
「あ、うん!」
「一旦教室戻るよね?俺、外で待ってる」

俺の言葉に彼は頷いたが、外に出ようと背を向けた俺の名前を呼んだ。

「そういえば…気のせい、じゃなければ…」
「うん?」
「かっちゃんと何か話してたよね?」

ぼんやりしてたけどなまえくんの声は聞こえてた、と彼は言う。

「緑谷は強いよって、宣戦布告。次は勝たせるから」

なまえくんはひらひらと手を振って保健室を出て行った。
彼に出会わなければ、きっとここにはいない。
かっちゃんと真っ向勝負なんて、できやしなかった。
少しは変われているのかもしれない。
けど、まだ僕はなまえくんの力になんか、なれない。
弔さんの力にも、先生の力にも。

「もっと、強くならなきゃ」

認めてもらえるように。
彼らに並べるように。
その為には、超えなきゃいけない壁がある。

切島くん達との話を早々に切り上げて待たせてしまっているなまえの元へ急げば そこには先に帰ったと聞いていたかっちゃんの姿があった。
僕の存在に気づいた彼は舌打ちをする。

「やっときたんか」
「か、かっちゃん…」
「こいつは、お前のなんだ」

僕を睨みつけるかっちゃんの後ろ、なまえくんがニィと口角を上げた。
弔さんと話しているときみたいに、ハートイーターとして悪者に刃を突き立てる時みたいに。

反対に、かっちゃんは焦っているように見えた。
俺を睨みつけて。
怯えているようにも見えた。

「ヒーロー、」
「あ゛?」
「僕を救い上げてくれた、僕を舞台に立たせてくれた…僕の正義の味方だよ。ヒーローなんだ、なまえくんは」

どういうことだ、と声を荒げたかっちゃんになまえくんは何が面白いのかケラケラと声を出して笑う。

「正義の味方、ヒーローね。うん、悪くない。どうする?爆豪。俺がヒーローらしいけど?」

なんの話かわからないけど。
かっちゃんがなまえくんを睨んで舌打ちをした。
けど、それ以上は何もなかった。
言いたいことを我慢するみたい噛んだ唇。
震える手からは小さな爆発が何度も起こる。

「帰ろ、緑谷」
「え、あ!ちょっと待って!?かっちゃんは?!」
「まだ話すことある?」

なまえくんとかっちゃんの視線が交わる。
沈黙の後、目を先に逸らしたのはかっちゃんだった。

「いいって、帰って」
「え、あ…うん!ま、またね…?」

すごいな、なまえくんは。
かっちゃんにあんな風に接する人、今まで一人もいなかった。

「そんなボロボロで帰ったら弔くんに笑われそう」
「…やっぱり、」
「まぁ、次は怪我せずにやろうな。心配するからさ」

僕もいつか、彼のような正義の味方になれるのかな。



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