薔薇の血液 パリン、と音を立てて割れたグラス。
音の方を振り返れば床に広がる液体とキラキラと光る割れたグラスの破片。
「大丈夫ですか」
カウンターから覗き込んだ黒霧にヒミコちゃんは大丈夫だよとへらりと笑う。
それを片付けようとしたのか、破片に手を伸ばした彼女の手を掴む。
「なまえくん?」
「やめな、怪我しちゃうから」
制服は汚れてない?と首を傾げればヒミコちゃんは大丈夫だよと表情を緩める。
「今掃除機持ってきますね」
立ち上がったヒミコちゃんに雑巾だけでいいよ、と言えばこてんと首を傾げたが奥の部屋に入っていく。
両手を合わせて、地面につける。
青く光った床と元の形に戻っていくグラス。
「わー!!」
「ん?」
「すごい!すごいね!なまえくん!!」
雑巾を持って駆け寄ってきたヒミコちゃんは元の形に戻ったグラスを両手で持って光に透かす。
「見たことなかったっけ?」
「体育祭の中継で見てました。あと初めましての時に床操ってました!でも、こういうのを目の前で見たのは初めて!」
「ハートイーターとして使うこと滅多にないからかな」
時々こんな感じで壊れたものを直すくらいで、このアジトで錬金術を使うことはあまりない。
目を輝かせるヒミコちゃんは どこにでもいる女子高生だ。
「もっと見たいです!」
「錬成を?」
何見たい?と首を傾げれば 炎!と彼女は目を輝かせる。
バーを燃やさないように小さな火を指を弾いて作れば彼女の表情はもっと緩む。
「すごいです!!」
地面に溢れたままの飲み物に触れて彼女の持つグラスに入れれば マジックみたいだと彼女はグラスの中の液体を見つめる。
「血も液体だから操れるんですか?」
「ん?まぁ、理論上は」
キラキラと目を輝かせて俺を見つめた彼女に 義手の仕込みナイフで掌に傷をつける。
流れ出た血液をカウンターに落として、小さな血溜まりを作れば彼女は頬を微かに染める。
「とりあえず、こんなもんでいいかな」
掌の傷を塞げばまた「おー!」と歓声をあげる。
やること全部にそんな反応されると逆に恥ずかしい。
▽
小さな血溜まりはゆらゆらと表面が波打ち形を変えていく。
それは最初は動物の形を型取り、次第に人の形に姿を変える。
「出久くんだぁ!」
「お、正解」
「すごーい。血の出久くん、、素敵」
そういうと思った、と彼は笑う。
空気に触れた赤黒い血液が こんなにも心を踊らせる。
それが好きなものをかたどるから尚更。
「欲しいです」
「え?血の緑谷?」
「出久くんじゃなくても!なまえくんの血で作ったもの」
血で作ったものかぁ、と彼はカウンターにまた血溜まりを作った。
固形にさせたら嫌でしょ?という問いかけに迷わず頷けばどうしようかなと彼はその周りを見渡す。
「錬成解くと見ての通りただの血液になっちゃうんだよね」
「そうなんですね…それなら、ダメかぁ…」
なまえくんの血、欲しかったですと呟けば彼は周りを見渡す。
「ヒミコちゃんってネックレスとかつけれる?」
「着けれます」
「じゃあ、」
ちょっと待ってて、と部屋の奥に入っていった彼を視線で追いかける。
「我儘放題だな」
「弔くんには言われたくないです」
ソファーで寝ていたはずの弔くんはどこからやりとりを見ていたのかわからないが、不満そうに眉を寄せる。
「弔くん、いっつも独り占めしてるから今日くらいいいじゃないですか」
「なまえは俺の」
「違います」
弔くんおはよう、と奥の部屋から戻ってきたなまえくんは表情を緩める。
弔くんにだけ見せる解けたその表情に 2人の関係の深さを見せつけられる。
それでも最近は仲良くなれてきた方な気がしてた。
「何を作るんですか?」
「まぁ、見てて」
小さな空き瓶とネックレス用のチェーン。
錬成を始めた彼の横顔はどこか楽しそうだ。
空き瓶はみるみるうちに姿を変えていく。
そこにチェーンをくっつけた彼は、出来上がったそれを光に翳す。
「こんなもんでいいかな」
操られた血は青白い光をまといながら作られたガラスの中に流れ込む。
それは赤黒く色づいていく。
「薔薇!!」
「あ。正解」
ちゃんと薔薇に見える?と彼は首を傾げて、私の手のひらにそれを置いた。
「いつか、使うかもしれないから。俺の血も」
ヒミコちゃんの個性には大切でしょ?と彼は微笑む。
「普段は必要な分あげるけど。もし、俺も近くにいなくて緊急のことがあった時は このガラスを割って血を飲んで」
ありがとうございます、と手のひらに置かれた赤黒い薔薇を見つめる。
男の人から物をもらうのは初めてだ。
しかも、一番欲しかった血液をくれたのも彼が初めて。
「大切にします」
その薔薇を両手で握りしめて彼にそう伝えれば、少しだけ照れ臭そうに彼は笑った。
女の子にプレゼントするの初めてだから、喜んでもらえるものになってよかったと彼は言う。
「なまえくん、つけて」
「ん?」
チェーンを外して彼に差し出せば、彼は躊躇うこともなくそれを受け取った。
前からごめんね、と首の後ろに回された彼の手。
微かに香る甘い香りは何だろう。
少し冷たいチェーンが首に触れて、彼が一歩後ずさる。
「うん、よく似合う。ヒミコちゃんには、血の色が一番似合うね」
▽
嬉しいです、とヒミコちゃんは頬を緩める。
少しだけ赤く染まった頬を両手で包み込み、彼女は自分の胸元を覗き込む。
「ありがとう」
「どういたしまして、」
見てください!と丁度外から戻ってきたトゥワイスに「なまえくんから貰ったんです!」とそのネックレスを揺らす。
「いいじゃねぇか!趣味悪いな!」
「いいでしょ、いいでしょ?」
甘いな、といつのまにか傍に立ってた弔くんが呟く。
「不快?」
「別に」
「弔くんにとって、大切な仲間だから」
俺も大事にするよ、と言えば彼は何か言いたそうにしたがすぐに目を逸らした。
「なまえ!俺にもくれよ!いらねぇよ、そんなもん!」
「いいよ」
トゥワイスは何作ろっか、と尋ねれば2人は顔を見合わせて 相談を始める。
「弔くんは?」
「必要な時に言う」
彼はそう言ってニヤリと笑う。
俺の為ならいつでも作るだろ、と言っているような気がして 仰せのままにと返せば満足したのか彼はカウンターに腰かけた。
「お揃いで何か作りましょ」
「いいなそれ!子供かよ!」
「役に立つものがいいよね」
最初は 俺と弔くん、黒霧しかいなかったこのアジトも賑やかになった。
何やってんの、と輪に加わったスピナーや興味なさそうな顔しながらも話を聞いてる荼毘。
「俺はピアスが欲しい」
「じゃあ俺はナイフ」
「可愛くないです」
こんな日が当たり前に続くことを、ただ願うばかりだ。
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