墜落


決定的な何かがあったわけじゃない。
けど、気付けば そこに自分の居場所がないとわかっていた。
周りとの温度差。
自分の目指すものと世界とのずれ。
一度抱いた違和感は日々、自分を蝕んでいった。

「よぉ」

その違和感が生まれてから、彼と会うことが増えた。
初めは偶然。
だが少しずつ、会うためにここに来ていた。
いつも路地裏の暗闇から現れて、彼は俺を見て表情を緩める。
耳に光る青いピアスを満足気な目で見つめて、会いたかったと彼は宣う。

「そりゃどうも」
「冷てぇな」
「いつもだろ」

今日も冷めた顔してんな、と彼は言う。
会うたびに彼は俺の表情に言及する。
退屈そうだ、辞めたいって顔だと。
まぁ、外れてもいないから 否定も肯定もしないで受け流してた。
けど今日はその言葉に だったら?と尋ねれば彼は少しだけ目を見開く。

「…どうした、いつもと違ぇ」
「別に。事実だったから、認めただけ」
「……なぁ、もうさ自分でもわかってんだろ?」

彼はこちらに手を差し出す。
爛れた肌とどこかカサついた指先。

「俺と来いよ」

俺たち、とは彼は言わなかった。
俺はお前が欲しいと、彼は真っ直ぐ俺を見つめて言う。

「なんで?」
「…なんで、って。お前に、一目惚れしたから。お前が欲しいんだよ」
「……一目惚れとか、初めて聞いたんだけど」

言わなかったか?と彼は恥ずかし気もなく首を傾げた。
差し出された彼のカサついた手のひらは、温かいのだろうか。
俺をどこへ導くんだろうか。
きっと、行き着く先は破滅だろうな。
オールマイトに、緑谷出久に、勝つなんて想像もつかない。
けどそうだとわかっていても、自分の居場所があそこにないことを俺は知っていた。

「荼毘は、俺をどうしたいの?何度も隠れて会って。死柄木弔にも隠してるんだろ」
「お前が欲しいんだって、言ってるだろ。別に、敵連合に来て欲しいわけじゃない。俺の元に来て欲しいだけだ」

そうはいっても彼の手を取ることは、敵連合の仲間になるということ。
今まで共に切磋琢磨してきた友人達を裏切るということ。
頭の中に浮かぶ 人使や爆豪、相澤先生…。
目を閉じて、一度息を吐く。

「なまえ?」

目を開けば差し出した手を下ろし、俺の顔を覗き込んだ彼と至近距離で視線が交わった。

「馬鹿だなぁ」
「は?」

彼に手を差し出せばその手と俺を交互に見つめてもう一度「は?」と首を傾げる。

「欲しいんだろ、」
「え、」
「なら、お前の手で堕として」

ズルいと思う。
もし誰かに責め立てられたらきっと彼を言い訳にする。
逃げ道を残して、悪に染まろうなんて。
意外と俺も自分は可愛いらしい。

彼はふぅ、と一つ息を吐き俺の手を掴み、俺を引き寄せた。
彼の両腕に包まれた体。
感じるはずの温もりは感じないけど、それでも嫌な気はしなかった。

「どういう心代わりだよ、」
「別に。荼毘が言ったんじゃん。退屈だったんだ」

潜入とかじゃないよな、と彼は言いながら大切そうに俺を見つめてた。
ピアスと同じ青い瞳の中、俺はどこか安心してるように見えた。

ステインを想う自分を、死柄木弔の弟の自分を、偽り続けることにきっと俺は疲れていた。
自分がいる限り狙われ続ける仲間たち。
俺がいなくなっても変わらないだろうけど、それでも。
俺のせいじゃないなら、それでいいやって。

「最低だな」
「なにが?」
「こんなにあっさり、あいつらを裏切るなんて思わなかった」

お前の居場所はお前が決めるもんだよ、と彼は言った。

「何があっても、俺はお前の味方でいる。お前と一緒に、どこまでだって堕ちていい」





欲しいと思った。
写真で彼を見た時から、彼が欲しかった。
彼の生い立ちを知ったからか、彼が轟の家に関わりがあるからか。
理由は挙げだしたらきりがない。
けど、彼でなくちゃいけなかった。

ちら、と隣を見ればパーカーのフードを深くかぶった彼が気怠げに駅前の大型液晶を見つめてた。
画面の中、伝えられていたのは雄英の生徒が行方不明になったこと。
過去に誘拐されたことも引き合いに出され、名前が上がった敵連合。
勿論、その通りなのだが。
ニュースは面白おかしく、彼の過去を掘り下げる。
狙われる理由が彼にもあったのでは、と。
本当なら、被害者なはずなのにまるで彼が悪いみたいに。
ネットの中では彼のあることないこと拡散されていた。

『なんでも、この少年。とある事件の生き残りだそうです』
『それはどんな事件だったんですか?』

彼は画面から目をそらし、歩き出す。

「なまえ、」
「ん?」

振り返った彼と合った目。
出会った頃よりも深くなった瞳の中の闇。

「大丈夫だよ」
「…そうか?」
「これで、心置きなく 壊せるから」

そして背後から聞こえた何かが割れる音と悲鳴。
振り返ればあの画面がひび割れ、画面を見上げていた民衆に降り注いでいた。
吹き込んだ風が彼のフードを外し、髪の毛を揺らす。
ヒーローの助けを求める声が聞こえる中彼はそれに背を向けて歩き出す。

「あの場所は、誰にも汚させない」

彼がフードを被った瞬間、彼の横を通り過ぎた見覚えのあるツンツン頭と緑色の頭。
その2人を追うように振り返ればいつしかの彼のクラスメイトだとわかる。

「なぁ、」
「ん?」
「振り返ったり、しないのか」

してほしい?と問う彼にいや、と口ごもれば彼は足を止めてこちらを振り返った。
俺の後ろにきっと過去の友人たちが見えているだろう。

「迷うなよ」
「え、」
「俺がお前を選んだんだから」

差し出された手を握れば彼は特に表情を変えることもなく歩き出す。

「カッコいいじゃん」
「知らなかった?これでも、意外とモテてたらしい」
「…その情報は知りたくなかった」

彼は手を握ったまま反対の手をポケットに突っ込む。

「俺はお前とならいてもいいと思ったから、荼毘といたいと思ったから堕ちてもいいと思ったんだ」

ポケットから出てきた手のひらサイズの仮面。
それは火傷のない綺麗な顔半分を隠すためのもの。
俺の焼いた肌を惜しげもなく晒す彼に頬が緩むのがわかる。

「嬉しいな」
「帰ろ。今日は別に、戦いに来たわけじゃない」
「そうだな」

なまえ、と彼の名前を誰かが呼んだ。
声の方を見れば赤白の髪を風が揺らしていた。

「焦凍、」

なまえもそちらを見た。

「なに、してんだよ」
「なにが?」
「なんで!!そいつといるんだ!!!」

声を荒げた彼と嫌に冷静な彼。

「操られてるのか?なぁ、そうだよな?…それが、普通じゃないって、流石にお前でも…「焦凍」…なんだ」
「ありがとう」

彼が笑う。
旧友を懐かしむように細められた目。
帰っていってしまうのでは、と繋いだ手に自然と力が入る。

「気づいたんだよ、普通って…人によって違うんだって。普遍なものじゃないんだって」
「は、?」
「今の俺には、こっちの方が普通なんだよ」

腕を引かれ、バランスを崩しながら彼の体に抱きとめられる。
頬に触れた彼の手。
至近距離にある彼の瞳は俺の肩越しに轟焦凍を見つめていた。

「たとえ、世界を敵に回しても。俺は、俺の守りたいものの為に生きてくよ」
「なに、言ってんだ…」

キャーと大きくなった悲鳴。
ヒーローが救助をする現場で蠢く赤黒いもの。
それは容赦なく血の雨を降らす。
彼は俺よりも躊躇いなく、酷いことをする。
感情がないからなのか、まるで無機質なものを相手にしているみたいに見える。

「俺は、俺の大切なものを奪ったものを許さない。汚したものを許さない」
「なまえ、離れろ。そいつは敵だ。頼む、目を覚ましてくれ。戻ってこい。まだ、間に合うから」
「戻らないよ、もう2度と」

彼の唇が 俺の唇と重なった。
目を見開いた俺のことなど彼はまるで無視して、厭らしく目を細め口角を持ち上げた。

「な、に…してんだ…」
「俺ね、こいつに堕ちたんだ。このまま一緒に、地獄まで…」

なぁ?と至近距離で交わった目と目。
彼は固まった俺を愉快そうに笑った。

「死ぬまで、俺は荼毘と堕ちていく。たとえその先にあるものが破滅だとしても…無数の犠牲と共に破滅してやるよ」

氏子さん、と彼が呟けば未だになれない口から溢れ出る感覚。

「俺たちを、俺を作ったことを後悔して生きていけばいい。俺はお前らの脅威になってやる」
「待て、なまえ!!」
「じゃあ、次会うときは…どちらかが死ぬときかもね。悲しいね、焦凍」





「…なんで、キスする必要があった」
「ん?いや別に、焦凍が嫌がりそうなことをしてみようと思って」
「人の感情をなんだと思ってんだ」

俺を睨みつける彼の頬は赤く染まっていて、どうにも格好つかない。

「さぁ、感情なんて俺は知らないし」
「…そうだった、」
「けど荼毘のそういう表情はそそる」

アジト前の暗い路地裏。
胸倉を掴み引き寄せ、重ねた唇。
目を丸くさせて半開きだった口に舌を潜り込ませれば咄嗟に彼は距離を取ろうとする。
それを後頭部に回した手で押さえつけて、好き勝手口の中をかき混ぜた。
微かに濡れた唇を舌先でなぞり、彼を離せば さっきよりも赤く染まった頬で彼は俺をに睨みつけた。

「先に戻ってるから、その顔どうにかしてから戻ってきてね」
「…クソ野郎だな」
「今更だろ?」






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