熟れた果実



「鉄朗?」

久々に休みが被り家に遊びに来た恋人と夕飯を一緒に食べてベッドに2人で腰掛けてバレーの動画を見ていたところまではいつも通り。
だが、思えば今日は口数がいつもより少なかっただろうか。
少しばかりそわそわしているようにも見えた。

「どうしたん?」

俺をベッドに押し倒した彼は俯いて、その顔を長い前髪に隠していた。
上半身を起こして顔を覗き込もうとすれば塞がれた口。
微かに彼の身体が震えていることに気づかないほど、俺は馬鹿ではなかったらしい。

「やめなさい」

両肩を押して彼を離せば震わせていた唇をきつく噛むのが見えた。

「鉄朗?」

彼が小さく息を吐くのがわかった。
意を決したみたいに、彼は自分の上の服を脱ぎ捨てて、目に涙の膜を張って、顔を真っ赤にさせて俺を見つめた。

「…なまえさんは、なんもしなくて…いいから」
「は、?」

もう一度塞がれた唇。
間抜けに開いていた唇を割って入ってきた舌が辿々しく俺の舌に絡みつく。
熱を帯びた体に似合わず体に触れた指先が冷たくて、体が震えた。
ムードもへったくれもなく早急に脱がされて、まだ立ち上がってない俺自身を彼の手が包み込む。

「ちょ、何しとんねん!?一旦落ち着けアホ」

鉄朗の体が震え、瞳から一筋だけ涙が落ちる。

「あーもう、泣くくらいなら最初からやんなや」

下半身出したままの俺と泣いてる彼。
こんな間抜けな構図になるとは思ってなかった。
とりあえず雑に脱がされたズボンを履いて、で?と俯く彼に尋ねる。

「とりあえず言い訳くらいは聞いたるで」
「…別れる」
「は?」

そりゃそうだよな、と彼の声が震える。

「こんな、デケェ男 抱けるわけないもんな。なまえさん優しいから、お遊びに付き合ってくれただけで…俺だったらもっと小さくて守ってあげたくなるような女の子の方が「鉄朗、言っていいことと悪いことがあることはわかるやろ?」っ」

はぁと溜息を一つ吐けば、彼の肩が大きく震える。

「本当のことだろ。なまえさんは、俺のこと抱けないくせに。付き合って、1年以上経つのに、」
「誰が?いつ?そんなこと言った?」
「だったら!抱けよ、今すぐ」

じゃなきゃ、信じないと彼は言った。





なまえさんが携帯を片手に部屋から出て行く。
その姿を視線で追って、涙でその光景が歪んでいく。
結局、抱けないんじゃん。

もう帰ろう。
こんな風になまえさんとの関係が終わるなんて思ってなかった。
俺が我慢してればよかったのか?

服を着て携帯を鞄に押し込み、部屋を出ようとすればタイミング悪く戻ってきた彼がなにしとんねんと呟く。

「帰る」
「帰すわけないやろ、いい加減にせぇよ?」

腕を引かれベットに放り投げられる。
何すんだよ、と体を起こそうとすればそれを片手で押さえつけて彼は俺を見下ろした。
まるで押し倒されているみたいで望んでいたはずなのに目の前がまた涙に歪む。

「知っとるか、」

彼は俺の返事なんか聞かず、ベッドのそばに引き出しを開けてそこから出したものを俺の胸に放り投げた。

「男はみんな狼さんなんやで」

胸に放り投げられたそれは風の切られていないゴムの箱とローション。
俺を押し倒した彼は上のシャツを脱ぎ捨てて、鬱陶しそうに目にかかった髪をかきあげた。

「意味わからんほど、子供ちゃうやろ」

目の前の光景に頭は全く動いちゃくれない。
俺が買ったものじゃないゴムとローション。
なんで手付かずの新品のそれが、ベッドサイドから出てくる。
まさか、まさかなんて期待する俺を知ってか知らずか塞がれた唇。
さっき俺がしたのよりも深く、絡まった熱い舌。

「っ、」

体を押さえつけていた手がスルスルと下に降りて、ズボンの上から俺自身を撫でる。

「んっ!?」
「鉄朗にええこと教えてるわ」

混ざり合った唾液で濡れた唇を彼が舌先で舐めとり、目を細め微笑む。

「俺な、果物好きやねん。ギリギリまで食べるん我慢した、熟れた果物が特に。香りとか強くなんねん、めっちゃ甘くなって。早く食べてくれーって香りが訴えんねん。言いたいことわかる?」

ふるふる、と首を横に振れば、お前は意外とお馬鹿さんやなぁと彼は笑う。

「俺のこと好きすぎてどうしようもなくなって、甘ったるくぐずぐずになったお前みたいやろ?」
「は?」
「鉄朗が引退するまで 大事に大事に熟すの待とうと思ってたんやけどなぁ。勝手に腐られても困るから、」

一気に顔が暑くなり、真っ赤に彼の顔が染まるのがわかる。
勢いで告白してしまったあの日みたいだ。
ズボンの上から形を確かめるみたいに撫でられた自分自身。
体が震えて、「ぁっ、」なんてらしくない声が溢れる。
声を抑えるために枕に顔を押し付ける。
こんな声聞かれたくない、こんな顔見られたくない。
だって俺は今、きっとはしたなく彼を求めてる。

「なに隠してんねん。鉄朗が望んだんやから、その目に焼き付けとき」
「っ、なまえさん めっちゃ怒ってんじゃん」
「どこがやねん」





なまえさん。
俺の1個上の代の先輩で、副主将を務めた人だ。
この学校に入学して以来、彼を超える選手には出会ってない。
基本的に凄く大人しい人。
雑談は全くしないし、暇があれば一人でボール触ってる。
怒ることもなければ笑うことも少なく。
必要以上にコミュニケーションをとることもない。
近寄り難くて、最初は凄く苦手だった。
けど彼は試合になれば人が変わる。
別に声を出すわけでもないし、笑うわけでも怒るわけでもない。
ただ静かに彼は話す。
どんな場面でも 変わらない低く耳を擽る声。
その声が聞こえると、それ以外の音なんて全て消える。
彼の存在で 彼の一言で 世界が変わった。
その声を、そんな彼を今 独り占めしている。

「何考えとるん?余裕やん?」
「ち、がっ」

手加減いらん?と律動が速くなって、激しくなる水音と自分のものとは思えない嬌声。
微かに頬を染め、汗が滲む彼と目が合えば ふっと表情を緩めた。
優しい声が耳を擽り、頬を彼の手が撫でる。

「かわええなぁ、」
「っなまえっさん」
「んー?」

彼を求めて伸ばした手は拒まれることなく彼の背に回る。
大きな背中は少し汗ばみ、抱きついた俺を彼は目を細めて見つめた。
浮いた俺の背に彼の右手が回り、体を引き寄せるみたいに一番奥に叩きつけられた彼のもの。
チカチカと目の前がスパークして、仰け反った首を彼の舌がなぞった。

「ぁ、はげっしぃ」
「堪忍なぁ。我慢できるほど、大人ちゃうねん」

爪たててもええから、ちゃんと掴まっときと言って、触れるだけのキスをする。
腰の律動のスピードは早まり、それだけでなく彼の手がずっと放っておかれていた俺自身を擦る。

「っぁ、だめ、一緒にしたらっ」
「イきたなる?やめるか?」
「ゃ、あっなまえさんっ、いっしょに、ぁっいっしょがいい」

かわええこと言うな、と塞がれた口。
彼の唇に嬌声は飲み込まれて、喉が鳴いた。
近く絶頂を伝えたくも声にはならず、迫り上がる快楽。
知ってか知らずか彼が目を細めて笑った気がした。
その瞬間、電気が走ったみたいになって彼の手に吐き出した白濁。

「っあ、だめっやぁ、あっ」
「もーちょい、」

果てたばかりで敏感なのに、律動が止まらず。
目の前の彼が悩ましそうに眉をひそめ、自身の中に吐き出された温かいもの。
その感覚にまた背中が震える。

「っあ、」
「す、まん」

はぁ、と艶っぽく息を吐いて 彼は汗に濡れた髪をかきあげる。
その姿に心臓がぎゅっと締め付けられる。

「ちょ、後ろキツくせんで」

ゆっくりと自分から出ていくその感覚にまた嬌声が溢れて、かわええなぁなんて目の前の彼は笑う。

「お風呂行こか。おいで」

疲れてるはずなのに彼は両手を広げて俺を抱え上げる。

「ごちそうさん」
「っなまえさんの馬鹿…」
「アホ。馬鹿って言う方が馬鹿なんやで」

次はないからな、と彼は言った。

「もう引退するまでやらんからな」
「なんで!?」
「当然やろ。元々引退するまでやる気なかったんに、別れるとかアホなこと言うからやろ」

とりあえず夜久と海には謝っておけよと彼は言う。
何を謝るのか、と思ったが後々自分の携帯に届いた体調を心配するメッセージに意味を知る。
部屋を出て行ったあの時間、彼は翌日の俺の病欠を彼らに伝えていたのだ。

「欲しくて欲しくて堪らんくなりまで待ちや。一番熟れた時に、美味しく食べてやるから」

舌なめずりして態とらしく目を細めて彼は笑った。

「…ずるい」
「よう言うわ。そんな甘ったるい顔して誘ってるくせに」
「誘ってねぇ!」

次は乗って貰おうかな、なんて彼はいつものように淡々とした声で話す。
泣いてなければいい眺めだから、なんて。
冗談か本気かわからない彼の言葉に嫌だとも言えずにいれば、彼はくすくすと笑った。

「俺の上乗りたくなるまでお預けやなぁ」
「やめろ、」
「かわええなぁ、ホンマ。大きいとか男とか関係なく、可愛くてしゃーないわ」

もう何も言うな、と彼の肩に顔を埋めれば、ポンポンと頭を撫でた手。

「なまえさん、」
「ん?」
「別れるって言って…ごめんなさい」

ええよ、と優しい声が耳を擽った。




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