プロ野球選手の初恋



「え、お前。彼女出来たことないの?その顔で?」

高卒ドラフトで球団入りし、1軍の試合にも出させてもらえるようになった3年目。
ちょうど1個上の先輩が結婚したこともあり、練習後の控室では男子高校生みたいな恋話が飛び交っていた。
自分に振られる前に逃げよう、といつもより早めに帰り支度をしていたのにも関わらず 野球やってる奴で知らない人はいないってくらいの大先輩から「御幸はどうなん?」とボールを投げられてしまった。
相手も相手、逃げようがなく 女性経験がないことを告げた。
そして、言われたのが冒頭のセリフ。

「いやぁ…」

ははは、と乾いた笑いしかでない。
いや、俺でも 言っちゃ悪いが人より顔が良い自覚はあるし。
高校時代もキャプテンだったのもあり、モテないわけではなかった。

「野球一筋だったので…」
「いや、だとしてもだろ。彼女は?いたことねぇの?」
「あー、ないっすねぇ」

冗談だろ、とこの世の終わりのような顔をされて 嘘でもついておくべきだったと 後悔した。
彼女もいないし、経験もないが別に 恋愛をしてこなかった わけではないのだ。
倉持にも盛大に笑われた過去を覚えているが、高校時代は3年間片思いをしていた。
というか、現在進行形で忘れられていないのでついには6年目に突入しているのだが。
その話をすれば お前一途だったんだな、と驚かれた。

「連絡先とかは?」
「知らないっす」
「なんで!?!」

ほぼ話したことないんですよね、と言えば お前はどこの女子高生だと呆れられた。
好きになった理由は間違いなく一目惚れ。
3年で初めてクラスが一緒になったが、俺はキャプテンだったこともありクラスメイトどころではなかった。

「ただ、あの…今度同窓会あるんで…そこで、頑張ります」
「ダメだったら女 紹介してやっから…チェリーくん」
「マジで、やめてください」

頑張れよ、と今日は送り出されたわけだが 当の本人とは未だ話せず。
顔も覚えてないような同級生たちに最初に囲まれたが その中にも彼女の姿はなかった。
それが落ち着いた後も結局、野球部で固まってしまって。
アホみたいに片思いしている相手は離れた席に座っていた。
茶髪金髪が増えた中、高校時代から変わらぬ黒髪は以前より少し長くなって。
お酒を飲みながら時折長い前髪をかき上げる動作に ドキッとする。

「何見てるの?」

隣に座っていたナベちゃんがこてん、と首を傾げる。

「、や!なんでもない」
「どーせ、なまえだろ」
「倉持!?」

相変わらず好きなのかよ、と酒を飲みながら 倉持はヒャハッと笑う。
ムカつくことに 何故か彼は 彼女と親しかった。
そのツテで紹介してやろうか?と言われたこともあったが、プライドが邪魔して断ったことを ちょっとだけ後悔していた。

「好きだったの知らなかったよ」
「…話したこともないからな、そりゃそーだ」
「次いつ会えるかわからないし、声かけてくれば?」

ナベちゃんの言葉にそうだなぁ、と曖昧に答えて苦笑する。
声かけるも何も、話題がないからなぁ。
これ以上の追及も嫌で逃げるようにトイレ行ってくる、と声をかけて席を立った。





飲み会とか、人が多いのはやっぱり苦手だな。
店の外のベンチで煙草に火をつけてそんなことを考えていれば、店のドアが開く。

「あ、」
「ん?」

店から出てきたのはプロ野球選手になった同級生だった。
名前は御幸一也。
大学の親しい友人が彼の所属する球団のファンだと言って、何度か試合を観に行ったことがある。
同じ教室にいた人が遠く離れたフィールドで戦っている姿は 何度見てもまだ慣れない。

「どーも」
「えっと、こんばんは?」
「なんか、めっちゃ堅くない?」

どこか緊張してる風な彼につい、笑ってしまった。
いつも倉持とふざけてる印象しかなかったからなぁ。
あと、野球以外の運動が全くできない感じ。

「人気者が抜け出していいの?」
「え、いや…まぁ、ちょっと疲れちゃったから」
「あんだけ囲まれたら、そりゃそっか」

隣座る?と少しずれてベンチをあければじゃあ失礼します、とやっぱり堅い言い方して 隣に座った。

「煙草…吸うんだね」
「あ、やめた方がいい?スポーツ選手には良くないか」
「全然!それは、大丈夫!!ただ、ちょっと意外だったというか…」

まぁ、女の人あんまり吸わないよね、と笑いながら 灰皿に煙草を擦り付けた。

「バイト先の先輩の影響でね」
「そうなんだ…なんか、意外だったけど 凄い似合ってるっていうか…かっこいい」
「御幸に言われるのは嬉しいね」

名前知ってたんだ、と驚いた彼に 私も驚いてしまった。

「知らないわけなくない?超有名人なのに。試合も観に行ったことあるよ」
「え!?」
「友達がファンでね。元々スポーツ観るの好きだから一緒に行ってたの」

嬉しい、と言った彼は少しだけ恥ずかしそうで。
いつもの飄々とした雰囲気とは違って、年相応に見えた。





やばい。
俺、みょうじと話してる!!
試合の時よりも緊張してること伝わってないといいなって、思いながら 鳴り止まない少し震える手を握りしめる。

試合観に来てたとか、知らないし。
俺変なことしてなかったかな。
ちゃんと打ててたかな、とからしくないこと考えてしまう。

「また、観に行くから。頑張ってね」
「あ、うん。ガンバリマス」
「なんでカタコト?」

クスクスと彼女が笑って、そろそろ戻ろうか?と首を傾げる。
確かにトイレって言って抜けてきてるから、遅いと倉持あたりが探しに来るかもしれない。
けど多分、俺が彼女と話す機会はもう、ないんじゃないかなって。

「あ、あの…さ!」
「うん?」
「…連絡先、教えてほしいって言ったら…困る?」

立ち上がろうとしてた彼女が目を丸くして俺を見下ろす。
長い黒髪がさらっと滑り落ちて、彼女の表情を隠す。
それをかき上げて 逆に大丈夫?と首を傾げた。

「プロ野球選手って そういうの厳しいんじゃ?」
「や、それは全然大丈夫!みんな友達とか、連絡してたり ご飯行ったりしてるし…なんか、その…観に来る時とか…かっこいいとこ見せたいなぁ…なんて思って」
「普段もカッコイイと思うよ?」
「うぇ!?」

彼女は笑いながらポケットから携帯を取り出して、ラインで良いよね?とこちらを見た。
うんうん、と頷く俺の顔今 真っ赤だと思う。

元からあまり多くない友達の中に みょうじなまえと 彼女の名前が並ぶ。
トップの画像は 球場で俺のユニフォーム着て お酒を飲んでるものだった。

「あ、それ 本人に見られるのちょっと恥ずかしいね」
「めっちゃ嬉しいデス…」
「それなら良かった」

買ったの?と言えば 折角だからと 彼女は答える。
そんなん言ってくれればいくらでもあげるのに、とか思ったけど 彼女が俺の番号ショップで選んでくれてたと思ったら それはそれでありだな…。

「応援してます。また、友達と観に行くから」
「カッコいいとこ 見せれるように頑張る。もし、来るなら…その…連絡ください」
「うん」





「連絡先を手に入れました」
「え、それだけ?」
「告白は?」

できるわけなくないですか!?と言った俺に 先輩たちが笑う。
顔写真ないの、という言葉に ラインのトップ画を見せれば 「お前絶対こういうのタイプだと、思ったわ」と言われた。

「けど、これお前のユニフォームじゃん」
「たまに観にきてたみたいです」
「へぇ…」

連絡したん?と聞かれて してないですと答えれば何で!?と詰め寄られる。
いや、しようとは思った、思ったけど。
女の子に送るラインとかわかんないし。

「送れ!今すぐ!!」
「なんて!?」
「何でもいいよ!つーかもう電話でいいよ」

奪われた携帯。
画面は発信中の画面に切り替わる。

「ちょ、なにしてんすか!?」
「ほれ、」
「話すことないんですけど!?何勝手な「もしもし?御幸?」うぁ!?」

声可愛い、とコソコソ話す先輩たちに顔が熱くなる。

「もしもーし?間違い?」
「や!あの、ごめん…今、忙しかった…デスカ?」
「全然。バイトの休憩中だよ。どうしたの?」

どうしたって、何話せって言うんだ。
恨むぞ、と先輩たちを見れば ニヤニヤしてて 俺もこう言うことしてなって少し反省した。

「いや…昨日は、ありがとう」
「こちらこそ。学生の時話したことなかったから、楽しかったよ」
「あ、の…俺も、楽しかったし…話したいって思ってた…から」

そうなの?話しかけてくれればよかったのに、と彼女は笑う。
ご飯誘え!と先輩がメモに書いて俺に見せる。
完全に楽しんでやがる…この人たち…。

「今度…ほんと、暇な時とかで、いいから…ご飯とか、どうですか…?」
「何でちょいちょい敬語なの?私でよければ是非。野球忙しいだろうし、シーズンオフとかでもいいし。私は予定どうとでもなるから 声かけて?」
「うん。ありがとう。えっと…よろしくお願いします」

こちらこそ、と彼女が答えた。

「試合、また観に行くから 練習頑張れ」
「おう。…じゃあ、また」
「うん、またね」

電話を切ればどうだった?と先輩たちがやっぱりニヤつきながら問い詰めてくる。
誘ったらご飯来てくれるそうです、と伝えれば よかったじゃんと小突かれる。

「…けどまぁイケメンでも 恋は難しいんだな」
「初恋なんで…」
「「……まじ?」」

だからその、哀れむような目はやめてください。







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