右01
剣持 右京は戦わない。
勝つことも負けることも彼にとって等しく無価値だから。
剣持 右京は戦わない。
それが唯一彼から逃れる方法だから。
春。
少しばかり大きな制服に身を包んだ新入生達が緊張を滲ませながら校門をくぐる。
俺の年は雨が降っていたが今日は綺麗な晴天だ。
桜のピンクが薄い青色の空によく映える。
そんなこと考えながら渡り廊下から講堂の入り口を眺めていた。
「左京ちゃん」
聞き慣れない声が、聞き慣れた名前を呼んで俺の肩に触れた。
ゆっくり振り返れば見覚えのない顔。
いや、何度か見たことはあるか。
バレー部の有名な双子。
「ちょ、無反応はひどない?てか、うち来てたんなら連絡してや」
「嫌われてるん?ツム」
「え゛!?うそやん」
人違いだと伝えようと思って開いた口を一度閉じて無言で下を指差す。
素直に下を見た2人が「ん゛!?」と変な声を出した。
「…3年生?」
「そうだよ。1年生はまだ校内には入ってないはずだから。もし見かけたら講堂に案内してあげてね」
「あ、今日やん。入学式…すんません、めっちゃ似とったんで…」
顔を上げた彼らに微笑む。
「いや、大丈夫だよ。間違いは誰にでもあるしね」
「すんません…」
「けど、めっちゃ似てますね先輩」
双子の君らに言われても、とは思う。
ただ、よく間違えられるし俺たちも似てはいるんだろう。
「知ってます?剣持左京っていう「バレーの神童」あ、それですわ。」
「知らないわけないよ。俺、剣持右京」
「ん゛!?!」
また変な声を出して彼らが顔を見合わせる。
ゆっくり名前を復唱した片方。
もう片方はもしかして、と口を開く。
「左京ちゃんの、お兄さん…?」
「一応ね」
「兄ちゃんおるって話は聞いたことあったけど…なんで稲荷崎に?地元 東北ですよね?」
それにバレーは、と言いかけて彼らは背を正し口を閉ざした。
なんだろう、と彼らの視線の先を振り返れば「なにしとんねん、侑 治」と信介が抑揚のあまりない声で言った。
「右京、うちのがなんかしたか?」
「いや、左京に間違えられただけ」
「それは…堪忍な、」
なんで信介が謝るんだよ、と言って背を正したままの双子に視線を向ける。
「バレーやってないことは君らが1番よく知ってるでしょ?じゃ、今年もいい成績を残してくれることを祈ってるよ」
「期待しててええよ。それより右京、下で会長が探してたで。これから入学式ちゃうん?」
「あぁ、そうだった。ありがとう。じゃあまた授業が始まったら」
こくりと彼は頷いた。
一度だけ双子に視線を向けてから背を向ける。
足早に1階に降りれば どこほっつき歩いてんねんと彼が俺を見た。
「探したわ、右京」
「ん?桜が綺麗で、つい」
「その割に顔が怒ってんぞ」
生徒会長を務める友人は笑って、俺の頬を両サイドから引っ張る。
「1年生怖がってまうから、笑顔な」
「すまん。大丈夫」
「兄弟って難儀やなぁ。どんな情景にも残っとるから」
そう、彼は言って歩き出す。
桜。
そうか、アイツも入学式か。
アイツはここには来ない。
ここにはいない。
それでも彼の影はここにあって、離れた今もアイツは俺を縛り付ける。
「こんな顔、捨ててしまいたい」
小さな声で吐き出した本音。
生徒会長は苦笑を零し、何も言わずに俺の背を叩いた。
▽
「で?なにしとったん、侑 治」
「ツムが左京ちゃんや!言うて声かけてただけっす」
「はぁ!?サムかて、あれは左京や!言うたやん!!」
掴みかかってきそうなツムを北さんが止める。
「剣持左京は白鳥沢やで。うちにいるわけないやろ」
「「…はい」」
「右京には俺から謝っておくけど。もう右京の前で左京の話したらあかんで」
なんで?と尋ねれば 地雷やねんと北さんは答えた。
「地雷…」
「何があったかは知らんけど。左京の話すると機嫌悪くなんねん。さっきもやけど。せやから、やめときや」
ミーティング始まるぞ、と歩き出した北さんを追いかけながら 窓の外に視線を向ける。
窓の外、彼は誰かと肩を並べて 講堂に入っていった。
さっきのあの穏やかな笑顔で不機嫌やったん?
全然見えへんかった。
剣持右京。
バレーの神童 剣持左京 の兄貴。
実家を離れてまでなんで稲荷崎に来たんやろか。
バレーもやってないみたいやけど。
「治、行くで」
「あ、はい」
「なんかまだ気になるんか?」
俺の顔をじっと見て北さんは首を傾げた。
「いや、何でうちに来たんかなって。東京なんて学校選び放題ですやん」
「こっちに来た理由なぁ…俺は知らんで。まぁ、複雑みたいやけどな色々」
言葉の裏に色々隠されたのは俺でもわかった。
ただそれ以上の追及を許さない視線に何も言わずに視線を逸らした。
「…ただまぁ、治」
「はい?」
「躓いたり、転けた時は…アイツが1番やで」
何が?って思った俺に北さんは少しだけ笑った。
「この話は終わりや。行こか」
「はい」
きっと、関わることなんてないんだろうなって 思ってた。
けど この日からずっと気になってはいたのかもしれない。
なんて、思ったりする日が訪れることを俺はこの時知りもしない。
▽
携帯のバイブの音が鳴った。
視線を携帯に向ければ予想通りの名前。
はぁ、と大きく息を吐いて生徒会室の窓を開ければ吹き込んだ春風が作っていた資料をめくっていった。
外からは部活動の掛け声が聞こえてくる。
「右京、」
「ん?あぁ、信介」
ノックしたんやけど、とドアから顔を覗かせた彼に入っていいよと声をかける。
「気づかんかった?」
「うん、外の音聞いてた」
「そか。よかった、まだおって」
これ、と渡された体育館の使用申請書。
相変わらず仕事が早くて助かる、とそれを受け取る。
「さっきは 堪忍な、うちの双子が」
「いや。今に始まったことじゃないから 気にしてないよ。あの2人にも悪気はないだろうから、怒らないであげて」
「そう言ってくれると気が楽や」
ほっと息を吐いた彼に部活は終わり?と尋ねれば首を横に振った。
「ミーティングが終わってん。これから練習や」
「そっか。頑張って。今年も、楽しみにしてる」
「最後なんやし、ちゃんと見に来てや」
信介のその言葉に 言葉が詰まる。
「後悔はさせへんよ」
「…考えとく」
「さよか。…そんじゃ、また」
1年の頃から同じクラスの彼が今年は主将を務めているらしい。
部屋から出て行く彼を見送り、窓の外にまた視線を向けた。
「…最後、か」
体育館に駆け足で向かう信介の姿が見えて窓を閉めた。
親友のお前の願いでも、俺はきっと叶えられない。
「悪いな、信介」
×End
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