右02
桜が散った。
別に桜が好きなわけじゃなかったけど、教室の窓の外の寂しくなった桜の木にどこか残念な気持ちになる。
「右京、」
「どうしたの、信介」
今年も同じクラスになった北信介は俺を見下ろして、先生呼んどったでと教室の外を指差す。
昼休みに呼ばれるなんて。
放送じゃないから生徒会のことではないだろう。
と、なれば話は一つだ。
「ありがとう」
「いや。…なんか、あったん?最近よう担任と話しとるやろ」
「…なんでもないよ。生徒会の話」
信介のことだ。
嘘だとわかっているのだろうけど、追及もせずに大変やなぁと呟いた。
桜が散ったとなれば 梅雨が来る。
そして、すぐに夏になるだろう。
季節が移ろうのは早いものだ。
「剣持。悪いな昼休みに」
「いえ、大丈夫ですよ。放課後は生徒会で時間取れないので」
担任は昼ご飯は食べたんか、と俺を気遣った。
大丈夫ですと答えた俺に安心したように笑った先生は隣の空いた席から椅子を持ってきて 座ってええよと指差した。
「ありがとうございます」
「とりあえず例の件やけどな、俺は応援したいと思ってる。ただなあ、親御さんの同意がない状況じゃ動けない。わかっとるやろ?」
「…はい」
話はしたんか?という先生の言葉に首を横に振る。
「…来月の三者面談までに話して同意貰ってな」
「三者面談、」
「いや、話は知ってんで?けど三年のこの時期の三者面談や。どうにかならんかなぁ」
先生の言い分はわかるのだ。
今までの先生達だって、とても迷惑をかけた。
「俺も。他の先生方も応援しとるから。な?」
「…はい」
あぁ、どうやっても 子供は子供なのだ。
突き付けられる絶望に 先生は何も悪くないのに裏切られたような気持ちになる。
「とりあえず資料とかはこっちでも集めておくから。剣持も準備は始めてな?」
「はい。ありがとうございます」
「頑張りや」
ぽんぽん、と背中を叩いた先生に会釈をして立ち上がる。
顔を上げて目が合ったのは 見覚えのある人。
向こうも俺に気付いたのか「あ、」と声を出した。
「説教中にどこ見てんねん!」
去年の担任だった先生の怒った声。
すんません、と俺から目を逸らして彼は頭を下げた。
バレー部の双子の片割れ。
名前までは知らないけど。
「ほんま、わかっとるんか?試合行けなくなってええんか?」
「や、困ります。それは、ほんまあかんて〜」
「なら次の再テスト受かってくれ…あんな小テストで何回落ちんねん…」
知り合いか?と俺の担任が首を傾げる。
「いえ。バレー部の有名な双子ってくらいで。何かあったんですか?」
「お世辞にも頭が良くなくてなぁ…再テスト落ちたら試合に出られへんねん」
「へぇ…」
そういえば信介も随分と後輩の成績が危ういと頭を悩ませていたっけ。
「バレーだけ出来ても学生の間はあかんねん。あんだけバレーできるんやから、頭も良くなるやろ…むっちゃ戦略とかいるんちゃうんかなぁ」
「…神様って人間に自分に近づいて欲しくないんですよ」
「え?」
立ち上がった俺を見上げた先生に微笑む。
「神様は才能ってギフトを贈るんですよ。選ばれた人にだけ。…けど天は二物を与えずって言うでしょう?与え過ぎれば…人間が神の領域を侵す。だから…必ず欠点を与えるんです」
「…らしくないこと言うなぁ、剣持。お前、神様とか信じへんやろ」
彼の言葉に嫌いなだけですよと笑って 失礼しますと頭を下げた。
▽
成績がやばいと呼び出された。
先日の再テストに落ちたから 試合出場の危機らしい。
あー、また北さんに怒られてまうと思った。
勉強だけは昔から苦手だった。
机に向かっているのが得意ではない。
頑張りたい気持ちはあれど、体が受け付けないのだからタチが悪い。
去年の先生も散々頭悩ませとったなぁ、と視線を動かした時 ちょうど目が合った人。
「あ、」
「説教中どこ見てんねん!」
先生の声にすんません、と咄嗟に口から謝罪の言葉が出る。
剣持右京や。
あ、先輩やから 右京さんか。
あの人生徒会の人やったんやなぁ、と先日の始業式で登壇する彼を見て思ったことは記憶に新しい。
どこか北さんを彷彿とさせる妙に落ち着いた喋り方をしていた。
珍しく彼の話している間は眠くならんかった。
「ほんま、わかっとるんか?試合行けなくなってええんか?」
「や、困ります。それは、ほんまあかんて〜」
「なら次の再テスト受かってくれ…あんな小テストで何回落ちんねん」
この人の話は眠くなる。
あぁまだ腹減ってんなぁ…。
帰り購買寄ろう。
そんな思考のせいで話は右から左。
とりあえず受からなやばいってことはわかったからもうええわ。
「…神様って人間に自分に近づいて欲しくないんですよ」
何食べようかなって考えた俺の思考が止まる。
聞こえたあの落ち着いた声。
「神様は才能ってギフトを贈るんですよ。選ばれた人にだけ。…けど天は二物を与えずって言うでしょう?与え過ぎれば…人間が神の領域を侵す。だから…必ず欠点を与えるんです」
「…らしくないこと言うなぁ、剣持。お前、神様とか信じへんやろ」
ちら、と今度はバレないように視線を彼の方に向ける。
さっき目が合った時と同じように立っていた彼は微笑んでいた。
美術の教科書に載ってる絵画みたいな 優しい笑み。
「嫌いなだけですよ」
けど、口から溢れる言葉はどこか棘ついていた。
北さんに言わせれば 不機嫌…なんかな。
説教が終わって 購買に駆け足で向かっていれば 先に職員室を出た彼に追いついた。
振り返った彼が俺を見て お疲れ様と微笑む。
さっきとは違う 棘のない言葉。
「えっと…お疲れ様です…」
話す事もない。
だが、交わった視線を反らせない。
「あ、の…」
「何?」
「俺のギフトが…バレーやったとして 欠点は頭が悪いことですかね?」
そうかもね、と彼は答える。
「なら…左京は…?」
自然と出た彼の名前。
話したらあかんで、と北さんの声が 言い終えた時に聞こえた気がした。
あかんやらかしたって思って やっぱり何でもないですと慌てて言った俺に彼は笑った。
「いいよ、そんな気にしないで。信介にキツく言われたんだろ?」
「あ、…はい。すんません…」
「ごめんね。後輩に気を使わせて」
彼はそう言って申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「…神様は人の気持ちがわからない。だから泣いて縋ろうと嘲笑い唾を吐こうと救われるものは救われるし救われないものは救われない。」
「え?えっと…それ、どういう」
「神様の領域に人間は入れない。けど、受け入れてもらえる人もいるんだろうね」
この人、何言ってんねん。
交わってるのに 交わらない視線。
「…流石は神童」
ふっと彼が笑って背を向けた。
「信介にあまり迷惑かけないようにね」
離れていくその背中から目を反らせなかった。
足が縫い付けられたみたいに動かない。
知っている、これは 恐怖だ。
近付いたらあかん。
踏み込んだらあかん。
本能がそう、教えてくれる。
あれはきっと、神様よりもタチが悪い。
×End
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