左02
神童と俺を呼び始めたのは誰だったか。気づけば自分について回っていたその称号。
その称号は俺よりもこの男 牛島若利に与えるべきだったろ、と時々思う。
ブロックに飛んだ瞬間振り切られた、と悟る。
必死に伸ばした左手の指を彼の強いボールが弾く。
その瞬間、弾かれた左手に走った痛み。
やった、と妙に冷静になった頭で思いながら ボールが誰にも拾われず落ちる音を後ろに聞いていた。
地面に両足が着いて、左手を握り締めただけなのに目敏く見つけた天童さんが「突き指?」と首を傾げる。
「よく見てますね」
「デショ?手当しておいで」
「すまない」
牛島さんの言葉に「手の出し方が悪かったっす」と答えコートを出る。
彼が悪いわけではないのだから、その謝罪は意味をなさない。
俺がただ下手なだけ。
「左京、」
「はい」
監督に声をかけられる。
怒られるかと思ったが声は穏やかだ。
「指一本でも触れようっつーのは悪かねぇが その分突き指のリスクは大きい。毎回テーピングしとけ。試合じゃ 下げねぇぞ」
「っす」
「練習でも手ェ抜くな」
テーピングを受け取って、指に巻きながらふーと息を吐く。
色々な選手を今までも見てきた。
だが、彼 牛島若利は別格だ。
スパイクの威力も反応速度も 彼の凄いところなんて挙げだしたらきりがない。
いいなぁ、あのパワー。
あのサーブも、スタミナもテクニックも…。
全部俺は持っていないもの。
コートの中の牛島さんに視線を向けてそんなことをぼんやりと考えていた。
俺もあの人みたいになれっかな。
なったら…あの人みたいに俺がなったら、帰ってきてくれっかな。
「2プレー終わったら戻すぞ」
「はい」
牛島さんだけじゃない。
天童さんのあのブロックだって。
羨ましい。
俺も出来るようになっかなァ。
入れ、と声をかけられ コートに戻る。
「いけんの?」
近づいてきて俺に尋ねてきた瀬見さんにこくりと頷きネットの向こうを見る。
牛島さんと交わった視線。
口から自然と いいなぁと声が出てた。
▽
全体練習が終わったと思ったら、左京は若利くんに駆け寄った。
一言二言言葉を交わして彼らは一緒に隣のコートに移動していく。
「珍しくね?左京から声かけに行くの」
同じようにその姿を見ていたのか英太君がそう言って俺の方を見た。
「だよネ!突き指後からすっごい見てた」
「それは俺も思ってた」
「自主練ですか!?自分も一緒に!」と駆け寄る工と「トス上げますかね」と賢二郎も歩み寄っていく。
「俺らも行く?」
「だな」
結局さっきと殆ど変わらないメンバーでまた自主練を始めることになったのだが、左京はコートの外からずっと若利君に視線を送ったままだった。
「そんなに見てたら穴開いちゃうヨ、若利君」
彼の目の前に手をひらひらとさせてそう声をかければ 返事もなく視線だけこちらに向ける。
「天童さんって何を基準にブロック飛んでんすか」
「え。急に何?」
「俺もできます?」
真っ直ぐ若利君に向けていた視線は今度は俺に向いたらしい。
全て見透かすようなその視線にどこか居心地の悪さを感じた。
「推測してるっていうか 勘だからね?俺のブロック。多分真似したら怒られるよ?」
「止められンならいいっす」
「いや、そうなんだけど」
俺も勿論そう思ってる。
何言われようが、ブロック成功すれば正義。
だが 今まで築いてきたものがある左京にそれを教えていいのか?
「うーん、自分がセッターだったらどうしたいか…とか考えてみるといいかな。最初は」
「…自分がセッターなら…」
また視線は若利君に向き、そしてその傍らに立つ賢二郎に向けられる。
やっぱり凄い集中力なんだよねぇ、部活中は。
他人と衝突することもほとんどないし。
口数も少なくなるし。
バレー以外何にも見えていないみたいだ。
「…天童さんのブロック 映像撮ってもいいっすか」
「俺は全然いいけど、そこまでやる?」
「牛島さん、動画回します。白布さん、動画回しますけど 良いっすか」
若利君の隣に立つ賢二郎にそう声をかけた左京。
指示を仰ぐみたいに賢二郎が若利君を見れば 俺は了承したと答えた。
なるほどね、さっき駆け寄ってたのはそれなのか。
コートの外から携帯を向けた彼はただ真っ直ぐ俺たちの練習を見つめ撮影していた。
▽
寮の食堂の隅。
左京はいつもそこで一人でご飯を食べる。
最初は同学年の子たちが声をかけにいっていたがあまりの態度の悪さに今は一人でいることの方が多くなった。
普段は黙々と食事を終えて 1.2番目くらいに食堂を出るが 今日は携帯の画面を見ながら食べているからかいつもより遅い。
ご馳走様でした、と手を合わせ 自分の食器を片付けるついでに彼の後ろを通る。
彼が熱心に見ていたのはどうやら今日の自主練を撮影したものらしい。
「何したらそんな画面割れんだよ」
自主練の動画を見ていてことよりも気になってしまったそれを突っ込めば、左京はこちらを振り返る。
「投げた」
「1回投げたくらいでこんななんなくね?」
「…何度もやってる。イライラすると、当たりたくなっから…」
携帯に当たりたくなるイライラってなんだよ、と苦笑すれば 彼は視線を画面に戻して呟いた。
「別に、瀬見さんには関係ねェし」
「ま、そーだけどな」
相変わらずとっつきにくい。
部内では多分 まともに話してもらえている方だとは思うけど、まだ遠いっつーか。
距離感の詰め方がわからん。
「…まだ、なんかあるんすか」
「いや、相変わらず…可愛くねぇなお前…」
「知ってますよ」
少しだけ声のトーンが落ちた気がした。
箸を置く音を妙に耳が拾った。
「…可愛げあったって、俺のこと見てくれねぇから。必要ねぇし」
「は?」
「やれって言われりゃやりますよ、可愛げある後輩ってやつ?」
彼はニコリと笑って 瀬見さんと俺を呼ぶ。
「いつも気にかけてくださってありがとうございます!今度、サーブ教えてください!」
見たことない笑顔に言葉を失う。
こんなんで満足っすか、と彼は表情を消した。
「いつもこんなんがいいならいいっすよ、やるんで」
「いや…いいよ、普段のまんまで。今更それは怖ぇわ」
「…でしょうね」
失礼します、と彼は背を向けて行ってしまう。
やっぱ、接しにくい。
「つーか…見てくれないって、なんだ…?」
誰かに見てほしいのか?
親とか?
好きな人?
まぁそこの詮索をしようとは思わねぇけど。
「GWの合宿とか練習試合…大丈夫か、あいつ」
可愛げある後輩になれとは言わないが、せめてコミュニケーションはもっととってほしいものだ。
×End
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